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「待って!」
頭を下げているお嬢に向かって、そう声を上げたのは、呼春だった。
呼春は一歩前に出る。
「お嬢だけが悪いわけじゃないよ。ボクも、同罪なんだ」
お嬢が不思議そうな目を向ける中、呼春は続けた。
「ボクは……火野くんのことが、好きだった。思歌よりもずっと前から。火野くんと水巻くんとは、小学校から一緒だったんだ。仲よし三人組としてね。だから、中学から一緒になった思歌やお嬢よりは、長いつき合いがある」
幼い頃から一緒だった三人。
いつしか呼春は火野くんに対して密かな恋心を持った。
それでも、今までどおりの関係が壊れるのが怖くて、なにも言えないでいた。
そんな日々が続き、やがて中学生になり、二年生から同じクラスになった思歌りんが火野くんに惹かれているのがわかった。
呼春はそれでも、どうにもできなかった。
一緒に楽しく過ごせればいい。
そう思いながら生活しているうちに、思歌りんは火野くんとつき合い始めた。
「べつにボクはそれを恨んでるわけじゃないよ。自分が行動を起こさなかっただけなんだから。それはわかってる。思歌だって大切な友達だからね。でも、どうしてもふっ切れなくて、ずっともやもやした気持ちが募っていたんだと思う」
それで、思歌りんに嫌がらせをした。呼春は素直に白状した。
お弁当を隠したり、スライミンを入れたり、といった嫌がらせの数々の他、思歌りんの椅子を壊れた椅子にすり替えたり、掃除用具をしまうロッカーのドアを外れるように細工したりというのも、呼春の仕業だったらしい。
ちょうど実祈さんの幽霊とか呪いの話なんかが噂になっていたため、それが自分に向けられているんじゃないかと思わせて怖がらせてやろう、と考えてしまったのだという。
「お嬢は自分を納得させるためにやったんだから、ボクのほうがよっぽど悪いことをしたと思う。思歌、本当にごめんなさい……」
呼春はそう言って涙を流し、その場に崩れ落ちる。
そんな彼女を支えたのは、すぐそばにいた水巻くんだった。
「……でも木下さんは、土浦さんを傷つけようとはしてなかった。ちょっと怖がらせようと思っただけなんだよね?」
だから許してあげてよ。
水巻くんの言葉には、そういった思いが含まれているように感じられた。
確かに思歌りんに対する嫌がらせは、危害を加えるものではなかった。それはミーにもわかっていたことだ。
「自分が仕掛けたものとはいえ、嫌がらせを受けたあとの土浦さんを心から気遣って、実際にケガをさせたりしていないか心配していたじゃないか。それは表面上だけのつき合いじゃないことの証だと、僕は思うよ」
水巻くんの言葉で、呼春はさらに涙を溢れさせる。
ぐしゃぐしゃになった顔を見られたくないからか、水巻くんにすがりつくようにして、呼春は泣き続けた。
☆☆☆☆☆
「まぁ……土浦は少し足をすりむいてるみたいだが、それ以外のケガはないわけだろ? 火野も無事だよな~?」
呼春の泣き声がやむと、矛崎先生がいつもながらの間延びした声をかけた。
「……はい」
「だったら、もういいじゃないか。みんな、納得できたんだろ?」
そう言いながら、先生は無花果塚のお供え台の前まで歩いていく。
そしてそっと、その上になにかを乗せた。
「先生、それは……」
「干しイチジクだよ」
昨日から乗せてあったイチジクとミーたちがその上に乗せたイチジクの上に、さらに新しく乗せられていたのは、確かにまたイチジクだった。
「……ここにお供えしてたのって、先生だったんだ……」
葉雪のつぶやきに、先生は頷きを返す。
「先生の母親はこの学校で教師をしていたんだ。そのときの生徒なんだよ、実祈さんは。実祈さんが亡くなったあと、霊媒師に言われて慰霊碑を建て、お供えするようになったのは、以前にも話したよな~? それからずっとお供えをしていたのが、母だった……」
先生のお母さんは、結婚してこの学校を去るまで、お供えを続けていたのだという。
彼女がこの学校を去ったあとも、他の先生がお供えを続けていたはずだけど、次第にその習慣も薄れてしまっていたらしい。
やがて矛崎先生が赴任してきて、イチジクのお供えは再開された。
もちろん先生は、よかれと思ってそうしたわけだけど、それが逆に生徒たちの噂に上る原因となってしまった。
お供えしないと祟りがあるのでは、というふうに。
慰霊碑の存在が薄れ、忘れ去られたままになっていたほうが、もしかしたらよかったのかもしれない。そんなことも考えたという。
それでも、先生はお供えをやめなかった。
「べつに先生も、幽霊がいるとか、お供えしないと呪いがあるとか考えたわけじゃない。ただ、今は亡き母の想いを継ぎたかった。実祈さんがいじめを受けていたことに気づけなかった。母はそれを、ずっと悔やんでいたからね」
すっと立ち上がると、先生は手を合わせてお祈りをする。
「このところ妙なことが立て続けに起こっていたから、イチジクの数も増やして、毎日お供えするようにしたんだが。……お前らの仕業だったのなら、必要なかったのかもしれないな」
たとえそうであっても、お供えは続けるつもりだと、先生は言った。
「思歌りん……」
ミーは思歌りんに声をかける。
理由がわかったとはいえ、思歌りんに対しての嫌がらせや仕掛けを使った脅かし行為があったのは事実だ。
加害者であるお嬢と呼春を許せるかどうかは、思歌りん次第ということになるだろう。
全員が黙ってじっと答えを待つ。
しばらくして思歌りんは、重い口を開いた。
「なによ、みんなして睨んで。なんかこれじゃ、私が悪者みたいじゃない。大丈夫よ、私はべつに怒ってないから。ちょっとびっくりしたけどさ!」
話し始めた思歌りんは、少し顔を赤く染めたままではあったけど、もう完全にいつもの調子だった。
「でも、視言とのつき合いは続けるからね。視言は私の、その……彼氏なんだから!」
「わかっておりますわ。ふたりの交際を正式に認めて、心から祝福致します。ですから、別れたりしたら承知しませんわよ?」
「大丈夫だってば! 私は視言をずっと好きでいるわ!」
「違う違う、火野くんに愛想尽かされたりしないようにね、ってことだよ!」
「ええっ!? ……だ、大丈夫よ! ……ね? 視言」
「……え? あ~……」
「ちょ……ちょっと、そこは即答しなさいよ!」
久しぶりに普段どおりの明るい空気が、思歌りんたちのあいだに戻った気がした。
辺りはもうすっかり深い闇に包まれていたけど、吹き抜けていく風は心なしか温かく感じられた。




