黒澄紗奈
風音と会ったのは、中学校に上がった時だった。
第一印象は、綺麗な人。
背中の真ん中辺りまで真っ直ぐ伸びた黒髪。目もぱっちりしていて、元気そうな人だなとも思った。
思った通り、風音はいつも元気だった。
でも、常に一人だった。周りには誰も居らず、一人。
いや、まあ……ケータイ眺めて常にニヤニヤしていたら近づけないわよね。
ある日、集会があるから体育館に移動しないといけない時があったけど、風音はずっとケータイを見ていたからから、みんなが移動したことに気付いていなかった。
クラス委員をしていた私は、みんなが出たことを確認して出て行こうと思っていたから、クラスを見渡して、いつもの様にニヤニヤしていた風音に声を掛けた。
でも、やっぱりニヤニヤしているだけで気付いていないかの様に何も返事が無かった。
近付いて、何をみてそんなに笑っているのか気になり後ろからケータイを除くと、そこに写っていたのは一人の女の子。
風音と似ていて、綺麗な艶のある黒髪に、小動物を思わせるくりくりとした黒い瞳。
その女の子の写真が何枚もあった。というか、風音のケータイに入っている写真は全部その女の子だった。
風音とツーショットで写っている写真も沢山あったから、それで二人は姉妹だということが分かった。
気になったのは、女の子の表情。
どの写真も、風音が本当に嬉しそうな、楽しそうな笑顔で写っているのに対し、女の子はどの写真も無表情。
感情が無いんじゃないか。そう思わせる程に無表情だった。
いつまでも見ている訳にもいかないと思い、風音の肩を叩き、それでやっと彼女はみんながいないことに気付いた。
後ろから声を掛けると驚かれたけど、気にせず体育館に行くことを伝え、二人で体育館に向かい、その途中でケータイの女の子のことを聞いてみた。
勝手に見て悪いと思ったけど、その時の私はそっちの方が気になっていた。
風音も、勝手に覗いたことに関しては何も言わなかった。
で、聞いて分かったのはその子、朱音ちゃんが妹だと言うことと、風音が超の付くシスコンだってこと。
話し出したら止まらないのよ……体育館に着くまでの数分でどんだけのことを話すのよ、って位話された。
話す時の風音の顔が、ホント良い笑顔だったから止められなかったけど……なんとかしないと、とは思った。
学校とかだと、シスコンやブラコンといった人達は、周りからあまり良い印象を得られないことが多い。
悪いのは、周りの人なんだけどね……。
それから私は風音のシスコンをなんとかしようと頑張った。
頑張ったんだけど…………
「朱音ちゃんマジ天使」
私も朱音ちゃんが大好きになってしまいました。
だって可愛いのよ、あの娘。
それでいて、可愛いモノが好きだから街でネコを見つけたりしたら、ふらふら~と何処かに行っちゃったり、デパートとかに行けば真っ直ぐぬいぐるみの所に行ったり。
「まあ、そこがまた可愛いんだけどね……」
多分そう思う私は風音や夕ちゃん達と同じように大分末期だろう。
あの娘がすることなすこと、全部可愛く見える訳だから。
でもね……昨日の朱音ちゃんとネコのツーショットはホント可愛いわ。
朝からずっと見てるけど全く飽きないし。
もう昨日の内にパソコンに移して、そこからラミネート加工して大切に仕舞っているからもしケータイのデータが飛んでしまっても無問題。
風音は良いな……二日間も朱音ちゃんといられて。朱音ちゃんは私が行っても歓迎はしてくれるだろうけど、風音がね……邪魔をしたら一体何をされるかは、イヤと言うほど知っている。
朱音ちゃん至上主義の風音は、朱音に近付く男子は徹底的に潰してきたからね。
勿論女の子であってもそれは同じ。いや、そこに私は含まれてないけど。
友達は始末対象に入らないそうだ。
そんなことをすれば朱音ちゃんが悲しむから。
小さな頃、風音が大けがをして、生死の境を彷徨ったことがあるらしい。その時、朱音ちゃんは泣いたそうだ。
それまで、風音の中で何よりも、それこそ風音自身よりも大切だったのは、他ならぬ朱音ちゃん。
でも、その涙を見てからは、自分を一番大事にしていると言っていた。
それを聞いた時、少なからず私は驚いた。
さっきも言った様に、風音は超の付くシスコンで、朱音ちゃん至上主義。自他共に認める超シスコン。
そんな風音が、朱音ちゃんよりも自分を大事にしていると言うんだから、驚いてしまったのも仕方ないと思う。
風音が自分を大事にしているのは、自身に何か起これば、朱音ちゃんが悲しむと分かっているから。
涙は二度と見たくないから。
それからは、二人の幼なじみである夕ちゃんと鈴ちゃんも自分を更に大事にするようになり、私も体調管理なんかをしっかりするようになった。
中3の時に、昼休み朱音ちゃんと二人きりになったことがあって、私がいなくなったらどう思うかと言う、今考えてみれば最低な質問をしたことがある。
聞くと、朱音ちゃんは私の手を強く握って、小さな子供がする様にいやいやと首を何度も横に振った。
その頃には、目を見れば朱音ちゃんの感情は大体分かる様になっていて、瞳に込められた、悲しいという感情がハッキリと分かった。でも、同時に激しく後悔した。
自分はなんてことを聞いたんだ、と。
怪我の話以外にも、風音が遠くに行った夢を見た時にも、朱音ちゃんは泣きこそしなかったけど、泣きそうになっていたことを聞いていたのに。もしもの話でも、朱音ちゃんは大切な人達がどこかに行ってしまうことに深い悲しみを感じると知っていたのに。
「ホント……最低だよね。私」
自嘲気味。
第三者から見たら、多分そんな感じで私は呟き、ケータイを閉じた。
「でも……嬉しくもあったんだよね……出会ってたかだか二、三年しか経っていなかったのに、そう感じてくれたことが」
さて、メールでもしよう。
そう思い、閉じたばかりのケータイを開き、朱音ちゃんにメールを送った。
顔が見えなくても朱音ちゃんがなんと言ったか分かるのは、風音と夕ちゃんに鈴ちゃん、静香ちゃんの四人くらいだろう。私にはまだ出来ない。
それから、気が付けば三時間ほどメールをしていた。
多分月曜日に風音に怒られるだろうけど、朱音ちゃんとの時間に比べればそれ位はなんてこと無い。
まあ、怖かったけどね……。