-8-
「あれ?」
「……なにも、ないね……」
ミーたちが下駄箱で靴に履き替え、林の中を駆け抜けて無花果塚へとたどり着いたときには、辺りは静寂に包まれていた。
さっき廊下の窓から見えた光も、今はまったく見えない。
「ツンマリたち、速いよ……」
「わたくしを置いてけぼりにするなんて、ひどいですわ」
すぐに他のみんなも追いついてきた。
呼春とお嬢が来て、先生と火野くんと思歌りんが続き、最後に水巻くんが眠そうな智羽ちゃんの手を引いて現れる。
「……なにもないな」
火野くんがつぶやいた。
「そうね……。それにしても、すっごく暗いじゃないのよ、ここ……」
「あれぇ? 思歌りん、怖いのぉ?」
怯えた表情で言葉を添える思歌りんを、ミーはニヤニヤ笑いを浮かべてからかう。
「な、なに言ってるのよ! 怖くなんて、ないわっ!」
そう答えながらも、思歌りんは火野くんの腕にしがみついていた。
まぁ、こんな暗い林の中だし、他のみんなも一緒にいるとはいえ、正直に言うと、ミー自身もちょっと怖かったのだけど。
そのあと、無花果塚の周りを軽く見回ってはみたものの、結局なにも見つからなかった。
「さっきのは、気のせいだったのでしょうか……?」
お嬢の消え入りそうな声が響く。
だけど、ミーと葉雪も見たわけだし、気のせいなんてはずはないと思う。
とはいっても、さすがに自信はなくなっていた。
そこで、ミーはふと気づいた。
「あれ? イチジク、置いてないね?」
なにげなく視線を向けた無花果塚の前にある台座。
そこにはいつもイチジクのお供えが置いてあるのに、今はなにも乗せられていなかった。
「おととい見たときには、あったのに」
「……澪音……。おとといなんだから、なくても不思議じゃないよ……。干しイチジクだって食べ物なんだから、ある程度お供えしたら処分しちゃうんじゃないかな……?」
葉雪が苦笑を浮かべながらツッコミを入れてきた。
「そうだな~。それにこの林には小動物なんかもいるから、食べ物だとそういう動物たちが食べてしまうのかもしれない」
矛崎先生もいつもどおりの微妙に眠気を誘うような声でそう言った。
「ここって無花果塚っていうのよね? 昔死んだ女子生徒の慰霊碑だっけ? 私、あまりよく知らないんだけど」
思歌りんが、やっぱり火野くんにしがみつきながら、そして辺りにきょろきょろと視線を巡らせながら、震えた小声を発する。
あはは、やっぱり怖いんだわ。
そんな思歌りんの様子を知ってか知らずか、矛崎先生は、若干トーンを落とした声で語り始めた。
「ああ……。二十年以上前になるらしいが、ひとりの女子生徒が旧校舎の屋上から飛び降りてね。悲しいことだが、いじめがあったらしい。女子生徒はそのまま亡くなってしまったんだ」
☆☆☆☆☆
亡くなった女子生徒は、無花果実祈という名前だった。
その名字が示すとおりなのか、イチジクが大好きだったらしい。
実祈さんはいじめが原因で自殺した。だから相当な恨みがあったはずだ。
それからしばくして、不可思議な現象が起こったり、怪しい光が目撃されたり、といったことが頻発し始めた。
やがて、実祈さんの霊がいじめた生徒たちを恨んでさまよっている、という噂がささやかれるようになった。
学校側は、いじめの事実を隠蔽しようとした。騒ぎを大きくしたくなかったからだ。
当時の先生方は、噂されている怪奇現象なんてあるわけがないと、生徒たちに強く言って聞かせた。
しかし、そのせいなのかはわからないけど、怪奇現象や怪しい光の噂は日に日に大きくなり、学校中がその話で持ちきりとなった。
怖がって学校を休む生徒も続出し、授業にも支障をきたし始めていた。
事態を重く見た学校側は、詳しい調査に乗り出した。
怪奇現象の目撃情報は夕方以降の暗くなってからの時間が多かったため、夜の見回りも強化した。
結果、先生方も怪しい光を目撃するようになる。
やはりこれは、自殺した実祈さんの霊が恨みを持ったままさまよっているに違いない。
学校側も認めざるを得なかった。
それからすぐに対策が取られた。
霊を鎮めるため、霊媒師を呼んでお祓いをしてもらうことにしたのだ。
その霊媒師の助言を受け、この場所に慰霊碑が建てられた。
干しイチジクをお供えするようになったのも、その人の助言があったからだという。
☆☆☆☆☆
「そうなんだ……」
みんな、ほとんど言葉を出せなかった。
ある程度、噂で聞いていた部分はあった。それでも、そんなに強い恨みを持ってさまよっていたなんて……。
「……かわいそう……」
葉雪が小さく声をそよがせる。
吹き抜けていく風が、急に冷たく感じられた。
「おっと、もうこんな時間だな。お前ら、帰るぞ~」
矛崎先生に促され、ミーたちは重苦しい雰囲気を抱えたまま、一旦プラネタリウムを準備していた空き教室に戻る。
そして素早く荷物を抱えると、それぞれの帰途に就いた。
みんなと別れ、葉雪とふたりで肩を並べる帰り道。
いつもならお喋りを楽しむ場面だけど、積極的に言葉をかけられるような気分でもなく、ただ黙って歩き続けることしかできなかった。