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葉雪さんは澪音さんと別れ、神社の境内へと入っていく。
「それじゃ、ウチらはここで」
神酒さんや他の霊の方々は、葉雪さんが家に帰ると、普段この境内に残るらしい。
「そうなんですか。じゃあ、あたしも……」
「いや、あんたは初めてだからね。今日は葉雪についていってみな。きっと、いいことがあるよ」
意味深な微笑みを残して、神酒さんは文字どおり姿を消した。
幽霊であるあたしからも、その姿が見えなくなった神酒さんたち。
ちょっと寂しさを覚えた。神社には人影もない。
ふと気づくと、広い境内を歩いていく葉雪さんの背中がどんどん小さくなっていた。
あたしは慌てて追いかける。
すーっと、空中を浮遊するようにして。
こうやって滑るように移動するのも、そろそろ慣れてきた。
ずっと無花果塚に留まっていたあたしだから運動不足気味かも、なんて思っていたけれど、結構大丈夫なものらしい。
それにしても、あたしは本当に、ここに来てよかったのだろうか?
そんな思いを抱いたまま、ただただ葉雪さんのあとを追っていった。
☆☆☆☆☆
葉雪さんは、神社の本殿から横にそれた場所にある建物の前で立ち止まった。
ここが普段暮らしている家のようだ。
そっと手を伸ばし、引き戸になっている木製の玄関を開ける葉雪さん。
ガラガラガラ、と年季の入った風情のある音が響いた。
「……ただいま~……」
「おかえり、葉雪ちゃん!」
葉雪さんを出迎えてくれたのは、
ああ、なんてことだろう。
そこに立っていたのは、あたしが長いあいだ待ち望んでいたあの人――、
霊媒師として学校にやってきて、慰霊碑を建てることを提案した、あの人だったのだ!
また、会うことができるなんて……!
あ……神酒さんは、知っていたんだわ。
だから、いいことがあるなんて言ったんだ。
ああ、本当に嬉しい!
あたしの姿が見えたりはしないだろうけれど。
あの人が今、あたしの目の前にいる。
それだけで、幸せいっぱいだった。
と、そのとき――。
ニコッ。
彼女が優しくて温かい笑顔を見せてくれた。
目の前にいる葉雪さんのほうではなく、その背後の空間、
すなわち、あたしのいるほうに向かって――。
そんな、見えるはずない……。
信じられなかった。
でも、
「おかえり」
その人は再び、今度は明らかにあたしに向かって、そう言ってくれた。
「……お母さん、どうしたの……?」
「ふふふ、なんでもないわ♪」
訝しげな顔をしている葉雪さんを残したまま、彼女はスキップしながら台所へと戻っていった。
長年待ち続けたあの人に、あたしは今こうして会うことができた。
長年待ち続けた笑顔を、あたしは今こうして見ることができた。
二十数年ぶりの奇跡を、プレゼントされたのだ。
ああ、あたしは、ここにいていいんだ。
両方の目から温かい雫が次から次へと流れ落ちてくるのを、あたしはどうやっても止めることができなかった。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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