-5-
「お前ら、まだ残ってたのか。早く帰れよ~」
「あっ、は~い!」
ミーたちが教室で時間をつぶしていると、矛崎先生が入ってきて、そう注意された。
「窓はちゃんと閉めて帰るんだぞ~」
「は~い、わかってま~す!」
教室の窓の戸締りは、各担任の仕事となっている。それを確認しに来たようだ。
素直な返事を返すミーたちを見て満足そうに頷くと、
「じゃあな、また明日~」
先生は挨拶だけを残して去っていった。
今ので戸締り確認になるのかは、はなはだ疑問なところだけど。
夜まで待つと決めたあと、思歌りんにお願いして火野くんに電話をかけてもらってあった。
「今日、これから会えない?」
そうお願いしてもらうと、案の定、「用事があるからダメなんだ」との答えが返ってきた。
どんな用事があるのかも訊いてもらったけど、「ちょっとした用事だよ」といった感じの曖昧な返事しかなかった。
火野くんが学校に来るかどうかの確証はなかったものの、今まで聞いていた話からすれば、来ると考えるのが妥当だろう。
もし違っていたら、改めて明日にでも尾行してみればいい。
ミーたちは、今後の作戦を確認する。
まぁ、作戦なんて言えるほど大それたものでもないのだけど。
まず、七時頃に裏門から入る火野くんを見たという情報を信じ、裏門付近に隠れる。
念のため正門のほうでも、ひとり待機しておく。
……以上。
ほんとに作戦ってほどじゃないけど、そこは気にしてはいけないのよ。
とにかく、どちらかに火野くんが現れたら、ケータイで電話をかけて知らせることになっている。
他からかかってくる可能性もあるから、念のためケータイはマナーモードにしておく。
振動はするから、電話がかかってきたことはわかるというわけだ。
で、正門側には誰が行くのかというと――。
ケータイを持っているのは、思歌りんとお嬢のふたりだけだった。
正門側はひとりきりになってしまうし、お嬢にそんな役をやらせるわけにはいかない。
自動的に、正門を任せるのは思歌りんに決定。
「な……なんでよ!? ケータイなら貸したっていいし……」
「……メールとか見ちゃうよ?」
「はう! そ、それはダメ……! だ、だけど……」
「おやぁ? 思歌りん、怖いの?」
「な、や、そ、そんなわけないじゃないのよ! わかったわよ、行けばいいんでしょ!」
思いっきり図星な反応を残しながら、思歌りんはそそくさと正門へと向かう。
まだ真っ暗にはなっていないけど、夕陽はすでに地平線の彼方へと隠れ、空は徐々に暗さを増してきていた。
怖いなら、やせ我慢しなくてもいいのに。
ま、自分から行くと言ったのだから、向こうは思歌りんに任せるってことで問題ないだろう。
「さすが、ツンマリ。思歌の扱い方を、よく心得てるね」
成り行きを見守っていた呼春が、ミーのすぐ横で感嘆の声を漏らしていた。
「ふっふっふ、まあね! ……って、ちょっと待って。ツンマリってなにさ!?」
「ツンデレマリア様、略してツンマリだよ」
「うっ……! いくらマリア様な呼び方でも、その略し方は禁止!」
「え~? 可愛いと思うんだけどな~」
不満顔に変わる呼春。
そんな顔をされても、こっちのほうが困るっての。
「わたくしとしましては、ツンマリという呼び方も可愛らしくてよいと思うのですが、でも確かに、なにか詰まっているような印象を与えてしまいかねませんね。あっ、もちろん、鼻づまりを想像しただけですわよ? それ以外の事柄なんて、一切想像していませんので、そこは誤解のないようにお願い致します。そういえば、ツンデレってツンドラと語感が似ておりますわよね。ツンデレのツンはツンツンするといった意味なのですから、冷たい態度と考えれば、ツンドラ気候ともイメージ的には重複するようにも思えますし、それはそれで合っているとも言えるような気も致しますわよね。ですが――」
と、お嬢がまた冗長なお話を始めたところに控えめなツッコミを入れたのは、今回は葉雪だった。
「……それより、そろそろ私たちも裏門に行かないと……」
正常なツッコミだとは思うけど、タイミング的にちょっと遅いかな。トロい葉雪らしい、とも言えるけど。
でもやっぱり、ツッコミなら素早くいかないとね!
なんてツッコミ道を語っている場合じゃない。
ミーたちは、急いで裏門へと向かった。
☆☆☆☆☆
「ほんとに来るかな?」
「ミーの判断に間違いはないわ! 絶対来る!」
呼春のつぶやきに、ミーは自信満々に答える。
「……澪音はいつも、自信満々で間違えるし……」
「葉雪、あとでおしおきね」
「はぅ……」
「どんなおしおきが待っているのかしら。とってもわくわくしますわ。わくわくといえば――」
「あんたはいいから」
隠れているというのに騒がしいミーたち。
隠密行動には向いてないね、なんて葉雪が苦笑いを浮かべながらつぶやいていた。
ミーたちは今、裏門から少し離れた植え込みの陰に身を潜めている。
みんなバラバラに隠れたほうがよかったとは思うけど、そこはほら、ひとりじゃ暇でしょ?
というわけで、ミーたち四人は、それほど広くない木陰で体を寄せ合って潜んでいる状態だった。
「……あっ、火野くん、来たみたい……」
葉雪が控えめに声をそよがせる。
ぴたっ。
瞬間的に全員が口をつぐむ。
それまでのお喋りが嘘のように止まり、身動きすることもはばかられる静寂が訪れた。
周囲はかなり薄暗くなっている。
こんな時間から、学校にどんな用事があるというのだろう。
やっぱり女の子との密会なのかしら。
思歌りんには悪いけど、そのほうが楽しいことになるかもしれないわね。うひひひ。
なんてニヤニヤしていると、葉雪と目が合った。
葉雪は口を開いたりはしなかったけど、明らかに呆れたような表情をしていた。
「ほら、火野くん、行っちゃうよ。追跡を開始しよう」
呼春が真っ先に行動に移す。
おっと、そうだった。思わず考えを巡らせることに集中してしまってたわ。
ミーたちは、なるべく音を立てないように火野くんのあとを追いかけた。
☆☆☆☆☆
火野くんは辺りを気にする様子もなく、まっすぐ旧校舎へと歩いていく。
忘れ物を取りに来ただけなのかもしれない。そんな考えも浮かんでくる。
火野くんはそのまま、旧校舎の中に入っていった。
「ミーたちも行こう」
黙って頷く面々。昇降口のガラス戸に張りつくようにして中をうかがう。
火野くんが下駄箱から離れて廊下へ向かうのを見計らい、音を立てないよう注意しながらミーたちも校舎内に身を滑り込ませた。
「階段、上ってるね……」
真っ先に上履きに履き替えた呼春が、小声でみんなに伝える。
え……? でも、旧校舎で使われている教室があるのって、一階だけのはずなのに……。
「これはやはり、絶対に誰にも見つからない場所ということで、空き教室を待ち合わせ場所にしていると考えるのが妥当でしょうか。そんな場所で待ち合わせて、いったいなにをするというのでしょうねぇ? うふふ、そんなこと、言うまでもないかもしれませんわね。
ですが、思歌さんの気持ちを考えますと、こんなことを言っていては悪い気がしますわ。とはいえ、ここはやはり成り行きをしっかりと見守って、状況を伝えてあげるのが、友達としての義務といいますか……って、あれ? みなさん?」
ミーたち三人は、なにやらごちゃごちゃと喋り始めたお嬢を残し、さっさと階段を上っていた。
火野くんは、旧校舎二階にある空き教室、ちょうどミーたちのクラスの真上にある教室へと入っていく。
「…………こんな…………ほし…………」
中から微かに話し声が聞こえてきた。
電気も点けずに、いったいなにをしているのだろう。
ほんとに、密会なのかな?
「やっぱり、そういうことなのでしょうか?」
お嬢もすでに合流し、状況を楽しんでいるといった感じの笑みをこぼしていた。
ともかく、ここで考えていたって、埒が明かない。
「突撃するわよ」
ミーの声に、葉雪たちも黙って頷く。
「なにやってるの!?」
ドアを乱暴に開け放ち、ミーは電気のスイッチを入れながら叫んだ。
暗闇に慣れた目にはまぶしい明かりが、教室内を容赦なく照らし出す。
「な……なんだ、お前ら、まだ残ってたのか~?」
そこにいたのは、呆然とした顔でミーたちを見つめる、火野くんと矛崎先生のふたりだった。