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「ほらほら、ブーブー言ってないで、教室に戻るぞ~」
まだ口々に文句を叫んだりして騒いでいた生徒たちだったけど、先生の声にしぶしぶと動き始めた。
ドームの出入り口は、最初に入ってきた教室の後ろ側にあるドアだけだった。クラスメイト全員が、そちらに殺到する。
と、出入り口から一番近かったお嬢がダンボール製のドアに手をかけ、こう言った。
「あら? 開きませんわ」
出入り口は横にスライドさせればすぐに開くはずだった。
でも、お嬢は力を入れて引っ張っているようだけど、びくともしないみたいだ。
「どうしたの? お嬢は非力だからかな? ボクが代わりに……ふん! ……あれ? えいっ! たあっ!」
呼春がお嬢のあとを継いで開けようとするものの、やはりドアは動かなかった。
ドームの中には当然ながら電気はない。
投影機から映し出された星空の映像のおかげで、ほのかに周囲は見えるけど、薄暗い空間であることに変わりはない。
クラスメイトたちも不安を口にし始める。
「ねぇ、どうしたの? 早く出てよ」
「お嬢たち、ふざけてんだろ?」
「感想文を書く時間をなくそうって魂胆か? それなら大歓迎だけどな」
「おいおいお前ら、そんなこと言ってないで早く戻れ~。木下、金蔵、どうした~?」
先生も心配そうな声をかけてくる。
一番後ろにいる先生には、状況がまったくわからないのだろう。
そのとき、突然ドームの中が真っ暗になった。
「わっ!? なんだなんだ!?」
「ちょっと、押さないでよ!」
「お前ら、慌てるな~。映像が消えただけだから。木下~、そっちはどうなってるんだ~?」
先生がみんなを静めようと声を上げる。
真っ暗になったのは、投影機から映し出されていた映像が消えただけのようだ。
ふと、ミーの腕に絡みつく感触があった。
その感触は、すぐ横にいた葉雪によるものだった。
「……暗いの、怖いよ……」
そうだった、この子はすごい怖がりなのだ。
ミーは右腕に添えられていた葉雪の手の甲に自分の左手を重ねる。
「大丈夫よ。ミーがついてるでしょ?」
「……澪音は、別の意味で怖いけど……」
ミーは思わず葉雪の手をつねっていた。
ま、こんな軽口を叩けるのだから、きっと大丈夫だろう。
そう思って安堵の息をつくミー。
そんな矢先。
突然、妙な音が狭く暗いドームの中に響き渡った。
若干くぐもったその音は、すき間風かなにかの音だとは思うけど、なんとなく哀しげな女性の声のようにも聞こえる。
「なに? この音」
「女性の、すすり泣き……?」
「ど……どこから聞こえてきてるんだ!?」
「もしかして、噂の幽霊とか……?」
一旦そう思ってしまうと、そうとしか考えられなくなるのか、クラスメイトたちはパニックを起こし始めていた。
ぎゅっ。
ミーの腕をつかんでいた葉雪も、さらに強くしがみついてくる。
……これはこれで、悪くはないわねっ。
「こ……こら、お前ら、静かにしろ~。おい、木下、まだ開かないのか!?」
矛崎先生も、さすがに少し慌てているようだ。
そんな中――、
「きゃっ!?」
いきなり辺りが明るくなった。
実際にはそれほど強い光ってわけじゃなかったけど、暗闇に慣れた目にはまぶしすぎるくらい。
光のもとは、投影機からドームに映し出された映像だ。
だけど、その映像は……。
「……イチジク……?」
なぜか真っ白な背景の上に、たったひとつだけ置かれたイチジクの実だった。
目がくらむほどの明るさではなかったため、すぐに目も慣れ、映像をはっきりと見ることができた。
その映像に目を向けたせいか、クラスメイトたちの声も一瞬静まり、奇怪な音がより大きく耳に響いてくる。
そして――、
映像が切り替わる。
お墓のような場所の前にたたずむ、薄ぼんやりした人影……。
それは、血に染まったようにも見える白装束を身にまとい、恨めしそうな目線を向ける女性の姿だった。
「きゃ~~~~~~~~~っ!!」
映像は一瞬で消えたけど、周囲は大パニック。
葉雪もミーにしがみついて、ぶるぶる震えていた。
「お前ら、慌てるな~、投影機の故障だ! おい、木下~~~~?」
「えいっ! やぁっ! ……やっぱり、開かないよ、先生!」
呼春もさすがに慌てているのが、その震えた声からうかがえる。
「どうしてでしょう? もう一度わたくしが……」
再びお嬢の声が聞こえた、と思った瞬間、すっと明かりが差し込んでくる。
「あら? ……開きましたわ」
その声とともに、クラスメイトたちは我先にと出入り口からドームの外へ流れ出ていった。
☆☆☆☆☆
全員がドームから飛び出し、そのまま教室の後ろのドアから廊下に出たところで、ちょうど授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「あ~、時間だ。悪かったな、投影機の調子がおかしかったみたいだ。各自教室に戻って、今日は帰っていいぞ~」
矛崎先生が平然とした口調を装いながらそう伝える。
ただ、その声は微妙に震えているようでもあった。
「じゃあ、感想文は、なしですか?」
生徒の問いに、
「いや、明日までの宿題にする。レポート用紙に書いてくること。いいな~?」
先生は容赦なく答えた。
再びブーイングの嵐になったことは、言うまでもない。
☆☆☆☆☆
「……さっきのは、なんだったのかな……?」
葉雪が遠慮がちにつぶやく。
すでにクラスメイトはみんな帰ったあとだ。
空き教室とはいえ、プラネタリウムをそのままにしておくわけにはいかない。
そんなわけで、ミーを含む準備を手伝った面々は、放課後に残って後片づけも手伝っていた。
「先生にもよくわからないな……。あんな映像、データには入ってなかったはずなんだがな~……」
投影機は、つながっているノートパソコンから画像データを送って投影するようになっていた。
だから、べつに星空の映像じゃなくても映し出すことはできる。
そうはいっても、あらかじめデータがパソコンの中に入っている必要があるし、まったく関係ない映像が映し出されるなんてことは、ありえないはずなのだ。
生徒たちを帰したあと、先生はパソコンを確認してみたらしい。
結果、イチジクの実や薄ぼんやりした女性の画像データは見つからなかったという。
手伝いをしているミーたちも、思わず無言になってしまう。
「ま……まぁ、機械だからな~。おかしくなることだってあるさ。投影機は中古品だったわけだし、先生が買うより前に投影したデータがメモリの中に残っていたとしても、べつに不思議ではないだろ」
みんなを納得させようと、先生はそう言ったものの。
先生自身、納得しているようには思えなかった。
結局ミーたちは、そのあとも無言で後片づけを続け、ある程度片づいた頃には、もうすっかり日も落ちていた。
「みんな、お疲れ様。木下、ダンボールを持ってきてくれて助かったよ、ありがとな。他の備品は明日にでも先生が片づけておくから、お前らはもういいぞ。気をつけて帰れよ~」
先生に促されて、ミーたちは家路に向かう。
その帰り道は自然と重苦しい足取りになり、誰も言葉を発することができなかった。