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学校でのことは気になっていたものの。
週末には、うちの神社と澪音の教会が主催するイベントがあるため、そちらに集中することになった。
土曜日に準備を終え、日曜日のイベント当日。
私は夕方から澪音とともにバトルの演舞をすることになっていたけど、それまでは自由時間だ。
澪音と一緒に出店を回って、お祭を存分に楽しんだ。
澪音はリンゴ飴を買って、美味しそうに食べていた。
私はダイエットしないといけない体質だから、我慢しておく。
そんな私に、澪音はひと口だけ食べさせてくれた。ありがたく味わわせてもらう。
「ふふっ、間接キッス♪」
全然気にしていなかったのにそんなふうに言われ、思わず頬が真っ赤に染まってしまった。
「もう、なに赤くなってるのよ。女の子同士なんだから、べつにいいじゃん」
ツッコミを入れる澪音の声で、私はちょっと寂しい気持ちになる。
澪音としては、女の子同士だからべつに気にすることでもない、と……。
確かにそれは、普通の反応だとは思うけど、でも私は……。
「リンゴ飴、美味しいねっ!」
複雑な想いに少し胸が苦しくなっている私をよそに、澪音はリンゴ飴にかぶりついて笑顔をこぼしていた。
☆☆☆☆☆
演舞の時間は、すぐにやってきた。
澪音と別れ、ステージの横に設置された控え室に入る。それぞれの控え室で、衣装に着替えるためだ。
控え室の中では、お母さんが待っていた。
「葉雪ちゃん、遅かったわね。……出店、楽しんできた?」
「……うん……」
答えながらも、わずかに寂しい気持ちが出てしまっていたのだろう。
「そう……。でも、演舞は頑張らないとね! 思う存分、暴れてきなさい!」
お母さんはなにも訊かずに、元気づけてくれた。
「あなたが負けたら、私が潮音さんに負けたことになるんだからね!」
……ほんとに私を元気づけるために言ってくれているのか、怪しくなってきたけど……。
ともかく私は、巫女の衣装に着替え、ステージへと上がる。
反対側のステージ袖からは、修道服を着た澪音が歩いてきていた。
「……澪音、すごく似合ってる……」
うっとりとして、思わず、はふぅと吐息が漏れる。
澪音に見惚れていたせいだろうか、長めの裾を踏んづけて足が滑り、私は盛大に転んでしまった。
あうあうあう。さすがにこれは恥ずかしい……。
真っ赤になる私に、
「葉雪ちゃん、頑張れ~~~!」
「緊張しないで、落ち着くのよ~!」
お客さんからの声援が聞こえてきた。
うん、まだ戦いも始まってないんだから、気を取り直して頑張らないと……。
ステージの中央で、澪音と私は対峙する。
ここで一礼してから、演舞が始まるのだ。
開始直前、不意に澪音が小声で話しかけてきた。
「やるわね、葉雪。ドジな自分をさらけ出して、観客を味方につけるなんて」
「あぅ……。そういうつもりじゃないよぉ……」
私は慌てて否定したけど、澪音はさらに言葉を続けた。
「でもね、葉雪。さっき転んだとき、パンツ丸見えだったわよ?」
「……ええっ!?」
嘘……!? そんな、恥ずかしい……!
ステージの周りには、たくさんのお客さんが集まっている。
ということは、いったい何人の人に見られてしまったか……。
私が真っ赤になって慌てふためいているあいだに、無情にも演舞の開始を告げる鐘の音は鳴り響いた。
☆☆☆☆☆
結局、私は澪音に負けた。
裾を気にして動きを鈍らせていたため、ずっと澪音が優勢のままバトルの演舞は進んでいったのだけど。
私の衣装の裾を踏んで転んでしまった澪音に、あと一歩で逆転勝利できそうなところまでは行った。
ところがさらに大逆転で、私は澪音が放った杖の一撃を食らってしまったのだ。
がっくりと項垂れている私と、上機嫌の澪音。
「葉雪ちゃんのバカバカバカ! なにをやってるのよ、ほんとにもぉ~!」
お母さんがステージに上がってきて、私をぽかぽかと叩く。
気づけば、澪音のお母さんもステージ上まで来ていた。
お客さんからは轟くほどの歓声が沸き上がっている。そんなお客さんの中には、土浦さんたち一行と矛崎先生もまじっていた。
みんな、演舞を楽しんでくれたみたいだった。
なんだか恥ずかしいけど、でも、とても嬉しくて温かな気持ちが、私の心に広がっていくように感じた。
ふと、澪音が私の手を握る。
「いい戦いだったね」
「……うん……」
私も澪音に笑顔を返す。
「でもま、ミーの勝ちって事実は変わらないからね。ご褒美は、あとでじっくり考えるわっ!」
満面の笑みを伴いながら、そう言い放つ澪音。
だけど……。
「……覚えてないんだ……」
思わず私はつぶやいていた。
……覚えてないんだ、キスのこと……。
やっぱりあれは、冗談だったってことなのね……。
わかりきっていたことではあるけど、私は少しだけ残念に思っていた。
そのあと、着替えを終えた私たちは、土浦さんたち一行と和気あいあいとしたお喋りを楽しんだ。
みんな笑顔を浮かべているのに、木下さんもお嬢も智羽ちゃんも、なぜだか少し離れた位置にたたずむ水巻くんも、心なしか寂しそうに思えてならなかった。




