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みっしぃ  作者: 沙φ亜竜
澪音2
12/37

-2-

「ほらほら、ブーブー言ってないで、教室に戻るぞ~」


 まだ口々に文句を叫んだりして騒いでいた生徒たちだったけど、先生の声にしぶしぶと動き始めた。

 ドームの出入り口は、最初に入ってきた教室の後ろ側にあるドアだけだった。クラスメイト全員が、そちらに殺到する。

 と、出入り口から一番近かったお嬢がダンボール製のドアに手をかけ、こう言った。


「あら? 開きませんわ」


 出入り口は横にスライドさせればすぐに開くはずだった。

 でも、お嬢は力を入れて引っ張っているようだけど、びくともしないみたいだ。


「どうしたの? お嬢は非力だからかな? ボクが代わりに……ふん! ……あれ? えいっ! たあっ!」


 呼春がお嬢のあとを継いで開けようとするものの、やはりドアは動かなかった。

 ドームの中には当然ながら電気はない。

 投影機から映し出された星空の映像のおかげで、ほのかに周囲は見えるけど、薄暗い空間であることに変わりはない。

 クラスメイトたちも不安を口にし始める。


「ねぇ、どうしたの? 早く出てよ」

「お嬢たち、ふざけてんだろ?」

「感想文を書く時間をなくそうって魂胆か? それなら大歓迎だけどな」

「おいおいお前ら、そんなこと言ってないで早く戻れ~。木下、金蔵、どうした~?」


 先生も心配そうな声をかけてくる。

 一番後ろにいる先生には、状況がまったくわからないのだろう。

 そのとき、突然ドームの中が真っ暗になった。


「わっ!? なんだなんだ!?」

「ちょっと、押さないでよ!」

「お前ら、慌てるな~。映像が消えただけだから。木下~、そっちはどうなってるんだ~?」


 先生がみんなを静めようと声を上げる。

 真っ暗になったのは、投影機から映し出されていた映像が消えただけのようだ。


 ふと、ミーの腕に絡みつく感触があった。

 その感触は、すぐ横にいた葉雪によるものだった。


「……暗いの、怖いよ……」


 そうだった、この子はすごい怖がりなのだ。

 ミーは右腕に添えられていた葉雪の手の甲に自分の左手を重ねる。


「大丈夫よ。ミーがついてるでしょ?」

「……澪音は、別の意味で怖いけど……」


 ミーは思わず葉雪の手をつねっていた。

 ま、こんな軽口を叩けるのだから、きっと大丈夫だろう。

 そう思って安堵の息をつくミー。


 そんな矢先。


 突然、妙な音が狭く暗いドームの中に響き渡った。

 若干くぐもったその音は、すき間風かなにかの音だとは思うけど、なんとなく哀しげな女性の声のようにも聞こえる。


「なに? この音」

「女性の、すすり泣き……?」

「ど……どこから聞こえてきてるんだ!?」

「もしかして、噂の幽霊とか……?」


 一旦そう思ってしまうと、そうとしか考えられなくなるのか、クラスメイトたちはパニックを起こし始めていた。

 ぎゅっ。

 ミーの腕をつかんでいた葉雪も、さらに強くしがみついてくる。

 ……これはこれで、悪くはないわねっ。


「こ……こら、お前ら、静かにしろ~。おい、木下、まだ開かないのか!?」


 矛崎先生も、さすがに少し慌てているようだ。

 そんな中――、


「きゃっ!?」


 いきなり辺りが明るくなった。

 実際にはそれほど強い光ってわけじゃなかったけど、暗闇に慣れた目にはまぶしすぎるくらい。

 光のもとは、投影機からドームに映し出された映像だ。

 だけど、その映像は……。


「……イチジク……?」


 なぜか真っ白な背景の上に、たったひとつだけ置かれたイチジクの実だった。

 目がくらむほどの明るさではなかったため、すぐに目も慣れ、映像をはっきりと見ることができた。

 その映像に目を向けたせいか、クラスメイトたちの声も一瞬静まり、奇怪な音がより大きく耳に響いてくる。


 そして――、

 映像が切り替わる。


 お墓のような場所の前にたたずむ、薄ぼんやりした人影……。

 それは、血に染まったようにも見える白装束を身にまとい、恨めしそうな目線を向ける女性の姿だった。


「きゃ~~~~~~~~~っ!!」


 映像は一瞬で消えたけど、周囲は大パニック。

 葉雪もミーにしがみついて、ぶるぶる震えていた。


「お前ら、慌てるな~、投影機の故障だ! おい、木下~~~~?」

「えいっ! やぁっ! ……やっぱり、開かないよ、先生!」


 呼春もさすがに慌てているのが、その震えた声からうかがえる。


「どうしてでしょう? もう一度わたくしが……」


 再びお嬢の声が聞こえた、と思った瞬間、すっと明かりが差し込んでくる。


「あら? ……開きましたわ」


 その声とともに、クラスメイトたちは我先にと出入り口からドームの外へ流れ出ていった。



 ☆☆☆☆☆



 全員がドームから飛び出し、そのまま教室の後ろのドアから廊下に出たところで、ちょうど授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「あ~、時間だ。悪かったな、投影機の調子がおかしかったみたいだ。各自教室に戻って、今日は帰っていいぞ~」


 矛崎先生が平然とした口調を装いながらそう伝える。

 ただ、その声は微妙に震えているようでもあった。


「じゃあ、感想文は、なしですか?」


 生徒の問いに、


「いや、明日までの宿題にする。レポート用紙に書いてくること。いいな~?」


 先生は容赦なく答えた。

 再びブーイングの嵐になったことは、言うまでもない。



 ☆☆☆☆☆



「……さっきのは、なんだったのかな……?」


 葉雪が遠慮がちにつぶやく。

 すでにクラスメイトはみんな帰ったあとだ。


 空き教室とはいえ、プラネタリウムをそのままにしておくわけにはいかない。

 そんなわけで、ミーを含む準備を手伝った面々は、放課後に残って後片づけも手伝っていた。


「先生にもよくわからないな……。あんな映像、データには入ってなかったはずなんだがな~……」


 投影機は、つながっているノートパソコンから画像データを送って投影するようになっていた。

 だから、べつに星空の映像じゃなくても映し出すことはできる。

 そうはいっても、あらかじめデータがパソコンの中に入っている必要があるし、まったく関係ない映像が映し出されるなんてことは、ありえないはずなのだ。


 生徒たちを帰したあと、先生はパソコンを確認してみたらしい。

 結果、イチジクの実や薄ぼんやりした女性の画像データは見つからなかったという。

 手伝いをしているミーたちも、思わず無言になってしまう。


「ま……まぁ、機械だからな~。おかしくなることだってあるさ。投影機は中古品だったわけだし、先生が買うより前に投影したデータがメモリの中に残っていたとしても、べつに不思議ではないだろ」


 みんなを納得させようと、先生はそう言ったものの。

 先生自身、納得しているようには思えなかった。

 結局ミーたちは、そのあとも無言で後片づけを続け、ある程度片づいた頃には、もうすっかり日も落ちていた。


「みんな、お疲れ様。木下、ダンボールを持ってきてくれて助かったよ、ありがとな。他の備品は明日にでも先生が片づけておくから、お前らはもういいぞ。気をつけて帰れよ~」


 先生に促されて、ミーたちは家路に向かう。

 その帰り道は自然と重苦しい足取りになり、誰も言葉を発することができなかった。


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