銛之真
オレの名は銛之真。
今オレは、子供の頃よく遊んだ河原で、あるゲームのことについて頭を抱えている。
それは、VRMMORPG。
従来のMMOとは違い、プレイヤー自身がゲームの世界に入ったかの様に、プレイ出来るゲームのことだ。
最近のゲームは、ハッキリ言って詰まらない物ばかりだ。
次々と新機種を出している割には、「本当にその機種で出さなければならなかったのか?」と思わせる物が多くある。
例えば、二画面のある携帯ゲーム機だが……それに3D機能が付いた物が発売された。
勿論、ゲームに携わる者として、オレもやりはした。
だが、果たして3Dにする必要はあるのかと、そう思わされるばかりだった。
2Dだろうと3Dだろうと、結局することはゲームなのだ。
断じて映画を見ている訳ではないのだ。
さて、そこで考えたのが、バーチャルの世界。つまり、仮想現実の中にプレイヤーが入り、文字通りキャラになりきってプレイすることだ。
実を言えば、VRを題材としたゲームは既に発売されている。
その中には勿論RPGも存在する。が、しかし。
もう一度同じことを言わせて貰う。
ハッキリ言って詰まらないのだ。
パッとしない機能ばかりで、RPG特有のキャラが強くなっていく感覚が味わえない。
そうなれば、自分で創るしかない。
そう思ったまでは良いのだが、アイディアが出てこないのだ。
どん詰まりである。
「どうした物か……」
難しく考えてしまっていることは、オレ自身分かっているのだが……簡単に考えようとすると、尚更難しく考えてしまい、世界観すら浮かんでいない。
一陣の風が吹き、白衣を揺らした。
が、その音とは別に、何かもう一つの音を耳が捉え、振り返るとそこには、
「…………」
美少女が立っていた。
綺麗な黒髪を靡かせ、顔に掛かりそうな髪を抑えるしなやか指。
色白だが、不健康さを窺わせない、綺麗な肌。
スレンダーな体型。
そして何より、くりくりとした大きな黒い瞳が、少女の可愛さを引き立てている。
制服に身を包んでいる所を見ると、学生なのだろうが、何故こんな時間にここにいるのだろうか?
今は午後一時を回った辺りであり、学生はまだ学校にいる時間だ。
もしかしてサボりだろうか?
そう考えていると、少女は懐から何かを取り出し、ソレをオレに見せてきた。
生徒手帳。
黒革で出来たソレにはそう書かれている。
次に少女はソレを開き、個人情報を何の躊躇いも無くオレに見せた。
「清川……あか……朱音?」
自信なさげに言ったが、正解だったらしく、少女は頷き頁を一枚捲った。
そこには、一切の授業を免除すると言う、見たことも聞いたことも無い、しかし簡潔な言葉が書かれていた。しっかり、校長印も押されていることから、偽物などではないことが分かる。
オレが確認したことを確認した少女、清川さんは、隣に腰を下ろし、問いかけるような視線を向けてきた。
悩みを抱えていることを、察しているのだろうか?
たった今会ったばかりだが、しかし、このまま一人で頭を抱えていても良い考えは出てこないだろう。
そう思い、オレは清川さんに自分の悩みを話した。
VRMMORPGを創ろうと考えていること。
スキルや称号、魔物と言った物は考えていること。
しかし、世界観が全く浮かんでこないこと。
簡単に考えようとしても、難しく考えてしまうことを。
清川さんは、そんなオレの悩みを、一度も目を逸らさず真剣に聞いてくれた。
表情に変化はなかったが、雰囲気は真剣その物だった。
悩みを打ち明けることが出来たからなのかは分からないが、先程までぐじゃぐじゃと色々考えていた頭が、自分でも不思議な程スッキリしていた。
今までも相談することはあったが、ここまでスッキリしたことは無い。
清川さんの雰囲気が、そうさせたのだろうか?
と、悩みを打ち明けたは良いが、やはり解決策は出ない。
「清川さんは、何かアイディアはあるか?」
気付けばオレは、隣にいる清川さんに問いかけていた。
しかも随分となれなれしく……しまった、と思いながら清香さんを見ると、彼女は何かを考えるように顔を俯かせていた。
やがて、何か思い立った様に手をポンと叩き、先程の手帳を取り出す。
そして、メモ欄に何か書くと、またそれを見せてきた。
そこに書かれていたのは、
「『地球』?」
綺麗な字でそう書かれている。
だが、これが何だと言うのだろう?
「わたし達にとって、一番身近な世界の名前」
「――え?」
澄んだ声で言った彼女は、また手帳に何かを書くと、ソレを千切ってオレに差し出してきた。
戸惑いながらソレを受け取り、見ると書かれていたのは、彼女の携帯番号とアドレス、それに家の番号だろう。
それらが、同じく綺麗な字で書かれていた。
暫し呆然となってしまい、顔を上げた時には、既に清川さんはいなくなっていた。
立ち上がり、辺りを見回すが、それなりに身長のあるオレでも見つけられないと言うことは、遠くに行ってしまったと言うことだろう。
あまりにも呆気なく訪れた別れから、今のは夢幻だったのはないかと思わされたが、手に握っている一枚の用紙が、現実だと如実に語っていた。
その用紙に書かれている、地球という、一単語。
「一番身近な、世界の名前」
彼女が言っていたことを、声に出して復唱する。
「……そうか……何も、拘る必要は無かったんだ」
ゲームと言うのは、どんな物でも現実とはかけ離れている。
魔法や魔物、天使や神と言った、現実では存在し得ない物ばかりがあり、そのお陰でどれだけ現実をモデルとされていても、ソレが非現実であると認識出来る。
だが、その理屈で言うならば、ゲームの舞台は地球でも構わない。
要はプレイヤーが、「もう一つの現実」だと思うことが出来れば良い。
地球に存在する大陸を元に、現実離れした物を創り出す。
「そうと決まれば」
早速開発チームに戻って、作業を始めよう。
そして、出来た暁には、清川さんと、彼女の友人にテストプレイを頼んでみよう。
そう決意して、オレは会社に戻った。