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みっしぃ  作者: 沙φ亜竜
神酒
35/37

-4-

「そうやってこの学校を見守り、その人を待ち続けているうちに、今回の件が起こったってわけね」

「……はい」


 ウチの言葉に素直に頷く実祈。


「あんたの名前を語って怪奇現象を起こしていることに、怒ったってわけだ」

「いえ、その、べつにあたしは……。そりゃあ、勝手に名前を語られて、あたしのやっていないことをあたしのせいにされて、不快には思っていましたけれど、怒ってなんていませんでした。彼女たちの想いは、わかっていましたから……」


 そして――。

 澪音と葉雪が、『みっしぃ』として無花果塚を訪れたとき、実祈はある思いを抱いたのだという。


「葉雪さんのことが、なんとなく気になったんです」


 なるほど。

 葉雪が彩鳥神社の巫女で、霊を惹きつける力があるということを、無意識のうちに感じ取っていたのだろう。


 かくいう葉雪のほうは、ウチらの存在にまったく気づかない。ときたま、なんとなく感じている様子を見せる程度だ。

 なのでウチは、たびたび葉雪にちょっかいを出す。

 ウチは長年幽霊をやっているから、葉雪の体に触ることもできる。とくに敏感なのが首筋だった。


 首筋をそっと撫でてやると、それを感じ取って可愛い悲鳴を上げたりする。そのたびに、葉雪はすぐ隣にいる澪音に飛びつく。

 その反応が面白くて、ついついウチはイタズラしてしまうのだ。

 葉雪がいい反応を示すのが悪いのであって、ウチが悪いわけじゃない。


 それに、葉雪たちに危険が迫ったときには、積極的に首筋を触って知らせてあげているのだから、感謝してもらいたいくらいだ。


 ともかく実祈は、葉雪の力に惹かれ始めていたようだ。

 実祈はもともと屋上から落下した林の中、つまり無花果塚の建てられた辺りでしか存在できない、いわゆる地縛霊だった。

 それがいつしか、学校内であれば、葉雪についていくことができるくらいにまでなっていた。


 無意識の能力とはいえ、葉雪の力の強さにはウチですらも驚かされる。

 プラネタリウムの準備をする葉雪たちが奇妙な光を目撃したとき、それは無花果塚の辺りで光っているように見えた。


「あれは違うの、あたしとは関係ないの。私はそう叫んでいました。気づいてなんてもらえなかったけれど……」

「そうだね、そのときはウチも近くにいたよ。でも、葉雪はなんとなく感じてたんじゃないかな? 敏感な首筋の辺りにね」


 そのあと、葉雪たちは無花果塚の前まで行った。

 そこで矛崎先生が無花果塚の女子生徒――すなわち実祈についての話をした。


「あれは、あたしにとって、つらかったです……。いじめで自殺したわけでも、恨みを持っていたわけでもないのに……。矛崎先生は、お供えをしてくれてはいましたけれど、あたしのことを、ちゃんと理解してはくれなかった。生きているうちに会ったことはないのだから、理解されないのも当然なのかもしれないけれど……」


 そう語る実祈の瞳は、少し寂しそうだった。


「プラネタリウムの日も、同じように実祈の呪いだって、みんな騒いでたわね」

「はい……。違うのに、あたしじゃないのに、そう思って必死にみんなに声をかけました。やっぱり、誰にも気づいてはもらえなかったけれど……。でも、もしかしたら葉雪さんは、このときも、あたしのことを感じてくれていたんでしょうか?」


 質問攻めをしていたのは、ずっとウチだったわけだけど、今度は逆に実祈から質問を返されてしまった。


「ふふふ、そうだねぇ。きっと感じいてたと思うよ」


 ウチは素直に答える。

 この頃、すでに実祈は、葉雪とかなり深く同調し始めていたと考えらるからだ。

 そうでなかったら、地縛霊だった実祈を無花果塚から引き剥がすなんて芸当が、できるはずもないのだから。



 ☆☆☆☆☆



 神社と教会でお祭りイベントがあった週末の二日間、葉雪は当然学校には来なかった。

 そのあいだは、実祈も平穏に過ごしていただろう。


 実祈と葉雪があまり同調しすぎると、霊的なバランスが崩れてしまうかもしれない。ウチはそういう考えも持っていた。

 それで週明けの月曜日、葉雪の頭をぎゅっと強く抱きしめるようにして、頭を重く感じさせた。

 体調が悪いと思い込めば、『みっしぃ』のパトロールもやめて、無花果塚へは行かないだろう、と考えたのだ。


 結果的には、それによって思歌から電話があり、脅迫状の話を聞き、葉雪は真相へと近づいていくことになった。

 だからウチの判断は間違ってはいなかったと、今では思っている。


 結局翌日の火曜日には、思歌たちも伴って無花果塚を訪れることになったわけだけど。

 葉雪自身が強く望んでいたから、ウチにはもはや止めるすべなんてなかったのだ。


「あのときも、やっぱりあたしのせいで、いろいろなことが起こっているという話になってしまって、とても悲しい気持ちでした」

「実祈の想いは、きっと風になって伝わるんだろうね。このときも、冷たい風が吹いたはずだよ」


 考えてみればそれ以前にも、実祈が同じような想いを抱いたときには、冷たい風が吹いていたような気がする。

 それは、実祈の力が強くなっている兆候だったと言えるのかもしれない。


 そして水曜日。

 怒りを爆発させた思歌が無花果塚にやってきた。それを追って、葉雪たちも集まる。

 折れた照明機のアームが思歌たち目がけて倒れたときには、凄まじい突風が巻き起こった。


「あれは、自分でも驚きました」

「ああ、そうだね。あれには、ウチも驚いたよ」


 あのときの突風は、実祈が起こしたものだった。

 長年幽霊をやっているウチにだって、そこまでの力はない。

 実祈は、屋上から飛び降りたときから数えれば二十年以上は経っているようだけど、ウチから見たらまだまだヒヨッ子の幽霊だ。

 それなのにこの子は、必死だったからというのもあるだろうけど、重い鉄でできたアームの倒れる方向を変えるほどの突風を引き起こした。


 あの照明機のアームは思歌と火野の頭上に向かって倒れていたのだ。

 そのままでは大惨事になっていたことだろう。

 だけど実祈は、突風を起こすことでふたりを救った。


 誰も傷つけたくない。その想いが、あの風を生み出した。

 そういった意味では、この学校の守り神になっていたと言っても過言ではないかもしれない。


 とはいえ、実祈は葉雪と完全に同調してしまっているようだった。

 ならば、ずっとこの場所にいるより、ウチらのように葉雪とともに歩むほうがいい。

 そうでないと、葉雪が離れてしまったら寂しさを感じるようになってしまう。

 それだけならまだしも、苦痛すら感じ、場合によっては我を忘れて暴走してしまう結果に陥る可能性さえある。


 学校の守り神のようになっているとはいえ、実祈も一生徒に過ぎなかった身。

 そろそろこの場所から解放されても、バチは当たらないだろう。


「……わかりました。これから、よろしくお願いします」


 ウチの提案に素直に頷いた実祈は深々と頭を下げ、長い黒髪をそよ風に揺らしていた。


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