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「お嬢様、大丈夫ですか!?」
男たちはそう叫びながら、お嬢に駆け寄った。
ということは、お嬢の知り合いなのだろう。ミーはとりあえず緊張を解く。
「……ええ、大丈夫ですわ。でも、これはいったい、どうなっておりますの?」
怒りも含んだお嬢の声に、かしこまる男たち。
「申し訳ありません。不慮の事故でして……」
「視言! 視言っ!」
そんな男たちの声を遮るかのように、火野くんを呼ぶ思歌りんの悲痛な声が響き渡った。
男たちの手にした明かりで、周囲の状況も確認することができた。
太い金属製の支柱のようなものが、根もとからポッキリ折れたのか、無花果塚の前に無残に倒れていた。
倒れた支柱の先にはライトが取りつけられていて、割れた破片が周囲に散乱している。
どうやら折れて倒れてきたのは、照明機のアームだったようだ。
周囲の木々も巻き込まれ、枝や幹にぶつかるなどして、激しい音を加えていたのだと考えられる。
そして今、そのすぐ横に思歌りんが座り込み、涙を流しながら火野くんの名前を連呼している。
「思歌りん、大丈夫!?」
駆け寄ってみると、すりむいてしまったのか、思歌りんの足からは少し血がにじんでいた。
「そんなことより、視言が……!」
思歌りんは涙を流し、ミーにすがりつくように訴えかけてくる。
火野くんの姿が見当たらない。
まさか、このアームの下敷きに……。
そう思ったミーたちの耳に、弱々しいけど、はっきりとした声が届いた。
「……大丈夫。少し足をくじいただけだ」
その言葉を聞いて、思歌りんも安堵の表情を浮かべる。
安心して気が抜けたからか、涙は止め処なく溢れてきているみたいだったけど。
折れたアームの反対側に回り込んでみると、火野くんはアームにもたれかかるようにして座っていた。
水巻くんが肩を貸し、火野くんはすぐに立ち上がった。
「……サンキュー。どうやら、大丈夫そうだ」
思歌りんのほうも、呼春に支えられながらゆっくりと立ち上がる。こちらも大したケガはなさそうだ。
「お……おい! 今の音はなんだ!? 大丈夫か~!?」
林の中から、矛崎先生が心配の声を響かせながら飛び出してきた。
さっきの大きな音に気づき、駆けつけてくれたのだろう。
「あっ、はい、大丈夫です!」
ミーは先生に答える。
先生は状況が呑み込めず、目をパチクリさせていた。
それはそうだよね。ミーたち生徒だけならまだしも、黒いスーツの男たちがいて、壊れた照明機のアームが転がっている状態なのだから。
でも、ミーたちにだってよくわかっていないわけだし、先生に状況を詳しく説明するなんてことが、できるはずもなかった。
というわけで。
ミーは黒いスーツの男たちに向き直り、ビシッと両手を腰に当てながら言い放つ。
「さて、いったいどういうことなのか、説明してもらいましょうか!」
☆☆☆☆☆
「我々は金蔵家に雇われているガードマンです。お嬢様のことを警護するのが、我々の役目となっております」
お嬢の家、つまり金蔵家は有名な大金持ちだ。
お嬢のお父さんは、県議会の議員を務める重鎮。とくに闇の部分に関わるいざこざを一手に引き受け、対処する役割を担っていた。
闇の部分とはいっても、もちろん、お嬢のお父さんが違法行為などに手を染めているというわけではない。
どんなに支持されている人でも、反発する勢力は必ず発生するものだ。
そういった勢力を水面下で鎮めるための組織があって、そのリーダーにあたるのが、お嬢のお父さんなのだという。
そのせいで、身に危険が迫ることも多い。
それで金蔵家では、お抱えのガードマンを大勢雇い、いくつもの部隊に分けて警護するようになったらしい。
お父さん本人だけでなく、家族も含めて。
お嬢自身は、四六時中、誰かが周りで見ているなんて嫌です、と言って拒否していた時期もあったみたいだけど。
過去に誘拐事件が起こりそうになったことがあり、それからはガードマンの存在を受け入れていた。
また、離れて警護する任務に就いていたガードマンを、お嬢は手招きして呼び寄せ、よく話し相手になってもらっていたようだ。
お金持ちで何不自由なく暮らしていたお嬢だから、わがままなお願いなどもしていたのだろう。
ガードマンたちは立場上、お嬢に逆らえない。お嬢にも、それはわかっていたはずだ。
そうやって飼い馴らされたガードマンたちは、いわば、お嬢の手下と言っても過言ではなかった。
そんな彼らに命令し、光や音を使って怖がらせるのが、今回の目的だったのだ。
――ターゲットである、思歌りんを。
なぜ思歌りんだったのというと、それは――。
「わたくしは、思歌さんのことが大好きですの。お友達としてではなく、それ以上に……」
お嬢は、黒いスーツの男の言葉を遮って、自ら話し始めた。
「小さい頃からずっと離れることなく一緒だったわたくしたちのあいだに、最近割って入ってきた人がおりました。それが視言さんですわ」
中学三年になった頃から、火野くんと思歌りんはつき合い始めた。
お嬢は、それが気に食わなかったのだという。
「だから、そんな思歌りんを脅かして、別れさせようとしたの?」
「……ううん、違うよ、澪音……」
ミーの質問に否定の意見を示したしたのは、今まで黙って話を聞いていた葉雪だった。
「……火野くんと土浦さんの関係を、認めるためだよね……?」
葉雪は優しい視線をお嬢に向け、微かな笑みを浮かべながらそう言った。
「ええ。視言さんも、中学に入ってからのつき合いとはいえ、大切なお友達であることには違いありませんわ。ですけれど、どうもおふたりの関係は進展していないようで、じれったさも感じておりましたの。
一年以上つき合って、同じ高校にも入学したというのに、どうしてまったくと言っていいほど進展しないのか。まぁ、思歌さんの性格を考えれば、それが当然のような気もしますけれど。でも、それではわたくしの心の中のもやもやした想いは晴れませんでした。
視言さんは言葉も少なく、ぶっきらぼうな感じですけれど、内面はすごく熱くて誰よりも思歌さんのことを想っています。それはわたくしもよくわかっておりました。
ですから、思歌さんを脅かして危険な目に遭わせれば、絶対に彼女を守ってくれるはず。そして、そんなふたりの様子を見ることができれば、わたくしも安心して思歌さんを視言さんにお任せすることができる。そう考えたのです」
お嬢は淡々と語った。
プラネタリウムの準備をしているときに見た光は、ガードマンたちの仕業だった。
窓の外に光が見えたというお嬢の言葉は真っ赤な嘘で、そのあと、窓の下――つまりこの無花果塚の近くに潜んだ彼らが発する光をミーたちが目撃。
ミーたちが駆けつけてくる前に、彼らは素早く身を隠したのだ。
お嬢がトイレに行くと言って教室を出たのは、ガードマンに指示を出すためだったらしい。
ロングホームルームでプラネタリウムを見たあと、流れてきた奇妙な音や映像も、同様にガードマンたちの仕業だった。
音はドームの陰にあたる教室の隅っこに置いたラジカセから発生させた。
準備してあった先生のノートパソコンをいじって映像データを加えておき、当日の設定した時間になると自動的に切り替わるような仕掛までしていたのだという。
このときガードマンたちは、お嬢の合図を受けてプラネタリウムのドームのドアを押さえつけ、生徒たちが外に出られないようにした。
仕掛けた映像が映し出されるまでの時間稼ぎとともに、恐怖心をあおる効果も狙ったのだそうだ。
最後に、みんながドームの外に出て混乱している機に乗じて素早くドーム内に忍び込み、パソコンの映像データを消去、ラジカセも撤収して作戦は完了した。
教室のスピーカーに細工をして用意しておいた音を鳴らせるようにしたり、教室の床下に音と振動を発生する装置を仕掛けたりしたのも彼らだった。
それにしても、いくらお嬢の指示とはいえ、こんな大がかりな照明機まで持ち込んでいたというのには驚いた。
さっき見たたくさんの光は、ガードマンたちの持った懐中電灯の光だったわけだけど、それだけでは演出として弱い。
そう考え、強力な光を放てる照明機を準備していたとのこと。
もともと、主に生徒のいない夜の時間帯を使って定期的に校舎の補修工事や校庭の整備などは行われていた。
そのため、とくに怪しまれることなく校内に持ち込めたのだろう。
「それと、智羽ちゃんにも手伝ってもらったんです」
お嬢はさらに続けた。
テープに録音して流していたという、風の音に紛れた女性のような声。
幼すぎるとミーは感じていたけど、あれは智羽ちゃんの声だったらしい。
「どうして智羽ちゃんが?」
「智羽、寂しかったから……。視言くんは、よくお兄ちゃんのところに遊びに来てたの。智羽もそのたびに顔を出して、視言くんも智羽を可愛がってくれて。でも、最近はほとんど来なくなって、寂しかったの……」
智羽ちゃんは、素直に答えてくれた。
「じゃあ、お嬢は、そんな智羽ちゃんを利用して手伝わせたの?」
思歌りんが眉を吊り上げながら、お嬢を問い質す。
その声を、智羽ちゃんが遮った。
「違うよ! 智羽が自分から手伝うって言ったの。桃ちゃんは、智羽を慰めてくれた。これは寂しがることじゃなくて、温かく見守ってあげないといけないことなんだって。桃ちゃん自身も納得できてないから、これから納得するための作戦を開始するんだって、教えてくれたの。だから、智羽も一緒にお手伝いしたの!」
必死に説明してくれる智羽ちゃん。
もういいですわ、とでも言うように、お嬢は智羽ちゃんの肩に優しく手を乗せた。
そして、
「ちょっとやりすぎてしまった感じではありますけれど、こういうことだったんです。すべてわたくしが悪かったんですわ。思歌さん、視言さん、それに迷惑をおかけしたみなさん、申し訳ありませんでした……」
お嬢はすべての罪を受け入れるように、深々と頭を下げた。