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イベントの翌日、矛崎先生はお休みだった。
クラスメイトの言うように、本当に呪いだったりしたら怖い……。
そんなふうに思いながらも時間は流れ、午後の授業になった。
授業時間も終盤に差しかかった頃だろうか、風とも人の声とも思える妙な音と、床下からなにかを打ちつけるような振動が、教室内に響き渡った。
プラネタリウムのときの怪奇現象も体験していたクラスメイトたちは、口々に不安の声を上げ騒ぎ始める。
かくいう私も、恐怖を感じているからなのか、なんとなく頭が重くなっていた。
だから、放課後になってパトロールに行きたがっている澪音に悪いとは思ったけど、家に帰ることにした。
昨日のイベントではりきりすぎて、風邪でもひいたのかもしれない。
そう思った私は、部屋に戻るとすぐに布団を敷いて眠ろうとした。
でも、そうやって布団に潜ってみると、頭の重さも不思議と和らいでいた。
無理をするわけにもいかないし、とりあえず寝ておこうと考えたものの、まだ早い時間だからか全然眠れない。
と、唐突に部屋の襖が開けられた。
「あら? 葉雪ちゃん、寝てたの? 大丈夫? 土浦さんって子からお電話だけど、どうする?」
「……ん、わかった。大丈夫、電話、出るよ……」
私は布団から起き上がって上着を羽織り、電話が設置してある玄関前の廊下へと向かった。
「あっ、彩鳥さん? ごめんね、突然電話してしまって」
土浦さんから電話がかかってくるなんて初めてのことだったから、さすがに驚いたけど、どうやら本人に間違いなさそうだ。
しかも土浦さんの声は、微かに震えているように思えた。
「……ううん、大丈夫。……どうしたの……?」
「えっとね、実は私のとこにさ、脅迫状みたいなのが届いたのよ」
私に促されて、土浦さんは素直に語り始める。
澪音が相手だとすごく反発するのに、私の前では土浦さんはとっても素直だ。
きっと、火野くんの前でもこんな感じ……ううん、もっと可愛い感じなのかもしれないな。
「最近、変なことが立て続けに起こってるでしょ? あれってもしかしたら、私に対する実祈さんの呪いかなにかなのかもしれない!」
「……落ち着いて、土浦さん。……その脅迫状って、どんな内容なの……?」
取り乱し始めている様子の土浦さんをなだめて、脅迫状とやらの内容を尋ねる。
「あのね、火野視言と仲よくしたら、呪い殺すぞって……」
土浦さんは少しだけ躊躇したあと、そう答えた。
呪い殺すなんて穏やかじゃない。
確かに怖いかもしれないけど、でも……。
「……どうして、火野くんと仲よくしたら、なんだろう……?」
「そんなの、私にだってわからないわよ!」
土浦さん宛てに脅迫状を書き、火野くんの名前まで出している。
ということは、これは個人的な恨み……?
火野くんのことを密かに想っている誰かが、土浦さんと火野くんを別れさせようとしている。
そう考えたほうが、実祈さんの呪いと考えるよりもずっと現実的だ。
「……とにかく、呪いってことはないと思うから、安心して。……そうね、澪音にも相談してみようよ……」
「そ……それはダメ!」
私が提案すると、土浦さんは間髪を入れずに異を唱えた。
「こんなことで怖がってるなんて、マリちゃんには知られたくないから、あなたに相談してるの! だから、お願い……」
「……うん、わかった……」
怖がっているとまで認めている土浦さんの言葉に、私は頷くしかなかった。
とりあえず、脅迫状の件はみんなには黙っておくことにしようと提案して、電話を切った。
部屋に戻った私は、自分なりに話をまとめてみた。
どうして土浦さんは私のところに電話をしてきたのだろう?
土浦さんと私はクラスメイトだけど、それほど仲よしというわけではない。
澪音に話すのは恥ずかしいから、もうひとりの『みっしぃ』である私に話した、というだけではない気がする。
かなり切実な問題だと思うし、もっと近しい存在――つまり、木下さんやお嬢に話したほうがいいと考えるのが普通だ。
それなのに、私のところへ電話してきた。
ということは……。
土浦さんは呪いかもしれないと騒いで怖がっていたけど。
それよりも、脅迫状の送り主がもしかしたら仲間内のグループの誰かなのかもしれない、ということのほうに怖がっているのではないだろうか。
だからこそ、最近よく一緒にいるけど、それでも部外者と言える私を頼ってきた。
そう考えるのが自然なように思えた。
私は、注意して土浦さんたちのグループを観察することにしよう、と考え始めていた。
☆☆☆☆☆
翌日の火曜日、矛崎先生はいつもどおり学校に来た。
前日は、単に風邪をひいて休んでいただけだったみたいだ。
私は土浦さんたちを注意深く観察していた。
普段ならしつこいくらいに話しかけてくる澪音は、なんだかやけに静かだった。
土浦さんたちを観察する上では、ありがたいことかもしれないけど、澪音が静かなのはちょっと心配だな……。
そんな思いはあったものの、とりあえず土浦さんたちのほうに意識を集中する。
土浦さんはずっと黙ってうつむいている様子だった。
それに対して、木下さんもお嬢も、火野くんや水巻くんも、普段と変わった様子はないように思えた。
昼休みにみんなでお弁当を食べているときも、土浦さんは黙ったまま。そのせいか、みんなが心配の声をかけていた。
そんな友人たちの思いが伝わったのか、土浦さんはいろいろな嫌がらせ(本人は実祈さんの呪いかも、なんて言っていたけど)を受けていることを告白する。
土浦さんが語った嫌がらせの内容を聞く限り、犯人はあまり危害を加える気がないと考えられた。
とはいえ、仲間内からなのか他の人がやっているのかはわからないけど、誰かが土浦さんをターゲットにしているのは、ほぼ間違いなさそうだった。
☆☆☆☆☆
午後の授業が始まると、昨日と同じような奇妙な音と振動が、またしても私たちの教室を襲った。
その一番の被害に遭ったのは、やっぱり土浦さんだった。
席のすぐ後ろにあったロッカーのドアが外れて、土浦さんの頭に当たったのだ。
心配して手を伸ばす火野くん。その手を、土浦さんはパシッと払いのけた。
脅迫状のことを気にしているからなのだろう。
「こういうときこそ、『みっしぃ』の出番だよ!」
授業時間が終わると、澪音がそう声をかけてきた。
私は澪音が元気になっているのを見て、少し安心した。
だけど今は、土浦さんたちのほうが心配だった。
だから、
「……でも、ひとつお願いがあるんだ……」
と前置きして、土浦さんたちもパトロールに参加するようにしてもらった。
智羽ちゃんも来てくれたのは好都合だと思った。智羽ちゃんも、れっきとした土浦さんたちグループの一員だからだ。
もちろん、智羽ちゃんがあんな脅迫状を出して、高校の校舎に忍び込んでまで様々な嫌がらせを仕掛けるなんて、ありえないとは思うけど。
土浦さんに対する微妙な嫌がらせの数々はともかく、昨日今日と立て続けに起こった、声のようにも聞こえる変な音と、床下からの振動、これはかなり不可解だった。
このふたつは、大がかりな仕掛けや前準備が必要だと思えたからだ。
でも結局、それらの痕跡はなにも発見できなかった。
そのあと、林の中から音がしたのを聞きつけ、私たちは無花果塚へと向かった。
お嬢は、白くてぼやーっとした女の人の影を見たと言っていた。
ただ、見回してみても、そんな影は見当たらない。
それにしても、この場所にいると、なんだかとっても切ない気分になる。
これは私の気のせいなのだろうか……?
それから私たちは、干しイチジクを持ってきたというお嬢から、みんなひとつずつ受け取ると、それぞれお供え台の上に乗せて、お祈りを捧げることにした。
「実祈さん、どうか心をお鎮めください」
木下さんがそうつぶやいた途端、私の首筋を冷たい風が通り抜けていったように感じた。