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ミーと葉雪は今、三人の女子生徒と対峙している。
腰に両手を当てて鋭い視線を向けてくる思歌りんと、その両脇に控える呼春とお嬢だ。
一時間目の休み時間。
誰も通るはずのない寂れた旧校舎の二階に、ミーたちは呼び出された。
普段から突っかかってくるような思歌りんからの呼び出し。
とすると、これはマンガとかによくある、ヤキを入れるってやつ!?
ふっふっふ、そっちがその気なら、受けて立ってやろうじゃないの!
なんて息巻いてここまで来たのだけど。
「マリちゃん! お願いがあるのよ!」
思歌りんから放たれたのは、そんな言葉だった。
お願いする立場なのに両手を腰に当ててふんぞり返ってるとか、ツッコミどころは満載だけど。
気合いを入れて挑んだミーとしては、なんというか、拍子抜けしてしまった。
実際、ヤキを入れるつもりなら葉雪まで呼んだりせず、ミーひとりを呼び出すだろうし、考えてみればそうではないことが容易に想像できるはずだけど。
ミーにはまったく想像がついていなかったからだ。
と、それはともかく。
お願い、か……。
思歌りんがわざわざミーを頼ってくるなんて、いったいどんなことだろう?
考えを巡らせていると、横からお嬢が口を挟んできた。
「うふふ、こんな場所に呼び出されるなんて、ヤキを入れるつもりなんだ、受けて立ってやろうじゃないの、などと思っていたのに拍子抜けしたわ、といったような顔をしておりますわね。その気持ちも、よくわかりますわ。
ですが、ここでまだ油断してはいけない、と考えたほうがいいかもしれませんよ? 世の中とは世知辛いものです。不条理な裏切り行為を突然受けるということも、常々心の片隅にでも持っておかれたほうが――もごご」
「はいはい、あんたが出てくるとややこしくなるから、黙っててね~」
「もごごごご!」
呼春がすっと横に出て、いつもの長話を始めようとしていたお嬢の口を手で塞いで押さえつける。
ちょっと行動が遅かった気はしたけど、さすがに最初から問答無用で止めてしまうのは悪いと思って様子見でもしてたのかな。
それよりも、お嬢、あなたは超がつくほどのお金持ちのはずなのに、いったいどんな人生を歩んでるの?
お嬢にこそツッコミを入れたい気分ではあったけど。
目の前に、ふんぞり返ってはいるものの深刻そうな目をした思歌りんがいるのだから、今は彼女のお願いとやらを聞いてあげないと。
「教室では話せない内容、ってわけよね。いったいどんなお願いなの? 仕方ないから聞いてあげるわ!」
お嬢によって多少水を差された感はあったけど、ミーも思歌りんの勢いに負けないように両腕を組んで、偉そうな態度で返す。
これは思歌りんと話すときのデフォルト仕様だから、こんな言い方になってしまうのは避けられない事象なのだ。
「ふん! マリちゃんに頼むなんて、すっごく嫌なんだけどね。仕方ないから話してあげるわっ!」
思歌りんもミーに負けてなるものかと、よりいっそう傲慢な物言いで話し始める。
お互いによくわかっている間柄だから、そんな態度に対していちいち突っかかったりはしない。
そうしないと、話がまったく進まないしね。
「ちょっとね、あんたたち『みっしぃ』に、浮気調査をしてほしいのよ」
「ほほう。浮気調査ね。というと、火野くん?」
「そうよ。あいつ、私に内緒で、夜中にこっそり出かけてるみたいなの。ケータイに電話しても出ないし、家のほうへ電話しても、もう寝たなんて言われるだけだし。でも、九時前だったのよ? そんな早い時間から寝てるわけないじゃない!」
「……部活で疲れてたとか……」
声を荒げている思歌りんに、葉雪が遠慮がちに意見を述べる。
「視言は地学部なのよ? あんな地味な部活で、そんなに疲れるわけないじゃない!」
「……それはちょっと、偏見のような気がする……」
葉雪は反論しつつも、自分でもそう思う、といった様子で声に勢いがなくなっていた。
「だいたいさ、このところ毎日なのよ? もっと早い時間にケータイにかけてみたら出たんだけど、用事があるとか言ってすぐに電話を切ろうとするし。私たち、つき合ってるんだから、少しでも長くお喋りしたいって思うのが普通じゃない!? それなのに視言の奴ときたら……」
「なるほどね、だいたいわかったわ。火野くんの場合、普段からクールな印象だし、思歌りんと違って長話は苦手なんじゃ、って思わなくもないけど。それでもちょっと不自然な気はするわよね」
「そうでしょ~? ……あっ、でも、あんたと意見が合うってのはちょっと嫌だけど。仕方ないから、浮気調査を任せてあげるわっ。あんたたち、ミステリーな出来事を求めてるみたいだしねっ!」
ミーの言葉を聞いた思歌りんは、一瞬ぱーっと明るい笑顔を見せたものの、すぐにそっぽを向いて、そんな言い方をする。
それはいいとして……。
「……浮気調査って、全然ミステリーじゃないと思うけど……」
葉雪がもっともな意見を述べる。
うん、ミーもちょうど、そう言おうと思っていたのだ。さすが葉雪、気が合うわ。
……葉雪じゃなくったって、同じように思うだろうけど。
「それについては、ボクからお話するよ」
右手で眼鏡の位置を直しながら、呼春が話し始めた。
なお、左手ではお嬢の口を塞ぎ続けている。
暴れるお嬢を片手で押さえつけているあたり、なかなか侮れない人だというのを再認識させられる。さすが学級委員だわ。
「ボクの情報網によれば、どうやら火野くんは、夜、学校に来てるみたいなんだ。だいたい夜の七時くらいに裏門から入るところを目撃されてる。何時頃まで学校内にいるかはわからないけど、朝、制服が乱れていたり、髪が整ってなかったり、といったことが最近多いみたいなんだ。これはもちろん、思歌が気づいたんだけどね」
そこで一旦言葉を区切る呼春。
「それでね、ちょうど一致するんだよ。火野くんが夜な夜な学校に来るようになった時期と、夜の学校で不思議な光が目撃されるようになった時期が」
☆☆☆☆☆
「……火野くん……、こんにちは……」
「……ああ」
「…………」
「…………」
「…………ぅぅ……」
葉雪が泣きそうな視線をミーに向けてくる。
そんな表情もらぶりぃだわ。
現状では本当に浮気なのかまったくわからないけど、結局引き受けることになった浮気調査。
とりあえず情報を集めることが先決だ。
よし、まずは本人に直撃してみよう。ミーはそう考えた。
それが、ミーのやり方だ。
考えるのはミーで、行動するのは葉雪なのだけど。
というわけで、次の休み時間にこうして火野くんの席まで来て、葉雪に話しかけてもらった。
火野くんは、なにやら本を読んでいるようだったけど、そんなのは関係ない。
ただ、適材適所という言葉を無視した役目を与えるのは、いくらなんでもマズかったかもしれない。
葉雪は喋るのが苦手な上、話す相手である火野くんもクールで全然喋らない人なのだから。
ま、ミーとしては、うるうるした葉雪の表情を見られただけで満足なわけだし、そろそろ役目を引き継いであげようかな。
「火野くん、率直に訊くわ。あなた、夜の学校でなにをしてるの?」
ど真ん中ストレート。
隣にいる葉雪ですらも、目を丸くしていたけど。
なにを隠そう、ミーはまどろっこしいのは大嫌いなのだ。
「……べつに、なにもしてない」
「ほんとにぃ~? 女の子を呼び出して、隠れて会ったりしてるんじゃないのぉ~?」
ニヤニヤしながら、そう言ってみる。
たとえ本当に女の子とこそこそ会っていたとしても、正直に言うとは思えない。
それでも反応を見れば、嘘をついているかどうかはわかるものだ。……普通であれば。
「……そんなことはない」
声のトーンすらまったく変えず、視線を本から動かすこともなく、ぼそっとそう答える。
火野くんは普通じゃなかった!
反応から判断するなんて、できるはずがなかったのだ。
と、突然火野くんは、本を閉じて立ち上がった。
「あっ、どこ行くの?」
「……トイレ。ついてくるなよ」
「ふんっ! そこまではしないわよ。邪魔して悪かったわね」
相手がぶっきらぼうだと、こっちまで同じような反応になってしまう。
ミーって、純粋で素直な子だからね。
「……あまり嗅ぎ回らないほうがいいぞ」
ぼそっと。
すれ違いざま、今まで以上に小さく押し殺したような声で、火野くんは振り返ることもなくそうつぶやいた。
立ち去っていく火野くんの背中を、ミーと葉雪は黙って見送ることしかできなかった。
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さらに次の休み時間になると、ミーたちを避けたのか、火野くんはすぐに教室を出ていってしまった。
どうせ火野くんからはなにも聞き出せそうもない、と考えていた現状では、それはそれで好都合とも言える。
ミーたちはすかさずターゲットを変更し、火野くんと仲のよい男子である水巻智流に質問を投げかけていた。
「最近の視言? う~ん、そうだね~……」
水巻くんは微塵も疑うことなく、素直に答えてくれた。
「なんか、心ここにあらずって感じかな? 僕が話しかけても、あまりちゃんとした反応は帰ってこないよ。まぁ、普段からほとんど喋らない奴だけどさ。最近は、今までにないくらい、ひどいかもしれないね。なにかに執心して周りがほとんど目に入ってない、という感じにも見えるかな」
なんというか、火野くんとは違って、とてもフレンドリーで話しやすい人だ。
当然ながら話しかける役目を与えられていた葉雪も、ほっと胸を撫で下ろしている。
ちぇっ、葉雪の困ったような表情が見られないじゃん。
ミーとしてはちょっと不満ではあったのだけど。
話が早いというのは、調査の上ではありがたい。
「ふ~ん、そうなんだ。なにに執心してるのかとか、心当たりはないの?」
「そうだね~、う~ん……。ゴメン、わからないや」
「可愛い女の子にご執心、とかは?」
「えっ? 土浦さんにご執心、ってのは前からじゃん」
そう、あんなにクールで口数の少ない火野くんだけど、思歌りんが絡むとものすごく一生懸命だったりする。
口数の少なさは変わらないけど、行動はさながら思歌りんを守るナイト様といった感じ。
思歌りんのほうも、「あんた、しつこいのよ!」なんて言いながらも、真っ赤になって恥ずかしがっているという、見ていてほのぼのしてしまうようなふたりなのだ。
でも、今ミーが言っているのは、そういうことではない。
「そうじゃなくてさ、他の女の子にご執心とか」
「え~? それはないでしょ~? もしそんなことがあったとして、土浦さんにバレたら、お姫様ご乱心で、視言は永遠にご就寝ってことになっちゃうよ!」
言い回しこそ、オヤジギャグちっくな冗談ではあったけど。
なんというか、妙にありえそうで、ミーとしては全然笑えなかった。
だけど――、
「……あはは、面白い……」
葉雪のツボには、バッチリはまってしまったみたいだった。
う~ん、この子の感覚って、ちょっと……というか、かなりずれてるからなぁ……。
と、それはともかく。
そのあとも調査は続けてみたものの、結局ミーたちはなんの成果も得られないまま、放課後を迎えることになってしまった。
☆☆☆☆☆
「まったく……。使えないわね、あんたたちはっ!」
自分から頼んでおいてその言い方はなによ、と思わなくもなかったけど、なにせ相手は思歌りんなのだ、当然の反応と言えるだろう。
だから、
「うるさいわねっ、だったら自分で調べればいいじゃない!」
ミーがこんな返しをしてしまうのも、やっぱり当然の反応なのだ。
「ですが、どう致しましょう? やはりおふたりだけに任せてしまうというのも、いささか酷というものかもしれませんし、ここはわたくしたちも協力して調査するのが、筋なのかもしれませんわね。そもそも、事の発端は視言さんの行動なのですから、それを実際にわたくしたちの目で確認しませんことには、それは推測の域を出ないということになりますわ」
「うん、それはそうだね。ボクたちも調査に加わろう」
また長々とお嬢が喋り始めたところで、呼春がそれ以上喋らせないように受け継いで話をまとめる。
う~ん、さすがだわ。
「夜になってから忍び込もうとしても入れない可能性があるし、このまま残ってるほうがいいかな」
呼春の提案に、誰も否定を返す人はいない。
そんなわけで。
ミーと葉雪の『みっしぃ』コンビに加えて、思歌りん、呼春、お嬢の総勢五名は、時間まで学校内で待つという作戦を取ることになった。