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「これは、いったいなんなの?」
ミーの声に、苦笑を浮かべて頭を掻いている矛崎先生。
ふたりの姿を確認したあと、教室を見回してみると、そこには普通の空き教室とは思えない光景が広がっていた。
その説明を求めるより先に異変に気づいたのは、火野くんだった。
「……あれ、木下さんにお嬢? ……思歌は?」
こちらのメンツを見て、思歌りんがいないことを不思議に思ったのだろう。
それはそうだ。ミーと葉雪はともかく、呼春とお嬢はいつも思歌りんと一緒にいるのだから。
と、そこまで考えて、思歌りんのことをすっかり忘れていたのを思い出した。
「……遅すぎだよ……」
ツッコミを入れる葉雪も、どうやら忘れていたようだ。
お嬢からケータイを借りて思歌りんに電話を入れると、泣きそうな声で文句を言われた。
ひとりが相当怖かったのだろう。
もちろんそんなこと、絶対に認めたりはしないだろうけど。
そのあと、火野くんにお願いして校門まで思歌りんを迎えに行ってもらった。
そしてふたりが教室に戻ってきたところで、矛崎先生に説明を求めた。
「う~ん、まだ内緒にしておくつもりだったんだけどな~」
「……こうなったら、仕方ないでしょ、先生」
まだ話すのを渋っていた先生だったけど、火野くんの後押しで説明を始めた。
「これは、見てのとおりって感じだが、自作のプラネタリウムだ。まだ途中だけどな~」
そう、教室内に広がる普通とは思えない光景、それは、材料はダンボールだろうか、作りかけのドームと、ノートパソコンからつながった機械だった。
その機械が、ドームに映像を映し出す投影機らしい。
それ以外にも、星空を連想させる小物類がいろいろと用意されている。
座って見ることを想定しているみたいで、星空をイメージした絵柄のカバーをかぶせた座布団もたくさん準備してあった。
これを全部、自作してたってこと!?
「星空を投影させる装置は、買ったものだけどな~。あとは自作だよ。投影機は魚眼レンズを使ったもので、こっちにあるノートパソコンから映像を転送して、ドームの内側に映し出すことができるんだぞ~」
矛崎先生は誇らしげな表情でそう語った。
こういう話をするときの先生は、少年のように目をキラキラと輝かせる。
それにしても、パソコンから転送した映像をドーム状に映し出す装置って……。結構高価なものなんじゃ……。
「うちの父親が、そういうのを専門に扱ってるんだよ。ま、中古品を安く売ってもらったんだけどな~。とはいっても、それなりに額をつぎ込んだのは確かだが」
……趣味には異常なほどお金をかける人っているよね。先生はどうやら、そういう人種みたいだ。
教師って、そんなにお給料も高くないだろうに。
それはともかく、火野くんと矛崎先生のふたりというのは、しっくりくる組み合わせでもあった。
なぜなら、火野くんは地学部の部員で、矛崎先生はその顧問だからだ。
地学部といっても、その活動内容は地球や地層といったものだけではなく、宇宙に関する分野なんかも含まれる。
だから、天体観測も立派な地学部の活動ということになる。
「ということは、これも部活動の一環なの?」
「いや、違うぞ~。これはな、今度のロングホームルームのために用意してるんだ」
うちの学校では、一ヶ月に一度、金曜日の午後にロングホームルームと称して、クラスの結束を深めるための時間が設けられている。
午後の五時間目と六時間目を合わせた二時間を使った、クラスごとに自由に活動内容を決められる時間だ。
普通は担任の先生が内容を決めるのだけど、生徒側から提案があって許可をもらえれば、なんだってできる時間でもある。
とはいえ、まだ入学して日が浅いミーたち。
朝と帰りのホームルームで案を募ったりはしていたけど、とくにこれといった案が出ることもなく。
今回はなにも決まっていなかったため、先生が独断で決めたのだろう。
「だが、ちょっと大掛かりになりすぎてしまってな~。それで地学部の火野に手伝いをお願いしたんだ」
矛崎先生の言葉に、火野くんも苦笑を浮かべながら頷いていた。
「それならそうと、言ってくれてもいいじゃない!」
思歌りんは火野くんに詰め寄って怒っていたけど、
「当日までは内緒にしておきたかったからな、口止めしてたんだよ」
という先生の説明でしぶしぶ納得していた。
「ま、浮気じゃなくてよかったじゃない」
「うるさいわね! 私に内緒でなにかやってたってことが、そもそも許せないのよ!」
素直じゃない思歌りんは、そんな言葉を発していたけど、安心しているのは表情を見れば明らかだった。
「……でも金曜日だと、あと二日しかないですよ? 間に合うんですか……?」
葉雪がおずおずと口を挟んだ。
確かに、いろいろと準備は進めているみたいだけど、かなりごちゃごちゃしている状態に見える。
暗幕もこれから縫い合わせないといけないだろうし、ドームも未完成だった。
今日は水曜日だから、葉雪が言うとおり、ロングホームルームまではあと二日。どう考えても間に合うとは思えない。
「ははは。せっかくだから本格的にしたいと思ってるんだが、なかなか難しいな。教室全体を使うくらいの大きさにしたいんだがな~」
「……確かにこのペースじゃ、間に合わないような気がしますね」
今になってそんなことを言っている矛崎先生と火野くん。
「まったく、全然ダメじゃないですか。ほんと、計画性ないんだから。ほら、ボクたちも手伝うから、頑張って準備しましょう!」
呼春が率先して手伝いを始める。
それを見て、じゃあ、ミーたちはこれで、なんて帰れるわけもなく。
ミーと葉雪も含め、みんなで手伝うことになってしまった。
「う~ん、ダンボールも足りないし、ドームの塗装や組み立てにも、もうちょっと人手がほしいかな」
先生の指示に従って、黙々と準備を進めるミーたちだったけど、やがて呼春がそうつぶやいた。
確かに、まだ相当時間がかかりそう。教室いっぱいの大きさともなると、ドームの組み立てには男手もほしいところだ。
「しかしなぁ、当日まで隠しておいてびっくりさせたいわけだし、大勢に手伝ってもらうわけには……」
本当はふたりで作るつもりだったんだし、と人を増やすことには反対の先生。
ミーたちはあとから勝手に加わっている身分なのだから、あまり口出しもできないかな。
気づけば、もうかなり遅い時間になっていた。
「うん、今日はここまでにするか~。あまり遅くなると、おうちの人も心配するからな」
という先生の言葉で、解散することになった。
「足りないダンボールは、ボクが用意しておきます。明日も頑張ろうね、みんな!」
呼春がいつの間にか場を仕切っていた。学級委員としての性なのかもしれない。
というか、明日も手伝うことに決定なのね。ま、いいけどさ。
「そうだ、視言。水巻くんに連絡して手伝ってもらったらいいんじゃない? 先生としても、もうひとりくらいなら増えてもいいですよね?」
「う~ん、そうだなぁ~……。まぁ、ひとりならいいか~」
思歌りんの提案を、先生はしぶしぶながらも了承する。
「それじゃ、お前ら、気をつけて帰れよ~」
「はい、また明日~!」
こうしてミーたちは、夜の学校をあとにした。