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みっしぃ  作者: 沙φ亜竜
澪音1
4/37

-3-

「さ、葉雪。それじゃ行こっか!」

「……うん……」


 チャイムの音と同時にミーは葉雪の手を取り、すぐに走って教室を出る。

 放課後はふたりの時間なのだ。


 ミーと葉雪は、『みっしぃ』を名乗っている。


 いったいそれはなにかというと、ふたりで活動している、いわゆるミステリー研究会の名称だ。

 学校側への正式な申請もしていない勝手な活動だから、部室もないし顧問の先生もいないのだけど。

 主な活動内容は、学校内のありとあらゆるミステリーな出来事を探すこと。


 Mystery(ミステリー) Seeker(シーカー)、略して『みっしぃ』ってわけ。


「……澪音、ネーミングセンスない……」


 なんてつぶやいていた葉雪には脳天チョップを一撃。

 ってことで、満場一致で決定した名称だった。たったふたりだけど。


 昨日は今週末のお祭り騒ぎイベントの準備に駆り出されたミーたち。

 でも、今日はフリーだった。


 順調に準備を終えたミーは、お母さんから、残りはイベントの前日に作業すればいいと言われていた。

 そして葉雪のほうも、母親から同じようなことを言われたのだという。

 ミーたちの親同士って反発してはいるけど、実はすっごく気が合っているのではないだろうか。

 ケンカするほど仲がいい、なんてよく言うしね。娘を巻き込まないでほしいけどさ。


「んじゃ、パトロール開始よ!」

「……うん……」


 ミーたち『みっしぃ』は、放課後になると学校内を歩き回ってパトロールをする。

 どんな些細な不思議なことも見逃すものかとばかりに、校内をくまなく歩いているのだけど、世の中そんなに不思議なことなんて転がっていないもので。

 ほとんどなんの成果も得られないまま、夕方になって下校することになるのが常だった。


 べつにミーとしては、それでも全然構わないと思っている。

 要は葉雪と少しでも長く一緒にいられればいいのだ。


 学校といえば、七不思議だとか学校霊だとか、そういうのがお約束だ。

 お話の上ではね。

 だけど実際にそんなのがある学校の話なんて、まったくと言っていいほど聞かない。


 うちの学校も、やっぱりそんな感じだったのだけど……。

 どうやらその認識は、ここ最近ちょっと違ってきているらしい。

 夜、学校の近くを通ったら校舎の片隅に不思議な光が見えた、といったような目撃情報が飛び交っているのだ。


 不思議な光だけではなく、変な音や声が聞こえた、という噂もあるのだとか。

 この学校は呪われているに違いない。そんな話まで出てくる始末。


 だからこそ気合いを入れてパトロールをしている、ってのはあるのだけど……。

 そんなのもあくまで噂話だ。

 どうせ、誰かのイタズラか、見間違いか……。きっと、そんなところだろう。


 だいたい、幽霊やら怪奇現象やら、そんなのありえない。

 なにか出そうだとかいう恐怖心があるせいで、勝手に想像してしまうだけなのだ。

 ミーは教会の娘ではあるものの、神様すら本気でいるとも思っていないし。


 とはいえ、べつに家が教会なのを嫌だと思ったことはないし、むしろ誇りに思っているくらい。

 信じる心というのは大切だし、それによって幸せを感じられるなら、実際にはいない神様でも、「いる」と言っていいと考えている。

 もっとも葉雪のほうは、神社で祀っている神様は本当にいると信じて疑わない様子だけど。


 そんなミーと葉雪は、不思議なことを探して日々こうして校舎内をさまよっている。

 ともあれ、実際に霊的な現象を目の当たりにしたことなんて、一度たりともない。

 ま、ありえないと思っているんだから、当然だよね。


 たまに葉雪は、「……なんか変な感じがする……」とか言い出すこともあるけど。

 葉雪は怖がりだから、そんな気がしてしまうだけなのよ、きっと。


「……学校って、人の少ない場所だと、寂しくて空気も冷たい感じだよね……」


 不安げな表情で身を寄せてくる葉雪。

 ああ、怖がってる顔もらぶりぃだわぁ。


「そうね~。でも、葉雪がくっついてるから、ミーは温かいわっ!」

「……もう、澪音ったら……」


 こうやってミーたちは、お喋りしながら学校内をパトロールする。

 昨日はできなかったけど、学校のある日には基本的に日課となっていた。


 旧校舎から続く長い渡り廊下を抜け、新校舎のほうに足を踏み入れると、隅々まで歩き回るミーと葉雪。

 まだ日が落ちていない時間だというのに、薄暗い場所も結構ある。

 暗くなったら、それこそ幽霊が出たっておかしくないくらいの雰囲気だ。


 と――、


 びくっ。


 葉雪が一瞬体を震わせた。

 身を寄せていたから、ミーはそれを直に感じたのだ。


「どうしたの?」

「……ううん、なんでもない……」


 まだ怯えた様子だったけど、きっと怖い怖いと思っていることで、なにかを感じたように錯覚したとか、そんなところなのだろう。

 ほんと、この子の怖がりにも、困ったものだわ。



 ☆☆☆☆☆



 新校舎をひと回りして旧校舎へと戻ってきたミーたち。

 教室に置きっぱなしだったカバンを取りに来たのだ。

 カバンを持ったら、下駄箱で靴に履き替えて校庭や中庭なんかも見回り、最後にとある場所(丶丶丶丶丶)を訪れてからミーたちは帰途に就く。

 それがお決まりのパターンだった。


 この辺りは、それほど古くないとはいえ旧校舎ということもあり、人がいなくなると一番寂しく感じられる場所でもある。

 ミーは静かに教室のドアを開ける。教室内には誰もいない。


「日曜のバトル、葉雪には負けないからね!」


 まだ少し怯えている様子だった葉雪を元気づけるため、ミーは明るく話しかけた。


「……私だって、負ける気はないよ……」


 教会と神社の競い合いという微妙なイベントで、それぞれの施設の娘であるミーと葉雪は、それぞれの衣装を着て戦う。

 ミーは修道服、葉雪は巫女装束だ。


 基本的には、見世物イベントということになるのだけど。

 せっかくの晴れ舞台だしと、ミーは本気で戦う。

 当然ながら、受けて立つ葉雪のほうも、本気だ。

 だから、バトル。


 見世物である以上、本来勝ち負けなんて関係ない。

 ただ、やるからにはせっかくだし勝ちたい。

 そして勝ったら、ご褒美くらいはほしい。

 というわけで。


「ふふふ。それじゃあ、勝ったほうは負けたほうに、なんでもひとつ命令できるってことにしよう!」

「……え……?」

「勝った場合のご褒美よ! 負けたほうにとっては、罰ゲームかな?」

「……あぅ……、澪音、ひどい命令しそう……。でも、私負けないから……」

「そうそう、負けなければいいの! ま、どっちかは負けるんだけどね! う~ん、葉雪になにをやらせようかしら!」

「……勝つこと前提……?」

「あったりまえ! 葉雪なんかに負けないもん! そうね~……」


 じっと葉雪を見つめる。

 寄り添っている状態から話し始めたから、彼女の顔はミーのすぐ目の前にあった。

 葉雪ってば、やっぱり可愛いわぁ。

 唇からこぼれ落ちる微かな吐息が、やけになまめかしく感じられる。


「キスでもしてもらおっかな! なんてね!」

「……そ、それ、罰ゲームになってない……」

「え?」

「……ううん、なんでもない……」


 よくわからないけど、恥ずかしがっている葉雪もらぶりぃだ。


「うふふ、葉雪をからかうのって、た~のしっ!」

「……あぅ、ひどい……」


 ひどい、と言いながらも、葉雪はミーにそっと寄り添ったままだった。



 ☆☆☆☆☆



 さて、下駄箱で靴に履き替えたミーたちは、昇降口から外に出た。

 まだ部活に勤しむ生徒たちの声が響く校庭を抜けて、ちょっと寂しい中庭を回る。

 そして最後にたどり着く場所。それが、ここだった。


 旧校舎の裏手にある林の中に、無花果塚(いちじくづか)という場所がある。

 詳細は知らないけど、その昔、学校内で亡くなった女子生徒がいて、その霊を鎮めるために建てられた慰霊碑なのだとか。

 最近起こっている怪奇現象が、呪いなのではないかと言われているのは、この女子生徒の幽霊が恨みの念を持って漂っているという噂があるからだった。


 慰霊碑の前には、お供え物を乗せる台座もある。

 土を固めて作られただけの質素な台座でしかないけど、なんとも言えない存在感を漂わせている。


 お供えをしないと呪いが起こる。

 そんな噂がささやかれていたことを、ミーはふと思い出す。

 だからなのか、今日もそこには、お供え物が置いてあった。

 誰かが毎日供えているのだろう。


「やっぱりあるね、この変なの」

「……変なのって……。干しイチジクだってば……」

「でも、やっぱり変だよね。あまりお供えするものでもないような気がする」

「……うん、そうだね……」


 なんて話しながらも、ミーと葉雪は慰霊碑の前で手を合わせる。

 この学校の中でもし不思議なことが起こるとすれば、旧校舎と、そしてこの慰霊碑が有力だと考えていた。

 もちろんここにだって、なにもないとわかってはいるけど。

 それでも、わずかな可能性を求めて、慰霊碑にお参りをしているのだ。


「なにか不思議なことが起こりますように」


 パンパンと手を叩き、声に出してお願いするミーに、葉雪からツッコミが入る。


「……不謹慎だよ、澪音……」


 だけど、幽霊なんていないと思っているミーには、なにが不謹慎なのか、よくわからないのだった。


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