清川家と錦戸家
夜、アメリカのある一軒家。
そこに住んでいるのは、錦戸一家と、現在そこにホームステイ中の清川家の二人である。
清川家とは、他ならぬ朱音と風音の両親のことであり、当初の予定ではホテルで過ごすつもりだったが、レストランで会った錦戸一家の父、錦戸剛と気が合い、成り行きでホームステイをすることになった。
さて、まず清川家の両親を紹介しよう。
「風音と朱音は大丈夫だろうか……あぁ、心配だ……」
頭を抱えながらそう言ったのは、清川章。清川家の大黒柱。世界で一番可愛いのは妻と娘であると豪語する親ばかであり、そのことでよく学生時代からの親友である有沢修と喧嘩をしていた。
「大丈夫よ。昨日電話したばかりでしょ? 全く」
呆れ気味にそう言ったのは、清川美音。清川家の母。世界で一番恰好良いのは章。一番可愛いのは風音と朱音と言う、夫と同じで親ばかである。学生時代は、修の妻である有沢恵と共に二人の喧嘩を何もせず見守っていた。
「カザネ、アカネって……シュウとミオの娘の?」
尋ねたのは錦戸家の一人娘。マリア・錦戸。綺麗な金髪に碧眼の彼女は、ご覧の通り日本語も話すことが出来る。生まれた頃から父の日本語に触れてきた為、自然と日本語を覚え、同時に英語も話すことが出来る。
「そう言えば、章達が来てもうすぐ四年ほどになるが、その名前を聞かない日は無かったな……」
顎に手を当てながら、考えるように言ったのは、錦戸家の大黒柱、錦戸剛。アメリカ暮らしは結構長い彼だが、バッチリ日本語を話せる。勿論英語もである。中学時代から旅行を好んでいた為、自然と体が鍛えられたのか細身だが、ガッシリしており、マリアを片腕にぶら下げる位は朝飯前である。
「たしかにそうネ。そんなに心配になるほどカワイイ子たちなノ?」
カナ交じりの日本語で話した彼女は、錦戸家の母。シェリー・錦戸。肩で切り揃えた金髪に碧眼を持つ彼女は、娘のマリアと並べばその若い外見から度々姉妹に間違われる程である。
剛とシェリーが会ったのは、十九歳と十八歳の時だった。
大学の夏休みを利用し何処かに行こうと決めた彼は、思いつきで行き先をアメリカに決定。到着したは良いが何の下調べなどもしていなかった為当然迷った。
そこで出会ったのが当時高校三年生だったシェリー・ミリノンである。
右往左往していた彼を見かけたシェリーは、黒髪から日本人と推測し、迷っているのかと思い声を掛けた。
そこまでは良かったが、剛は英語が分からずシェリーは日本語が分からない。
正にどん詰まり状態となった二人は、とりあえず身振り手振りでお互いの状況を伝えた。
その二人は傍から見ればコントにしか見えなかっただろう。
なんとか状況を伝え終わった時には、夏と言うこともあり二人は汗だくとなっていた。
シェリーの家に案内された剛は、両親に見つかった途端父親には殴り掛かられそうになり、母親には黄色い声で歓迎されると言う、正反対のリアクションを取られた。
なんとか誤解を解き、剛は暫くミリノン家に滞在することに。シェリーや両親から英語を教わっていき、まあ、当然の成り行きと言えるのではないだろうか?
二人は恋に落ちた。
共に過ごす過程で、剛が誠実な男であることを理解していた両親は、恋仲所かそのまま結婚しろとまで言う程に、彼のことを信頼していた。
それから色々あり、二人はめでたく結婚。翌年、マリアを授かり、家族五人仲良く暮らしていた。
三年後、三人はマンションに住居を移した。それから更に五年が経ち、マイホームを購入、そこで錦戸家として住み始めた。
それから時は流れ、今は清川家の両親も共に暮らしており、週に何度かシェリーの両親の家を訪れている。
「もちろんだとも! 風音と朱音! そして美音! 三人よりも可愛い女性なんていない!」
「それは聞き捨てならん! 一番可愛いのはシェリーとマリアだ!」
章が叫びながら立ち上がると、それに続いて剛も叫びながら立ち上がった。
だが、これもすっかり日常の一コマとなっている錦戸家では、騒ぐ二人を完全に無視し、三人は被害の届かない所で寛いでいた。
「ほら。この二人が娘の風音と朱音よ。ふふ、二人とも楽しそうね」
「たのし……」
「……そう?」
携帯を開き、フォルダから昨日送られてきた、左に黒髪をポニーテールにした見るからに快活そうな女の子と、無表情でピースをしている女の子の二人が写っている写真を見せながら美音は言う。
その言葉に、マリアに続く形でシェリーが言うと、美音は首を傾げた後、納得した様に「ああ」と言った。
「付き合いのある人にしか分からないんだけど、右に移っている子、朱音って言うんだけど、無表情だけどちゃんと分かるのよ。この写真のこの子は『わたし達は今日も元気だから心配しないで。体調には気を付けて』って言ってるの。風音、左に移っている子ね? この子は『今日も朱音が可愛い過ぎてヤヴァイ』と言っているわ」
もしも超能力者を知っているかと問われた場合、二人は口を揃えてその名を言うだろう。
「ミオ・キヨカワ」と。
たった一枚の写真から、そこまで読み取れる者など、いくら家族とは言え他にはいないのではなかろうか。しかも発音まで読み取っている。
「ホントに、そう言っているのデスか?」
「ええ。あっくん、ちょっと来て」
あっくんとは章の愛称であるとだけ、一応記しておく。
「どうした、美音?」
騒ぎをピッタリと止めて美音の元へと来る章。剛は殴り掛かろうとしていた相手がいきなりいなくなったことにより転び盛大な音を立てた。
幸い食器などは割れていない。
起き上がった剛も、四人の所へ向かった。
「二人がなんて言っているか分かるわよね?」
「風音が『今日も朱音が可愛い過ぎてヤヴァイ』。朱音が『わたし達は今日も元気だから心配しないで。体調には気を付けて』だろ? 今更なんだ?」
「シェリーとマリアが、信じられないみたいだったから」
「ああ、それでか」
「いやいや、待て。オレだって信じられないぞ? 何故そこまで分かる?」
さも当然の様に言う章に、シェリーとマリアはポカンとなり、二人の気持ちを代弁するように剛が尋ねた。
「「何故って、むすめだから(もの)」」
今度は剛もポカンとなった。
(超能力者か、この二人は……)
勿論二人にしてみれば、分かって当たり前のことである為、どうして三人が呆けているのかが分からないのだが……仕方ないだろう。
その後、家を散らかした章と剛は片付ける様に言いつけられ、シェリーとマリアは美音に写真に写っている二人の言葉を教わっていた。
「カザネは『アカネがヤヴァイ』ばかりですね」
「シスコンだから仕方無いわよ……実際、朱音の可愛さはヤヴァイから。勿論風音も可愛いわ。……朱音は、無口で無表情だけど、それは決して無感情と言うことではないの」
「どういうこと?」
「そうね…………いつか、マリアが朱音に会うことがあったら、きっと分かるわ」
美音の言葉に、マリアもシェリーも首を傾げてばかりだ。
だが、その時はもうすぐやってくる。
「ボーイフレンドとかは?」
気を取り直して、と言った様子で、マリアが尋ねた。
「二人が認めた人なら、私もあっくんも認める。男でも女でもね」
その答を聞き、また二人は驚いた。
「女の子でも良いの? 日本は、同性婚、認められてないんでしょ?」
「それなれ同性婚が認められている所に行けば良いわ。風音と朱音が認めた人で、自分を一番大事にする人なら、私達は何も文句は言わない。そう決めてるの」
「『カザネとアカネを』じゃなくて、『ジブン』を、一番ダイジにする人?」
人差し指を頬に当てながらのシェリーの疑問に、美音は笑って、
「いつか分かるわよ」
と言った。
「「?」」
今日の二人は分からないことばかりである。
その日の章と美音が二人に送ったメールはそれぞれ以下の様な内容だ。
『風邪と変な男には気を付けるんだぞ。夏休みには、纏まった休みが取れる予定だから、お土産楽しみにしておいてくれ。お休み』
『変わらず楽しそうで良かったわ。学校生活楽しみなさいよ? 夕ちゃんと鈴ちゃんにもよろしく言っておいて。お休みなさい』
そのメールを読んだ朱音と風音は、温かい気持ちで眠りに付いた