周防健二
俺の名は周防健二。しがない探偵だ。
さて、そんな俺は今も仕事の真っ最中。
今回頼まれたのは、よくあるペット探しだ。
飼っているネコが家の掃除中に逃げ出してしまったらしい……逃げたということは余程飼い主が嫌いなのだろうが、頼まれた以上は探さなければならない。
それが探偵と言う物だ。
という訳で、貰った資料を元にネコを探している訳なのだが……一向に見つからん。
かれこれ四時間は探し回っているのだが。
「仕方ない」
呟き、携帯を取り出して数ヶ月前、共に依頼を解決した者に協力要請のメールを送る。
電話での意思疎通は出来ないからな。
返信には三十分程で行くと書かれていたので、十分程辺りを捜索し、待ち合わせ場所の喫茶店へ向かった。
コーヒーを注文し、腕組みし目を瞑って待っていると、不意に肩を叩かれる。
敵襲か!
「なんだ、朱音殿か。全く、気配を殺すのは止めてくれと言って居るだろう?」
立ち上がり構え、しかし、目の前にいたのは協力要請を頼んだ清川朱音殿だった。
彼女は、謝るように浅く礼をすると、対面の席に腰掛けメニューを示して注文し、俺の方を見た。
コーヒーを一口飲み、懐から飼い主の書いたネコが載っている紙を出し、テーブルに置く。
ソレを朱音殿はじっくり見つめた後、運ばれてきた紅茶を一口飲み、俺の目を見て頷いた。協力してくれる様だ。
コーヒーと紅茶を片付けた俺達は、早速ネコ探しを開始した。
それから一時間後、朱音殿からメールが入り、何かあったのかと思いながら開くと、そこには探していたネコと一緒に写っている朱音殿がいた。
心なしかその表情が嬉しそうに見えるのは気の所為では無いのだろう。彼女が可愛いモノ好きであることは短い付き合いとは言えよく知っている。
だから、彼女はネコを見つけて余程嬉しかったのだろう。
写真しかなく何処にいるのか等の情報は一切打たれていなかった。
「面白い娘なことだ」
呟き、何処にいるのか尋ね、その場所に向かう旨を伝える。
途中にあった自販機でスポーツドリンクを二本買い、朱音殿の所に向かうと、彼女はネコとじゃれ合っていた。
笑ってこそいないが、楽しいのだと言うことは分かる。
どれだけ無口で、どれだけ無表情であろうと、彼女は決して無感情ではないのだから。
そう言えば、姉君はどうしたのだろうか?
常にそばにいる姉君のことであるから、今回も朱音殿と共に来るのかと思っていたが……いや、思い返してみれば喫茶店に来た時から彼女は一人であったか。ということは何か用事でもあったのだろう。でなければ、あの姉君が朱音殿の側を離れることなの有り得んからな。
朱音殿に声を掛け、ボトルキャップを外し差し渡す。
彼女はネコを頭の上に乗せると、会釈してソレを受け取り両手で持ってちびちびと飲み始めた。
しかし、俺が四時間以上も探し回って手がかりすら見つけられなかったと言うのに、朱音殿は何故一時間程で見つけられたのだろうか?
……思えば、初めて会った時もそうであった。
その日の俺の仕事は、今日と同じ様に逃げ出したペット探しだった。
どこにいるのかなど見当も付かず、探し回っている内に、気付けば聞いていたネコの行動範囲外を探していた。
だが、以前何処で聞いたのかは忘れたが、ネコの行動範囲は広がるのが早いと言うことを思い出し、まあいいだろうとと思い、そのまま探索を続行した訳だ。
そこから更に探したが、やはりネコは見つからず……河原で一人項垂れていると、不意に肩を叩かれた。
そして、いたのが朱音殿だった。
まあ、疲れていたということもあったのだろう。
俺はネコのことを話した。
今思えば、朱音殿に会えたのがその日で良かったと思う。
後に聞いてしったが、彼女は三日に一度喋るかどうかと言う程の無口だったからだ……つまり、俺は運良くその三分の一の確率に当たった訳だ。
『手伝う』
一言言った彼女は携帯を取り出し、俺にもそうする様に手振りで示した。
連絡用にアドレスと番号を交換する為だったのだろう。
その後、今回の様に別々で探し始め、やはり今回の様に彼女は俺よりも早くネコを見つけた。
違うのは、その時見つけるまでに掛かった時間が三十分程だったと言うことか。
何はともあれ、俺と朱音殿はそうして知り合い、多分友と言うのが一番しっくり来るであろう関係になり、偶に仕事を手伝って貰っている。
その過程で、姉君である風音殿や、二人の学校で生徒会長をしているという、黒澄殿、幼なじみの双子である有沢姉妹と知り合った。
皆、朱音殿を思っていると言うことは、初めて会った時から理解出来た。朱音殿を守るようにして四人がいたからな……有沢姉妹の姉君、夕殿には正しく刺さりそうな視線を向けられたこともある。
さて、過去の話はこれくらいにして、今に戻そう。
「朱音殿、以前もそうであったが、何故こんなに早く見つけることが出来たのだ?」
ドリンクを一口飲み、息を吐いて聞くと、朱音殿はチラと俺を見、やや間を置いて米神を指でトントンと叩いた。
頭、脳。
つまり、
「勘、あるいは直感と……そういうことか?」
首肯する朱音殿。どうやら正解らしい。
だが、それには驚きだ。
今回の依頼のヒントは茶トラのネコであることと、飼い主から預かった絵。この二つだけ。
たったそれだけを元に、勘も何も無い気がするが……実質彼女はこうしてネコを見つけている。
他にも何かあるのかも知れないが、口を閉ざしている辺り今日は無口デーなのだろう。ちなみにコレは、俺が勝手にそう呼んでいるだけなので気にしなくて良い。
何はともあれ、俺達はその後、無事依頼主の元にネコを連れて帰り、報酬を受け取った。
ネコが家に入っていく際、朱音殿を見ていたが、どの様な思い出見つめていたのだろうな?
「助かった。礼を言う。また、頼むことがあると思うが、構わないだろうか?」
またも首肯。
そんな彼女に、報酬を半分渡し、さよならを言おうとした所で背中に軽い衝撃。
振り向けばそこには、
「アンタ、朱音に何かしてないでしょうね?」
俺を睨み付けながら、ドスの利いた声で言う夕殿と、そんな姉君を柔和な笑みを浮かべて見ている妹君の鈴殿がいた。
「有沢姉妹殿か。大丈夫だ。何もしていない。依頼の協力を頼んだのだ」
「そう。なら良いわ」
「相変わらず、夕殿は朱音殿が心配なのだな」
「な⁉ な、なに言ってるのよ! そんな訳……」
「……?」
朱音殿と目があった夕殿は、途中で言葉を切りみるみる内にその頬を朱に染めていった。
当の朱音殿は、コテンと首を傾げているだけであるが、夕殿にとってはそれだけでも効果抜群なのであろう。
以前風音殿達から、そう聞いたことがある。
「そんな訳…………あるわよ!」
そう言うと同時、夕殿は家の方へ駆けだし、すぐに見えなくなってしまった。
「あらあら、夕ちゃんたら……朱音ちゃん、ごめんね?」
柔和な笑みはそのままに、妹君は朱音殿にそう言った。
朱音殿はその言葉に首を横に振る。
彼女も夕殿のあれが照れ隠しであることは分かっているのだろう。
「まあ、いつか素直になると思うから、その時まで気長に待って上げてね?」
「……?」
また首を傾げた朱音殿だったが、すぐに頷いた。そして俺を見ると、小さく会釈。
帰るのだろう。
家まで送ろうか提案したが、心配無いと言う風に首を振られた為、大人しく引き下がり、並んで歩いていく二人の背中を見送った後、俺も探偵所に戻った。
しかし、朱音殿の勘は凄すぎるのではないだろうか……?