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みっしぃ  作者: 沙φ亜竜
澪音2
16/37

-6-

「葉雪、おっはよ~!」


 ミーはいつもどおりの明るい笑顔で葉雪を迎える。


「……うん、おはよう……」


 葉雪もいつもどおり控えめながら、笑顔を向けてくれる。

 声がいつもより少しだけ沈んでいる雰囲気だったのは、昨日の演舞で疲れたからかな?

 ミーも疲れて爆睡してしまい、起きたらベッドから転がり落ちていたくらいだしね。


 空には一面の青が広がっている。

 まだ少し肌寒さが残ってはいるものの、清々しい、いつもとなにも変わらない朝。


 なんとなく気になる点はあったような気もするけど、週末のイベントはとても楽しかった。

 そのおかげで、心も晴れやかになっていた。

 だからこそ、週末になる前に起こっていた数々の奇妙な出来事なんて、すっかり忘れてしまっていた。


 いや、もしかしたら無意識に忘れようとしていたのかもしれない。

 でも「それ」は、着実にミーとその周辺に迫ってきていたのだ。



 ☆☆☆☆☆



「あっ、ツンマリ!」

「ツンマリ言うなっての!」


 教室に入るやいなや、呼春を筆頭に、思歌りんたちグループが集まってきた。


「いや~、昨日はほんと、よかったよ~!」

「そうですわね。おふたりとも衣装もとっても似合っておりましたし、演舞も白熱して見学させていただきましたわ。正直なところ、とってもトロそうな葉雪さんですから、澪音さんにボッコボコにされて、はしたない姿をさらしてしまうのではないかと、ハラハラして見ておりましたのよ。

 最初に転んで倒れてしまったときには、ああやっぱりですわ、こんなにたくさんの観客の前で、葉雪さんはボコボコのビリビリで大変なことになってしまうのでしょうね、かわいそうに、うふふふふふ、なんて思っていたのですけれど、そんな心配は杞憂でしたわね。

 思いのほか葉雪さんの動きも素早くて、いい戦いでした。結局は澪音さんに負けてしまいましたけれど、大健闘だったと思います。また来年も見に行きたいですわ!」


 相変わらずお嬢の喋りは長々と回りくどかったけど、満足してもらえたみたいで、ミーとしても嬉しい限りだ。

 葉雪もちょっと恥ずかしそうにうつむきながら、はにかんだ笑顔を浮かべていた。


 さて、朝は時間が短い。

 それは、ミーたちが教室に着いたのがギリギリだからっていう理由もあるのだけど。


 ……澪音は時計を進めておくべきだと思う……。

 葉雪からそう言われたこともあったっけ。

 だけどそんなの、まったくの無意味だ。

 時計を進めたことを見越した時間で生活してしまって、結局行動のタイミングは変わらないのだから。


 すぐに教室のドアが開いて、先生が入ってきた。

 ミーたちは慌てて散り散りになり、それぞれの席に着いた。


「あれ?」

「はい、みなさん。席に着いてくださいね」


 教壇に立っているのは、矛崎先生ではなかった。

 今ミーたちの目の前にいるのは、隣のクラス、つまり二年F組の担任、樋口(ひぐち)先生だった。


「あの、矛崎先生はどうしたんですか?」

「矛崎先生は、風邪でお休みされました。隣なので、私が代わりに来たんです。私からはとくに連絡事項などもありませんが、みなさんから、なにかありますか?」


 クラスメイトの質問に、穏やかな口調で答える樋口先生。

 国語の教師で、まだ二十代前半のはずだし見た目もすごく綺麗なのに、いつも地味で古っぽい服を着ている。

 そのせいで、もったいないお化け、なんてあだ名で呼ばれていた。

 本人は、お化けみたいに存在感がないってことなのね、と嘆いているらしいけど。そういうことじゃないのにね。


 ともかく、素早く朝のホームルームを終わらせ、樋口先生は自分のクラスへと戻った。

 急いでいる様子だったのは、先にうちのクラスに来てくれたからだったのだろう。

 樋口先生が帰ると、みんなはまた騒ぎ出す。学生なんて、そんなものだ。



 ☆☆☆☆☆



 午後になり、本日最後の授業中、先生が鳴らすチョークの音だけが響いているときだった。

 どこからともなく、おどろおどろしい妙な音が聞こえてきたのは。


「な……なんだ!?」

「風? でも、声みたいにも聞こえないか……?」


 クラスメイトたちが、授業そっちのけで騒ぎ出す。


「こら、授業中ですよ。集中しなさい」


 この時間は国語の授業で、担当は朝にも来てくれた樋口先生だった。

 集中しなさいと言いながらも、先生は驚いたような怯えたような表情を浮かべていた。


「なんかさ、こないだのプラネタリウムのときの声みたいじゃないか?」

「そうよ! きっと、実祈さんの幽霊なんだわ!」


 教師の注意には耳を貸さず、みんなが自分勝手に不安を口にし始める。


「し……静かにしなさい。スピーカーから聞こえてきてるだけみたいです。放送室の機器のトラブルじゃないかしら? だから、落ち着いて!」


 先生はみんなを静めようと必死だった。

 でもその声は、自分自身にも言い聞かせているように思えた。


 そんな折。

 床下から、音が響いてきた。

 ガツンガツンと、なにかがぶつかるような、そんな音が。


「きゃ~~~~~~っ! なによ、この音!?」

「やっぱり、呪われてるんじゃ……!?」


 一旦は収まりかけていたざわめきも、こうなってはもう止まらない。


「静かに! 静かにしてください!」


 樋口先生はそう叫びながらも顔面は蒼白だった。

 おそらく、しばらく前から流れているという奇妙な光や音の噂は、先生たちの耳にも入っているのだろう。


 教室内はパニックになりかけていた。

 だけどミーは、幽霊なんて信じていないからか、やけに冷静だった。


 ふと横を見ると、隣に座っている葉雪がミーに視線を向けていた。

 怖がっているのかと思ったら、葉雪はなにか言いたそうな視線を向けるばかり。

 実際に言葉にしないのは、喋ってもクラスメイトの声にかき消されるのがわかっているからだろうか。


 床下からの音はまだ続いていた。

 それどころか、振動まで伴い、激しくなっているようにすら思える。


「きゃあ!?」


 突然、思歌りんが悲鳴を上げると、椅子に座ったまま倒れた。

 振動のせいなのか、思歌りんの座っていた椅子の足が一本、折れてしまったらしい。


「い……椅子が折れるなんて、普通じゃないぞ!?」

「土浦なら、日頃の行いが悪いから……」

「ちょ……っ! なによ、それ!?」

「でもほんとに、これはなんなの!? あっ、矛崎先生が休んでるのも、もしかして実祈さんの呪いなんじゃ……」

「そうよ! そうに違いないわ! どうしよう、あたしたち、呪い殺されちゃうの!?」


 もう、誰にも止められないほどの大混乱となっていた。


「そういえば、先週プラネタリウムをやった教室、実祈さんが亡くなった年に使っていた教室だって、聞いたことがあるよ!」


 学級委員である呼春まで、怯えたような声で叫ぶ。

 それを聞いたクラスメイトたちは、さらに取り乱してしまう。


 椅子が折れて倒れた思歌りんは、すぐ前の席のお嬢に助け起こされていた。

 助けられた思歌りんも、顔を真っ青にして怯えている様子が見て取れる。


 パニック状態の教室。

 スピーカーからの音も床下からの音と振動も、いつの間にか消えてはいたものの、混乱はなかなか収まらない。

 みんながどうにか落ち着いた頃には、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。



 ☆☆☆☆☆



「今日は授業もこれで終わりですし、みんな、すぐに帰りなさい。帰りのホームルームも私が代わりにやる予定でしたが、中止にします。部活がある人も、今日は家に帰って結構ですからね」


 樋口先生はそう言い残して、そそくさと教室から出ていった。

 クラスメイトたちも先生の言葉に従い、それぞれ素早く帰り支度を整える。

 ミーとしては、『みっしぃ』のパトロールをしたかったのだけど、


「……今日は帰ろう……」


 と葉雪が言うので、素直に家路に就いた。


「ねぇ、葉雪。今日のって、なんだったのかな?」

「……わからない……。でもなにか、冷たい気配みたいなのを感じたような気がする……」


 葉雪はそれっきり黙り込んでしまった。


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