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有沢夕

 四月十八日の水曜日。

 とあるファミレスにて、あたし、有沢夕ありさわゆうは少し、いや、かなり困っていた。

 その理由は単純で、

「…………」

 目の前の娘が、ジ~ッとあたしを見ているから。

 その娘は他でも無いあたしの想い人、清川朱音。

 綺麗な黒髪とくりくりした大きな、小動物を思わせる瞳。

 そんな瞳で見つめられた直視出来ない。したいけど恥ずかしくて出来ない。

 でも、目を合わせなくて、朱音があたしに嫌われてるって思っちゃうのはイヤだし……そんなこと無いと分かっていてもイヤだし……どうすればいいんだろう。

 ていうか、昨日あからさまに逃げちゃったし……鈴は大丈夫だって言ってたけど、本当に大丈夫かな? 嫌われてないかな?

 うぅ~……怖いけど、ここは思い切って聞いておかないと。

「ね、ねぇ、朱音」

 顔が赤くなるのを自覚しながら、朱音の目を見て名前を呼ぶと、やっとあたしと目が合ったからなのか、少し嬉しそうな顔をした。

 可愛い……って、違う! いや、朱音は可愛いけど! 反則級に可愛いけど今は違う!

「あ、あたしのこと……嫌いに、なってない?」

「ずっと好き」


 ――朱音と会ったのは、お父さん達が言うには、あたし達が零歳の頃から、つまり生まれて間もない時だったらしい。

 朱音と風音の両親、章さんと美音さんは、お父さん達と学生時代を共に過ごした仲で、周りからはどちらもベストカップルと呼ばれるほどに仲が良かったみたい。

 章さんはよくお父さんと喧嘩していて、お母さん達はそれを止めるでも無く、唯みていたんだとか……止めても無駄だと二人は小学生の頃に悟ったみたい。

 そんな感じで、あたし達有沢家と、朱音達清川家は、家族ぐるみの付き合いがよくあった。だから、風音はあたしと鈴も妹の様に思ってくれてる。

 それで、あたし達四人とも、お父さんの活発な所が遺伝したのか、室内で遊ぶことは殆どなく、外でばかり遊んでいた。

 そのことで、小学生の時は男子からからかわれたりしたけど、全部風音が叩き潰していた。

 ガキ大将よりもガキ大将だったな……朱音は朱音で、その頃から無口だった。

 勿論泣いたりはしたらしいけど、成長しても喋ることは極端に少なかった。

 それでも、風音はその頃から朱音が言いたいこと、したいこと、して欲しいことを、全部分かっていた。

 あたし達が小学校三年生の時だったと思う。

 ――風音が、事故に遭い、大怪我を負ったのは。

 原因はよそ見運転。

 気付いた運転手が、咄嗟にブレーキを踏まなければ、間違いなく死んでいた。それ程の重症だったらしい。

 病院に行ったあたし達が見たのは――声を上げて泣いている朱音だった。


 手術は……無事成功。


 その時も朱音は声を上げて泣いたと、風音は悲しい顔をしながら言っていた。

 何よりも自分を大事にしようと、あたし達がそう決めた瞬間だった。

 あたし達が傷つけば、朱音は悲しむ。

 それからだったかな……風音のシスコンがより凄くなったのは……。

 退院した風音に、朱音は真っ先に抱きついて、花が咲くような笑顔で「おかえり」と言ったらしい。

 やっぱり、嬉しかったんだろうね……同時に、あたしにもその笑顔を向けて欲しい、とも思ったけど。

 退院した後は、それまでとなんら変わることなく、四人で遊び回った。

 時間は流れて、中学生になって半年くらい経った時のことだった。

 その頃には、静香とも知り合っていて、五人で登校し、下駄箱を開けたら中には手紙が入っていた。

 何だろうと、と思いその場で開けてみると可愛い文字で「放課後、体育館裏に来て下さい」とだけ書かれていた。

 鈴に聞いてみると、それはラブレターとのこと。でも、文字は見るからに女の子の物だったから、正直いって戸惑った。

 生まれて初めて貰ったラブレターが同姓からだったら、多分誰でも驚くと思う。

 それを見た時、鈴と風音が揃って、

『夕ちゃんにもやっと春が来たね~』

『夕にも春が来たかぁ』

 と言っていた。

 朱音はいつもの無表情で、静香は興味無かったのか、何も言わなかった。

 でも、なんだか、その時……理由は分からないけど、朱音を直視出来なかった。

 一日の授業が終わった後、あたしは体育館裏に行き、思った通り告白された。何でも、入学式の時にあたしを見て一目惚れとやらをしたらしい。

 最初から断るつもりだったから、どちらにせよ傷つけてしまうなら、ハッキリ断ろうと思い、あたしは断った。

 すると、他に好きな人がいるのか、と聞かれた。

 いない。

 そう答えようとした瞬間、何故か朱音の顔が浮かんで……心臓が五月蠅くなり、苦しくなった。

 同時に理解した。

 あたしは、朱音が一人の女の子として好きなんだって。

 名前は言わないで、好きな人はいると答えると、その子は涙ぐみながら走り去っていった。

 でも、その時は既に、その子のことはあたしの頭には無くて、無口で、無表情で、でも決して無感情じゃない、「友達」から「好きなひと」に変わった〈清川朱音〉がいた。


 パン、と小気味良い音が響く。

「ハッ……」

 軽く意識が飛んでた。

 前を見れば、そこには手を合わせている朱音がいて、その目は少し怒っていた。

 何度か突いたり叩いたりしたんだろうけど、気付かなかったらしい。

「ごめんね、朱音。好きって言われて、嬉しかったから……うん、ありがと」

 謝り、頷く朱音を見ながら、二人きりの時は素直になれるのになぁ……と思う。

 昨日の様に、鈴や誰かがいると、どうもあたしは言いたいことを素直に言えなくなってしまって…………鈴はソレをツンデレとか言っていたけど、意味はよく分からない。

 と、そんなことを考えていると、

「ただいま、夕ちゃん」

「あっかね~」

 鈴と風音が、お手洗いから帰ってきた。

 学校が終わった後、四人でファミレスに行こうってことになって、このファミレスに来て、料理を注文した後、二人はお手洗いに行きあたしと朱音は二人きりになった。

 と言うのが、さっきまでの経緯。

「それで、少しは進展した?」

 鈴が小声で、聞いてきた。

「『ずっと好き』って言われたわ」

「そっかぁ~……嬉しかった?」

「フン。そんな訳無いでしょ。最初から分かってることだもん」

 ……あぁ、どうしてこうなんだろう? あたし。

「フフ」

「あかね~、温かいよ~」

 項垂れるあたしの耳が捉えたのは、鈴の意味深な笑い声と、風音の至福の声だった。


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