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翌日は土曜日。学校はお休みだ。
そして、うちの教会と葉雪の家の神社で共同開催するイベントの前日でもある。
というわけで、今日は丸一日かけて準備をする予定となっていた。
ミーの家である教会と、葉雪の家である神社。それぞれの敷地はかなりの広さがある。
イベントではその敷地内を飾り立て、より多くのお客を集める。その集客力をも競い合うのだ。
「葉雪~! おっはよ~!」
準備を始める前、ミーと葉雪はこうして敷地の前に出てきて、お喋りに興じる。
これも、明日のためにお互い頑張って準備しようね、という気合いを入れる儀式みたいなものだ。
なんてね。実際は、単に葉雪とお喋りしたいだけなんだけど。
準備に入ると、休憩時間と終わってからの時間以外は、葉雪に会えなくなってしまう。
葉雪中毒患者のミーには、大変なことなのだ。
「……なんか変なこと考えてる顔……。澪音は相変わらず元気だね……」
「そういう葉雪は、元気ないね。大丈夫?」
葉雪は明らかに寝不足のようだった。
「……だって、昨日のこと……」
「ミーはほら、寝つきがいいし、寝たら嫌なことなんかも吹っ飛ぶから!」
「……そうだったね……」
苦笑を浮かべる葉雪。
……単純……って小さくつぶやいたのは、聞かなかったことにしてあげよう。
葉雪は一瞬だけ表情を緩ませたはしたものの、すぐに曇った顔へと戻してしまう。
「こら葉雪! こんな晴れ渡った清々しい朝なんだから、そんな顔してちゃダメでしょ! 心機一転、笑顔よ、笑顔!」
「あはは。……うん、そうだね。準備も頑張らないといけないし……」
まだ少し控えめながらも、葉雪は温かい笑顔に切り替える。
「そうそう。なんたって、ミーたちが主役のイベントなんだから!」
「……べつに、そういうわけじゃないはずだけど……」
確かに親同士のケンカみたいなものが発展したイベントで、便乗して出店とかまで並ぶだけだから、主役なんて関係ないのだけど。
ミーと葉雪が衣装をまとって戦う演舞は、毎年恒例の好評な見世物となっている。
だから、主役と言ってしまっても、決して過言ではないはずだ。
というか、そういう心づもりで演舞に向かうのがミーたちの役目なのだと、ミーとしては思っている。
「……うん、そうだね。今年も、楽しくできたらいいな……」
「そして楽しい、ご褒美も♪ ふっふっふ、葉雪になにをさせるか、今から楽しみだわぁ~♪」
「あぅ……。でも、私が勝って、澪音にひどいことをするとかは、考えないの?」
「だって、葉雪がミーにひどいことするなんて、ありえないもん♪」
ミーはきっぱりと言い放った。
「……なんか、納得いかない……」
そんなつぶやきが聞こえた気がしたけど、ミーは細かいことなんて気にしないのだ。
☆☆☆☆☆
「こら澪音、喋ってないで、準備しなさいよ~!」
「葉雪ちゃん、準備始めるわよ、こっち来なさ~い!」
『……あら?』
まったく同じタイミングで、敷地の外に立ってお喋りをしているミーたちを呼びに来たのは、ミーのお母さんと、葉雪のお母さんだった。
お互いの存在を確認すると、はっと電気が走ったように表情が変わる。
あちゃ~、また始まっちゃうのね。
「あらあら、紗雪さん。そちらは今年も地味~な感じで行くんですか~?」
「あらまぁ、潮音さんじゃありませんか。そちらこそ、無駄にど派手な電飾ですとか、毎年大変ですわね~。不慮の事故で電源がつながらなくなってしまったら、どうなってしまいますかしらね~?」
「あ~ら、そんなことをなさるつもりですの? さすがにそれは、犯罪というものですわよ? 不法侵入にもあたるでしょうし」
「あらまぁ、私はそんな怪しげなことなんて、絶対にしませんわよ? あなたとは違って正々堂々と戦う姿こそが美しいと思っておりますから」
「な~にをおっしゃいますかしら、この人は。去年のイベントではしっかりと手下を雇って、電飾のコードを引っ張って、こちらの用意した綺麗な彫像を倒してしまわれたじゃありませんか。あれは器物損壊ですわよ? 訴えなかっただけ、ありがたいと思っていただきたいものですわ」
「あら、それはイベントに参加したお客さんがたまたま足を引っかけてしまっただけと聞きましたわよ? コードをそんな状態にしていた自分の不始末を棚に上げて、責任転嫁もはなはだしいですわ」
「なんですって? それを言うなら、おととしには……」
バチバチと目から火花を散らして、結構丁寧な口調ではあるものの、罵詈雑言をぶつけ合うふたり。
蛍伽潮音、すなわちミーの母親と、彩鳥紗雪、すなわち葉雪の母親。
顔を合わせるたびに、いつもこんな感じなのだ。
出てくるタイミングが一緒だったり、同レベルの罵り合いだったり、放っておけばいつまででも口論を続けそうだったり、どう考えても気が合っているとしか思えないのだけど。
ともかくミーと葉雪は、思わずため息ひとつ。
「はいはい、お母さん、そろそろ戻って準備するよっ!」
「……お母さんも、ね。……お父さんも待ってるみたいだよ……?」
睨み合っているそれぞれの母親を引きずり、ミーと葉雪はそれぞれの敷地へと戻った。
また、あとでね。……うん……。
そんなふうに、アイコンタクトで語り合いながら。
☆☆☆☆☆
出店の準備をしている人たちに挨拶をし、ミーは敷地内の木々や建物に次々と飾りつけを施した。
日が傾き始める頃には、敷地内にたくさんの屋台が並んでいた。どうやらイベントの準備は着々と進められているようだ。
とりあえず、出店とか飾りつけとかの準備はそれぞれの敷地内だけで済む。
それはいいとして……。
もうひとつ、準備するものが残っている。
そのために、ミーの家族と葉雪の家族は今、教会の敷地内の一角に集まっていた。
ミーと葉雪がバトルする演舞は、一年ごとに交代で、どちらかの敷地内にステージを作る。
今年はミーの家、つまり教会の敷地内に作られることになっているのだけど。
敷地を提供する側が土台をデザインし、それを飾り立てる装飾をもう片方の側が受け持つ。
いわば、両家の共同作業と言ってもいいだろう。
この共同作業というのが、毎年問題となる。
顔を合わせるたびに反発し合うミーたちの母親だから、当然ながら様々な言い争いが繰り広げられる結果となってしまうのだ。
それをなだめるのは、それぞれの夫である、ミーの父親と葉雪の父親の役目だった。
お父さんたちも、お母さんたちと同様、反発し合ってはいるのだけど、それでも少しは常識があるということか。
もちろん、ミーと葉雪も場をまとめようと必死になって頑張る。
毎年、そうやって紆余曲折を経て準備が進められることになる。
……正直、あまり人様に見せられる状態じゃないのだけど。
というわけで、今年も例年に漏れず、やっぱりいつもどおりの言い争いの中、どうにかこうにか準備は進んでいた。
「順調に準備できてるかな? ツンマリ」
「……マリちゃん、あなたたちのお母さん方、なにを言い争ってるの?」
「こんにちは~」
突然声がかけられた。
呼春と思歌りん、それにお嬢に火野くん、さらには水巻くんと智羽ちゃんまで。
ずらりと一同並んで、こちらに笑顔を向けていた。
「あらあら、みなさん、いらっしゃい」
「ようこそいらっしゃいました。学校のお友達ですか?」
ニコッ。
申し合わせたかのように、お母さんたちが温かな微笑みを浮かべて対応する。
……今の今まで、鬼の形相で罵詈雑言を吐き出し、言い争っていたというのに。
絶対このふたり、最高に気が合ってると思うわ。
「ちょっと思歌りんたち、なにしに来たの?」
「なにしに来たのって、そりゃあ、準備してるあんたたちを応……、じゃなくって、か、からかいに来たに決まってるでしょ!」
「相変わらずだな~、土浦さんは。視言も大変だ。……とにかくさ、なにか必要なら、僕たちも手伝うよ。ちょっとだけど差し入れとかも持ってきたから。あっ、ゴミはちゃんと袋に入れて持って帰りますので、ご心配なく」
赤くなっている思歌りんの言葉を受け継いで、水巻くんが説明してくれる。
どうやらみんなは、準備に人手がいるだろうと手伝いに来てくれたみたいだ。
今年知り合ったばかりのメンバーなのに、なんていい人たちなのだろう。
思歌りんに対しては、面と向かってそんなことなんて絶対に言わないけど。
心の中で、ミーは感謝の言葉を述べる。
一方、ミーのお母さんは、遠慮なく準備の指示を出し始めていた。
「あらあら、ありがとう。助かるわ~。それじゃあ、まずはこれを……」
それに続くように、葉雪のお母さんも、飾りつけ用の道具を手渡していく。
人手が増えたことと、なんといってもお母さんたちの言い争いがなくなったことで、準備は滞りなく順調に進んでいった。
そして日が落ちてしまう前に、演舞用のステージは無事に完成を迎えた。
「みなさん、本当にありがとう。よかったら、夕飯を食べていくかい?」
「えっ? でも……」
ミーのお父さんからの申し出に、みんなはさすがに遠慮がちな声を上げる。
「遠慮しなくていいよ。たくさん用意してあるからね。準備がまだ終わっていない出店の人たちにも振舞うつもりで、大量に作ってあるんだ」
「そうだよ。ぜひ食べていってね」
「……うん、そうするといいよ……」
葉雪のお父さんと葉雪本人にも促され、
「そうですか……それじゃあ」
と、みんな一緒に夕飯を食べることとなった。
ちなみに夕飯の準備は、ミーのお母さんと葉雪のお母さんが早朝から始め、イベントの準備中にも共同で作っていたのだという。
言い争いばっかりしているかと思ったけど、いったいいつの間に……。
でもやっぱり、仲がいいんだな。
ミーはそう思って温かい気持ちに包まれていた……のだけど。
「ちょっと紗雪さん、そっちのほうが量が多いですわよ?」
「あらまぁ、潮音さん、意地汚いですわね。それに、今日の働きを考えたら、これくらいの差は当然ですわ」
準備が終わって気が抜けたからなのか、結局お母さんたちの言い争いは再開され、ミーのほんわかした気分はぶち壊されてしまった。
っていうか、まだみんながいるのに、そんな言い争いなんてしないで~!
思歌りんたちは、「あははは」と乾いた声を上げながら、苦笑を浮かべていた。