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安藤静香

 自転車を止めて景色を眺めれば、そこに広がるのは緑豊かな平原と連なる山々。

 その景色を眺めながら、まだ旅を始めて一ヶ月しか経っていないのか、と思う。

 結構色々あったけど、気が付いてみればまだそんなに時間は経っていない……そろそろ朱音に会いたいな。

 しかし、日本一周してくると約束したからな。その約束は何がなんでも守らねばならん。

 それに、大切な朱音との約束を破るなんてアタシ自身が許せないからな。

 携帯を開けば、待ち受けになっているのは裸ワイシャツという、なんともアタシ達にとっては刺激の強すぎる格好をした朱音がいる。

 眠いのか、若干うつむき加減で目を擦っている所なんかもそれに拍車を掛けている。

 ……見ていると電話したくなってきた。と言う訳で電話をすることに。

 プルル……と言う、最初のコールが鳴り終わる前に、朱音は出た。

 まあ、一年の殆どを無口で過ごす朱音だから、電話に出ても他の奴等ならそこまでしか出来ず会話は出来ないだろう。

 三日に一回喋るかどうか、と言うほどに、あの娘は口数が少ないからな。

 だが、アタシ達が違う。

「やあ、久しぶりだね。変わらず元気そうで良かったよ。……ああ、アタシも元気だよ? ちゃんと前後左右に注意して運転しているからね、朱音を悲しませる様なことはしないよ。…………そうか、残念ながら、アタシは夏休みとは言え、まだまだ戻ることは出来ないかな? ……ごめんね? 最低でも、あと半年は必要だから……うん、大丈夫。怪我一つない健康な体で帰るよ。……ああ、それじゃ……ん? ……ああ、そうだな。そうしよう。分かった。これからは、週に一度、電話をするよ。……ああ、それじゃね? 大好きだよ、朱音。…………いや、なんでも無いよ。それじゃ……ああ」

 ピ、と通話を切る。

 全く、相変わらず可愛い娘だよ。しかし、確かに一ヶ月一切連絡したなかったのは、アタシの責任だな。掛けなくて良い心配を掛けてしまった……反省しなければ。

 両手をパシンと合わせ、ペダルを踏み進み始める。

 これが、アタシ達に共通することの一つ。

 反省と言うと、頭を叩いたり正座をしたりと、少なからず自分の体を傷つけたり、苦しい行為が多いが、アタシ達がそれをやると朱音は悲しむ。

 だから、何か反省をする時は、こうやって手を合わせている。これなら、傷つきもしないし苦しくもない。

 どんな些細な傷だろうと、本人が何とも思わない傷でさえ、朱音はソレをみると悲しむ。

 その顔を見ると、アタシ達まで悲しくなってしまうから……だから、何よりも自分を大事にしようと決めた。

 無口で無表情なあの娘は、だからと言って無感情ではないからな。

 ……もしも、朱音の前に誰かが現れた時、ソイツが朱音を好きだと言うなら、アタシ達は問うだろう。

 ――お前にとって一番大事なモノは何だ? と。

 そこでもし「朱音」と答えれば、成る程、ソイツはそれ程朱音が好きなのだろう。

 だが、それではダメだ。朱音を任せることなんて出来ない。

 朱音を好きなアタシ達にとって、彼女は常に二番目にいなければならない。

 他ならぬ朱音が、ソレを望んでいるのだから、無碍にすることなど誰に出来ようか。

 今の所、アタシ達が朱音の相手として認めているのは夕だけか……少々ツンデレ気味だが、誰がみても朱音を好きだと言うのは明らかだからな。

 学校は違うが、それだけの理由で四人の仲が変わる等と言ったことはないだろう。

「帰ったら、アタシも行くか……学校」

 幸い学校の理事長は父の知り合いだ。編入試験で満点でも取れば入れてくれるだろう。

 頭だけは自信があるからな。

 朱音には可愛いと言われたことがあったが、彼女の方が断然可愛い。

 寒い時等は眠る時にネコの様にくるまって眠り、かと思い雪が降れば真っ先に外に飛び出していく。

 積もっていれば、迷わずダイブして自分の体の型を付け、顔は雪塗れ。

 アタシ達には傷ついて欲しくないと言うのに、その実朱音が一番傷つきやすいことをしている。

 と、いかんいかん。

 朱音のことを考え出すと止まらなくなってしまう。そんな状態で運転などしていては、事故にも繋がるだろう。

 それだけはなんとしても避けねば。

 頭を切り換え、次の野宿場を探す為、アタシはペダルを踏む足に力を込める。

 資金はまだ十分にあるが、宿代くらいは節約した方が良いからな。

 二時間ほどして、日が傾き始めた頃、今夜の野宿場を見つけた。

 レジャーシートを敷き、腰掛けて携帯を取り出し、電話帳から父上を選択し発信ボタンを押し、暫し耳には当てずにそのまま待つ。

『静香! 大丈夫か! 怪我などしていないか! 変な奴に絡まれていないか!』

 自己紹介が遅れたが、アタシの名前は安藤静香あんどうしずかだ。

 父上の声が止んでから携帯を耳に持っていき、

「相変わらずだね、父上。アタシは大丈夫だよ。体を大事にしていることは、知っているでしょう?」

『う、うむ……だが、やはり心配なのだ。愛娘が一人で日本一周をすると言うのは……』

「心配してくれるのは嬉しいけど、もっと信じてよ、アタシのこと」

 アタシ達が自分のことを一番大事にする理由。

 そこには他の理由もある。

 朱音だけでなく、家族に心配を掛けないようにすること。

 父上が言った様に、自分の娘や息子、子供が怪我をしたり目の届かない所にいれば心配するのは親の性なのだろう。

 アタシは目の届かない所にいるけど、こうしてちゃんと元気でやっている。

 まずはそのことを伝えなければならない。

「でも、確かに、心配を掛けるようなことをしているのはアタシだからね……ごめんね? 心配掛けて」

『……いや、良いよ。お前が決めたことなのだからな。私こそすまなかったな? 信じ切れず』

「ううん。……それで、早速本題に入るけど良いかな?」

 謝り合った所で、話を切り出す。

『うむ。どうした? そろそろ学校に行こうと思っておるのか?』

 聞かれ、答えようとした所で先回りされた。

 いつ頃からだったか……父上は顔を見合わせている時は勿論、今の様に電話越しでも、アタシの言いたいことを当てられる様になった。

 多分、他の家――この場合清川家と有沢家は除いておくとして――の場合、息子ならともかく娘は嫌がるだろう。

 何もかも筒抜けになっている様な物なのだから。

 まあ、アタシも朱音達同様そんなことはないのだけれど……。

「相変わらず、父上は凄いね。正解。その根回しをして欲しいんだ」

 だから、今更驚きはしない。

『そういうことか。分かった。後どれくらいで帰ってこれそうだ?』

「半年位かな」

 答えると、父上はもう一度分かったと言った。

 その声が、先程よりも弾んでいる様に感じたのは、気の所為ではないだろう。

 編入条件などを決め、それから父上とも週に一度は連絡を取る約束をし通話を切った。

 バッテリーを確認すると、まだ二本は立っているから、次にどこかの宿に止まった時にでも充電しよう。

 そう決めたアタシは、ここから見える景色を一枚写真に撮り、それを朱音と風音、夕達に送り夕食の用意を始めた。

 さて、野宿と言えばやはりカレーかな?


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