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「……ただいま~……」
「おかえり、葉雪ちゃん!」
お母さんが私を出迎えてくれる。
なんだかやけに上機嫌に思えるのは、私の気のせいかな?
ニコッと穏やかな微笑みを浮かべているお母さんは、
「おかえり」
再び、そう言った。
「……お母さん、どうしたの……?」
「ふふふ、なんでもないわ♪ あっ、うがいと手洗い、しちゃいなさい。夕飯、もうすぐできるからね♪」
お母さんはスキップしながら台所に戻っていった。
少し不思議に思ったけど、お母さんの機嫌がいいのは悪いことじゃないし、ま、いいか。
そう考えて、私は洗面所へと向かった。
☆☆☆☆☆
夕飯の食卓は、お母さんとふたりきりだった。お父さんはまだ神社のほうで仕事中のようだ。
あまり大っぴらにはなっていないものの、噂程度は広まっているのだろう、無花果塚の幽霊にまつわる呪いの話について、お母さんは私にいろいろと尋ねてきた。
言いふらしたりはしないでね、と念を押してから、私は今までのことを話した。
もちろん細かい部分、とくにお嬢や木下さんの想いといったプライバシーに関わる部分は端折って、大まかな内容を話しただけなのだけど。
それでもお母さんは、うんうんと頷きながら私の話を聞く。
「唯一くん、頑張って教師をやっているのね」
……え?
唯一、というのは矛崎先生の下の名前だ。
ということは、お母さんは先生と知り合いで、しかも名前で呼んでいるってことは、親しい知り合いなの……?
「ふふふ、実は私、唯一くんのお母さんとお友達だったのよ」
不思議そうな視線を送っていることに気づいたのだろう、お母さんは話してくれた。
矛崎先生のお母さんは昔、私たちの通う高校で教師をしていて、無花果塚の女子生徒――実祈さんのクラスの担任でもあった。それは先生からも聞いていたけど。
当時から、お母さんとは友達だったらしい。
そしてお母さんは、さらに衝撃的な発言を続ける。
「実はね、学校に呼ばれた霊媒師っていうのは、私なのよ」
つまり、無花果塚を建ててイチジクの実をお供えするように言ったのは、お母さんだったということになる。
「彼女とは、そのあともよく会っていたの。だから、息子である唯一くんとも面識があったってわけ。彼女はもう亡くなってしまったけれど、唯一くんはときどき神社に顔を出してくれていたのよ」
……そうだったんだ。全然知らなかった……。
「このあいだ、月曜日だったかしら、唯一くん、風邪で休んだみたいね。あの日、風邪薬が切れていたらしくて、買いに出かけたついでに、神社にも寄っていったのよ。そのときに、学校で妙なことが起こっていると相談を受けたわ。だから、イチジクのお供えをしっかりするようにって助言したの」
そっか、あのあとイチジクが多めにお供えされていたのは、そういう理由だったんだ。
「今ではもう、唯一くん以外の先生方は、あまり無花果塚のことを気にしていないみたいね。でも、あなたたち生徒も含めて、忘れないでいてあげることが大切なの」
優しい笑顔を向けて話を続けるお母さん。
「実祈さんはもう大丈夫だと思うけれど、あの慰霊碑は、実祈さんだけのものではないのだから」
「……うん……」
私は素直に頷く。
家の中にいるのに、太陽に温められた春風で抱きしめられているような、そんな柔らかな温もりが私の全身を包み込んでいた。