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次の日は、変な音や振動といった現象こそ起こらなかったものの、土浦さんに対する嫌がらせは続いていた。
そして頻繁に起こる嫌がらせに、とうとう怒りが爆発してしまった。
「もう頭にきた! びしっと言ってやらなきゃ!」
怒り心頭の土浦さんは、無花果塚へと一目散に走っていった。
もちろん私たちも追いかける。
土浦さんは完全に頭に血が上ってしまったようで、慰霊碑やお供え台を壊そうとしていた。それを澪音が必死に止める。
どうにか説得して落ち着きを取り戻した土浦さんに、澪音は嫌がらせされる心当たりはないのかと尋ねた。
土浦さんは少し考え込んでいたけど、思いつかない、と答えた。
友人の中に犯人がいる可能性もあるため、脅迫状の件を話してしまうわけにはいかなかったのだろう。
あの脅迫状……。
火野くんと仲よくするな、という内容だったわけだから、そうすると恋愛絡み。
犯人が火野くんのことを好きだとすれば、その恋人である土浦さんは邪魔な存在ということになる。
「……土浦さんの存在自体が邪魔だとか……」
思わず言葉が漏れていた。
はっとして口をつぐむけど、遅かったようだ。
どう言い繕おうかと思案していると、澪音が話の方向を変えてくれた。……ありがとう、澪音……。
辺りに異様な音が響き渡ったのは、そんなときだった。
吹き過ぎる風のような、それでいて人の声のようにも聞こえる音……。
土浦さんが再び怯え始めたけど、火野くんがそっと肩を抱いて落ち着かせた。
恐怖の念のほうが勝ったのか、実際に抱きしめられる温もりで安心したからなのか、土浦さんは火野くんを拒絶したりせず、自らも火野くんに腕を絡めて寄り添っていた。
そんな様子を見守る視線。
木下さんも、お嬢も、そして智羽ちゃんも、少し寂しそうな目をしているように感じられた。
と、すっかり暗くなっていた林に、いくつものぼやーっとした光が浮かび始める。
私はみんなの顔を見回してみた。
みんな、怯えた表情を浮かべていた。
ただひとり、お嬢を除いて……。
「やっぱり……、実祈さんの幽霊なんだわ……!」
再び取り乱す土浦さんを、火野くんがなだめていた。
ぎゅっ。
私も、澪音の腕に抱きつく。
……澪音、これって、幽霊とかじゃないよ……。
私はそう伝えたかったのだけど、うまく言葉に出せなかった。
やがて光のうちのひとつが、ガサガサガサと大きな音を立てたかと思うと、勢いよく上空へと昇っていった。
その光の強さに驚いているうちに、なにかが砕けるような音が響き渡り、光が猛スピードでこちらへと向かって迫ってくる。
轟音を響かせながら、それは消え去った。
辺りには突風が吹き荒れ、激しく土煙が舞い上がる。
それらの音や土煙は、根もとから折れて倒れてきた照明機のアームによって巻き起されたものだった。
☆☆☆☆☆
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
林の中から、黒いスーツ姿の男たちがわらわらと飛び出してくる。
彼らは、お嬢の家のガードマンだった。お嬢を警護する役目を持ったガードマンたちは、小さい頃からお嬢のわがままを聞き、いわば手下のようになっていた。
お嬢はそんな彼らに命令をして光や音を発生させ、土浦さんを怖がらせようとしたことを白状した。
お嬢は、小学生の頃からずっと一緒だった土浦さんのことが大好きだったのだと語る。
だけど中学生になり、やがて土浦さんは火野くんとつき合い始めた。
その関係を認めるため、そして自分の想いは胸の奥底にしまっておくために、お嬢は今回のことを計画した。
火野くんのことをお兄さんのように慕っていた智羽ちゃんにも協力してもらい、光や音を使った怪奇現象を起こして恐怖感を植えつけた。
土浦さんを脅かして危険が迫ったとき、火野くんなら絶対に土浦さんを守ってくれるはずだ。
それを見れば、安心して火野くんに任せられるだろう、そう考えたのだという。
本人も言っていたように、少しやりすぎだったとは思うけど、お嬢の言い分はよくわかった。
それだけ、想いが強かったのだろう。
さらにもうひとり、木下さんも今回の件に関わっていた。
お嬢とは別の、単独犯として。
火野くんのことがずっと好きだったという木下さん。
土浦さんが火野くんとつき合っていることについて、納得はしていた。
ただ、どうしても心のもやもやが消えず、土浦さんに対する嫌がらせを実行した。
学校中で話題になっていた実祈さんの幽霊の噂を知り、それが自分に向けられていると思わせ、怖がらせようとしたのだ。
土浦さんに脅迫状を送ったのも木下さんだったのだろう。
お嬢よりも自分のほうがよっぽど悪かったと木下さんは語った。
でも、木下さんは土浦さんを本気で傷つけようとはしていなかった。
おそらく彼女もお嬢と同じように、自分の気持ちをふっ切るためにやっていたのだと考えられる。
そんな木下さんを水巻くんがそっと抱きとめる。
……そっか、水巻くんはずっと、木下さんのことを想っていたんだ。
私は、そう確信した。
ともかく、誰も大事に至るようなことはなかったため、お嬢と木下さん、智羽ちゃんの三人が土浦さんに謝罪をして、事態は丸く収まった。
☆☆☆☆☆
「……処分されたりしなくて、よかった……」
私のつぶやきを耳にした澪音は、軽やかな声で言葉を添える。
「ま、幽霊とか呪いとかなんて、あるわけないってことよね!」
澪音はいつもそう言っている。
私だって、そう思ってはいるけど……。
ときどき不思議な感覚を受けることがある私には、完全に納得できていない思いがあるのもまた事実だった。
私が納得していないことを感じ取ってしまったようで、澪音は執拗に突っかかってきた。
私は思わず黙り込んでしまう。
「そうそう、そういえば、ご褒美がまだ残ってたわね~♪」
そんな私の様子に罪悪感を覚えたのか、元気づけようと明るい笑顔を浮かべながら言い放つ澪音。
いったいなにをやらされるのだろう?
私はびくびくしていた。
そんな私に、澪音はこう言った。
「これからもさ、ずっと一緒にいてね、葉雪!」
ほわん。
温かな気持ちになった私は、
「……うんっ……!」
心からの笑顔を咲かせて、澪音にそう応えた。