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清川風音

 私の妹は無口で、小さな頃から三日に一回喋るかどうかと言った位。

 私の妹は無表情で、小さな頃から感情を顔に出すことが極端に少ない。

 でも、だからと言って無感情じゃ無い。

 ただソレを表に出すことがないと言うだけ。

 声にしろ表情にしろ、とにかく感情と言う物を表に出すことが殆ど無い。

 でも、私にはちゃんと分かる。

 十六年間ずっと近くで見てきたんだから当たり前。

 私は自分に続いて妹が大事だ。

 あくまで自分最優先なのは、一度私が大けがをして生死の境を彷徨った時、涙を流したことの無かった妹が初めて涙を見せて、それからその涙を見ない為にも、自分を大事にしようと決めた。

 大好きな妹の涙なんて、見たくない。

 あれだけ顔をくしゃくしゃにして泣かれたら……ね。

 退院してお父さん、お母さんと一緒に迎えに来てくれた時、妹はまた初めて笑顔を見せてくれた。

 おねえちゃんおかえり、って……花が咲いた様な、そんな簡単な例えしか出すことの出来ない自分が少し恨めしいけど、本当に良い笑顔で、気付けば涙が溢れていた。

 心が、じんわりと温かくなったあの時の感覚は、今でも鮮明に覚えている。

 お父さんとお母さんが仕事の都合で海外に行くことになり、家には私と妹が残った。

 空港へ向かう時の二人、特にお父さんの顔はよく覚えている。

 まあ、そりゃそうだよね。

 世界一可愛い娘と暫しお別れしないといけないんだから……私だって一日二時間は妹に抱きついてないと禁断症状が出るし。

 温かい体に柔らかな肌。サラサラとした、良い香りのする黒く長い髪。

 小動物を思わせるくりくりとした瞳に、ふっくらとした桜色の唇。

 何をとっても可愛いの一言に尽きる。

 私の大切な妹。

 私の大好きな妹。

 私の全てである妹。

 私の存在意義である妹。

 私の誇れる妹。

 私、清川風音きよかわかざねが姉として生まれ、妹、清川朱音きよかわあかねが妹として生まれた。

 お父さんとお母さんが出会って、私が生まれ、それから妹が生まれた。

 奇跡と言う物が本当に存在するのなら、そしてソレは何かと問われたら、私はこう答える。


「朱音の姉として生まれ、朱音が妹として生まれたこと」


 それ以上の奇跡は、きっと起こりえない。

 どんな出来事よりも、何よりも、私はこの世界に生まれたことを感謝し、朱音が生まれたことに感謝する。

 無口で無表情で、でも、決して無感情じゃない。

 そんな、大切な大切な、私の妹。

 みんなから愛されている妹。

 そんな貴女を、私は本当に誇りに思うよ。


 ――――――


 四月十三日、金曜日。今日で今週の授業は終わり、明日と明後日の二日はお休みだ。

 何が言いたいかと言うと、

「朱音と一日中いられる!」

 なんて最高な二日間! 二日間、時間に直すと四十八時間! 秒にすると十七万二千八百秒! なんて凄い! 

 学年が違うという、たったそれだけの理由で、学校では朝のSHRが始まるまでの短い時間と、授業間の休み時間十分と昼休みしかいられないと言うのに、それに比べて四十八時間も一緒にいられる。

 なんて凄い! 朝から晩までベッタリ! 誰にも邪魔されない!

「正しくパラダイス! あいた!」

 両手を上に掲げて叫ぶと同時に、ズバン! と良い音を立てて後頭部を打ち抜かれた。

 結構いたい。この慣れ親しんだ痛みは……。

 そう思い、頭部を抑えながら後ろを見ると、そこにいたのは、

「少し静かになさい」

 空気との摩擦で若干焦げ目の付いたノートで肩をトントンと叩き、溜息を付いている親友であり生徒会長、黒澄紗奈くろすみさなだった。

 綺麗な茶髪を肩で切り揃えていて、眼鏡を掛けた、いかにも委員長が似合いそうな女子生徒で、男子よりも女子に人気がある。

「無理よ。だって四十八時間よ? 十七万二千八百秒よ? それだけの時間を朱音と過ごせるのよ? 紗奈だってこれがどれだけ魅力的なことか分かってるでしょ?」

「当たり前よ。あたしだって朱音ちゃんとずっと一緒にいたいんだから。ハッキリ言って授業なんかよりも優先したいわね。会長なんて融通の利かないことをやっている所為で、流石にそれは出来ないけど……まあ、とりあえず、今はまだHR中なんだから静かになさい」

「え~……そんなの良いよ」

「良くないわよ。いや、良いけど」

 良いのかよ! とクラス中から突っ込みが入ったけどそんなの気にしない。

「とにかく、あんたが騒がなければそれだけ早く帰ることが出来るの。分かる? それだけ長く朱音ちゃんといられるのよ」

「先生、早くして下さい」

「お前等いい度胸だな? まあ、いい。一々相手するのも面倒だ。今日はこれで終わる。会長、号令」

「起立礼さようならいくわよ風音」

「了解! 待っててね、朱音!」

 担任の黒髪女教師、桐野友美きりのともみ、愛称友ちゃんに言われ、区切ることなく号令を掛けた紗奈について教室を飛び出す。

 背後から友ちゃんの「このシスコン共が」と聞こえたけど、それは最高の褒め言葉。


 校内を真っ直ぐ中庭へと突っ走っていく。

何故か。

 それは妹の朱音が学校側から授業を免除されているから。

 理由は中学時代から、学級、学年だけでなく全学年の中で、全てのテストを満点でクリアすると言う、超頭脳を持っているから。そしてそれだけではなく、運動も出来る。

 出来ないことはないんじゃね? って位出来る。空中三回転なんて朝飯前。ホント凄い。流石朱音!

 超ハイスペック。

 まあ、それで色々あったりしたけど、全部私や夕ちゃん、鈴ちゃん達で始末したから無問題。

 そんな訳で、朱音の頭脳は高校なんかで収まるモノでは無いので学校側が自由に勉強しておけと授業を免除した。

 ああ、勿論文句を付けたりした輩は叩き潰した。うん、徹底的に。

 さて、中庭に並ぶベンチ。

 その一つに長い黒髪を持つ女の子が一人。

「あかねーー!!」

「あかねちゃーーん!!」

 大きな声で呼ぶと、ベンチに座っている女の子、私の妹、清川朱音は立ち上がり振り向いた。

 その瞬間、私も紗奈も足を止める。それはもうピッタリと止める。

 何故かって? それは……それは……

「朱音とネコ! 可愛すぎる! 紗奈! 写メ! 写メ撮って!」

 振り返った愛しのマイシスターが、真っ白なネコを抱えているから!

「ちょ、なにこれ! 反則でしょ! ああ、もう! ケータイ遅い! 誰かカメラ持ってないの!」

「持ってたらとっくに使ってるわよ!」

 ホント、もう! 来週からはカメラ持ってこないと!

「…………」

「ニャ~」

 パシャパシャと一定の間隔を置いて鳴るシャッター音の中、朱音の腕の中のネコが鳴き、次の瞬間、

「ペロ」

「ん」

 朱音の頬を舐めた。それに片眼を瞑ってくすぐったいと言うことを伝える朱音。

「ベストショッツ!! しゃー! バッチリ撮ったああああ!!」

 決定的瞬間の激写に成功!

 フレームの中には、朱音とネコの二大可愛いモノが同時に収まっている。

 そのケータイを天高く掲げると、

「うっせーぞ、お前等! 用が済んだらさっさと帰れ! 今撮った物を私の携帯に送ってから帰れ!」

 二階から友ちゃんが言いながら飛び降り、着地すると同時に携帯を突きだしてきた。

 それでいいのか教師、と私と多分紗奈も思っただろうけど、朱音の可愛さは尋常ではないので興奮するのも分かる。

 隣では紗奈も頷いているし。うん、やっぱり朱音の可愛さはヤヴァイよね。

 という訳で、友ちゃんのケータイに撮ったばかりの激カワ写真を送る。

「ふぉおおおおお! なんだコレは! おっと、危ない……あまりの可愛さに鼻血が……スマンが私はこれで失礼する。お前等も早く帰れよ?」

「「は~い」」

「朱音もな」

「……」

「おっと、上目遣いか? 止めろよ? 今の私はお前に見つめられるだけで鼻血が出るからな」

 友ちゃんは朱音から一歩距離を取り鼻を抑えた。そりゃ、上目遣いなんからされたら……そのまま「おねえちゃん」なんて呼ばれたら……。

「ぐふっ!」

 や、ヤヴァイ。

「うわ! 風音⁉ ちょ、どうしたの!」

 突然血を吐いて倒れ込む私に、紗奈がどうしたのか聞いてくる。

「上目遣い+おねえちゃん=必殺コンボ」

「「…………ぐふっ!」」

 紗奈と友ちゃんも同じ想像をした様で、暫く間を置いて私と同じく血を吐いて倒れ込んだ。

 

 私たちが復活したのはそれから三十分経った頃だった。


 尚その間、朱音はネコと遊んでいてとても楽しそうだった。

 やっぱり、家の妹は可愛いです。


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