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無花果塚の周辺の掃除も、滞りなく終わったようだ。
掃除道具を片づけて、帰り支度をする葉雪たち。
思歌たちとは途中で別れ、神社と教会まで続く道は、いつもどおり、葉雪と澪音のふたりきりだった。
葉雪は極端な霊媒体質で、たくさんの霊たちを引き寄せ、憑かれてしまっている。
こんなにもたくさんの霊に憑かれていたら、発狂してしまうのが普通だ。
憑かれている霊たちすべての思念を心の中に宿してしまうのだから、当然のことだろう。それは、相当な苦痛となる。
だから彩鳥神社の巫女が役目を受け継いだ場合、ウチは徐々に霊の数を増やしていくように調整してきた。
でも、葉雪にはそれが必要なかった。
発狂してしまうほどの精神状態を抑えているのが、実は澪音の存在なのだ。
澪音のことが大好きな葉雪。
葉雪が「ほわん」とした感情を抱くことで、心の奥に溜まる思念から受ける苦痛が和らいでいく。
「えっ? それじゃあ、澪音さんがいなくなったら、大変なことになるんじゃ……」
実祈が控えめな声を漏らす。
彼女は今、ウチと一緒に、葉雪と澪音の背後について歩いている。
幽霊であるウチらは足を使って歩くわけじゃないのだから、飛んでいると言うべきなのかもしれないけど。
「そうだねぇ……」
澪音がいなくなったら、か……。
もしそうなったら、確かに大変そうだ。
「でも、神酒さんなら、どうにかできるんじゃありませんか?」
「うふふ、どうかねぇ~?」
実祈の言葉を、ウチはイタズラっぽい笑みを浮かべて受け流す。
「あの……もしかして楽しんでません?」
「ふふふ、どうせ死んだ身のウチらなんだから、余生を思う存分楽しまなきゃ♪」
気の遠くなるような、長い時間になるだろうけどね。ウチは心の中でつけ加えた。
「……もう死んでるんだから、余生っていうのはおかしい気が……」
むっ、この子、おとなしい顔してなかなか言うじゃないか。
「そんな生意気なこと言うと……こうだ!」
ウチは、にたぁ~と笑い、実祈の両脇をくすぐってやる。
「うひゃっ!? あはははははは、や、ちょっと、やめてくださ、あはははははは!」
身悶えながら笑い声を上げる実祈。
「どう? 死んでから二十数年ぶりに体を触られる感覚は!」
「あはははは、な、なんで、触れるんですかぁ!? きゃははははは!」
「ウチみたいなベテラン幽霊ともなると、これくらい朝飯前なのさ!」
悪ノリしたウチは、さらに激しく実祈をくすぐり続けた。
☆☆☆☆☆
すっかり堪能したウチに、笑い疲れて目に涙を浮かべたまま、実祈が抗議の視線を向けてくる。
「ひどいです、神酒さん……」
「ふふふ。ま、今後も可愛がってあげるから、覚悟しておくんだね!」
「実祈さんは、姐御に随分気に入られたみたいだね~」
他の霊たちも茶々を入れてくる。
葉雪の周りは、いつもこんなふうに幽霊でいっぱいなのだ。
「……葉雪さんにも、こんなことをしているんですか? さっきのお話でも、首筋に触ったりとか、言ってましたよね?」
ウチは、完全にというわけではないものの、葉雪になら触ることができる。
葉雪との同調の成せる業、といったところか。
姿も見えないし声も聞こえないのに、触ることができるというのは、イタズラをするにはもってこいだ。
「首筋に冷たい手をすーっと当ててやると、震え上がる葉雪……。その表情がたまらないのよねぇ!」
思わず本音で答えてしまう。
「あう……。そんなことする幽霊って、悪霊なんじゃ……」
「ほほ~う? あんたは徹底的にくすぐられたいってわけだね」
「えっ? きゃっ、やん! あはははははははははははは、や、やめてえぇぇぇぇ~、きゃはははははは!」
「あははは、実祈さんが我々の仲間に加わって、余計に明るくなった気がするよ」
「ま、姐御だけでも充分うるさいと思うけどな」
「ほほ~う? 他にもくすぐられたい奴が、いるみたいだねぇ~?」
「いや、その、遠慮しておくよ! その分、実祈さんを思う存分、くすぐってあげてくれ!」
「よろしい!」
「よ……よろしくないいいい~~~~! きゃはははははは! もう、やめてください~~~~!!」
夕暮れ染まる通学路に、誰にも聞かれることのない幽霊の笑い声がこだまし続けていた。
☆☆☆☆☆
「……あれ? ……今、なにか聞こえなかった……?」
ふと、葉雪がつぶやく。
「え~? 空耳でしょ~? あんた耳おかしいんだから。それよりさぁ~……」
澪音はさらりと、そう言葉を返す。
「……耳おかしいって……、ちょっと聞き捨てならない……」
「ん? なにか言ったぁ~?」
「う~……、なんでもない~……」
背後でこんなに騒がしくしているウチらの笑い声。
でも前を歩く澪音と葉雪には、聞こえるはずはない。
幽霊の声は、厳密には声ではないから、生身の人間には聞き取ることができないのだ。
葉雪は微妙に感じ取っているみたいだけど、気のせいとしか思われないだろう。
彼女たちふたりはいつもどおり、じゃれ合うように会話を続けていた。
「ま、明日からも、『みっしぃ』のパトロール、頑張ろうね、葉雪!」
「う……うん……」
なんだかんだ言っても、葉雪は澪音に振り回される日常に満足しているみたいだね。
見ていてほんと、楽しいわ。
こんな感じで、これからも彼女たち『みっしぃ』は、ミステリーを求めてさまよい歩くのだろう。
自分たちのすぐ後ろに、数多の幽霊を背負いながら――。