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セキュメディカ ―4―

――――三話までの登場人物―――――

【真木坂 至(33)】

:AFIFテクニカルサービスに勤務する空回りする自爆系主人公。

【向野 拓也(28)】

:AFIFテクニカルサービスに勤務する真木坂の部下(後輩)。自分の主張はあまりしない。

【相羽 凪(?) 】

:セキュメディカに勤務する美しい黒髪の持ち主。美しき毒舌使い?二面性あり?

【標木 武雄(42)】

:AFIFテクニカルサービスのサービス二課 課長。真木坂の上司。やや横暴。


――――三話までの登場施設、部署――――

【㈱AFIFテクニカルサービス】

AFIF(えいふぃふ)の子会社で、ユーザーサポートがメイン業務。真木坂、向野、標木が勤務する。社内での通称は『テクサ』

【㈱セキュメディカ】

:業界大手の医療機器メーカー。現在AFIF AS3000Sを運用試験中

【㈱AFIF】

:(エイフィフ)と読む。業界大手のシステムソフトウェア開発会社。テクサの本社にあたる。

【AFIF AS3000S】

:AFIFが開発した新型のAI搭載サーバー内蔵システム



――――三話までのあらすじ――――

*必要ない方は読み飛ばしてください*


AFIFテクニカルサービスに勤務する真木坂と向野は、同社の新型サーバーシステムを納入しテスト中のセキュメディカ社で発生した不具合の対応に訪れた。

真木坂は仕事中に、あろうことか居眠りをしてしまうが、そこで不思議な夢を見た。

それは真木坂に助けを求める声だったが、彼にはなんのことか理解できなかった。

不具合の調査中、真木坂は相羽凪から『無能だ』ときつい言葉をもらう。

毒舌にヘコみつつも調査は続行される。

調査は三日目を迎え、朝現場に到着した真木坂たちが見たのは昨日まではあったはずの椅子が綺麗さっぱり消えてしまっている部屋と、その椅子を運び出す相羽凪の後姿だった。

当日の打ち合わせを終え、ひょんなことから真木坂は相羽凪と一緒に地下倉庫まで椅子を取りに行くことになる。



 サーバールームを出て、フロアを抜けると細い廊下に出た。

 ここはまさに、昨日彼女からありがたい毒舌をいただいた場所である。


「まだ解決できないなんて、無能なのね」


 俺の頭に、そのきっと一生消えないであろう音声がエコーを伴い再生されていた。

 隣を歩く相羽凪の表情をちらっと伺うと、彼女は『どうしたんですか?』と言う表情で柔らかい微笑みを返してきた。

 その恍けているのか、気がついていないのか判断しづらい反応に「あ…… な、なんでもありません」と顔を正面に戻した。


 倉庫から持ってくる椅子は二つだけなので、向野にはサーバールームに残って作業開始の準備をするようお願いして俺だけ相羽さんについていく事にした。

 実は二人になって彼女の態度が変わるかどうかを確認したいという気持ちもあった。


 細い廊下をトイレと逆方向に進むとエレベーターホールが存在する。ちなみに、今俺たちが調査しているサーバールームは一階にあるのだが、それはシステム評価にも使用されるサブのサーバールームである。メインで稼動中のサーバー郡は地下一階に存在するらしい。今俺たちが向かっている備品管理庫はメインサーバールームと同じ地下一階にあると相羽さんは教えてくれた。


 備品管理庫に向かいながら、相羽さんはそんな色々なセキュメディカ事情を詳しく丁寧に俺に話してくれた。それ部外者に言っていいのか? とこっちが心配するくらいに一生懸命説明してくれている。

 こうして話していると、昨日のあの相羽凪と隣の彼女が同一人物とは全く思えなくなってきた。でも確かに表情こそ違えど、姿形はどうみても一緒なのだ。


 エレベーターで地下一階に降りると、地上の光を通す窓が無いため、さすがに全体的に薄暗かったが、蛍光灯で人工的な明るさを得ている為、問題はない。

 エレベーターからは一本の幅の広めの通路が真っ直ぐに通っていて、その途中で幾つかの枝通路が繋がっていた。

 真っ直ぐ進む相羽さんの後ろを歩き、通路の奥だという備品管理庫を目指した。


 地下フロアは倉庫やサーバールームといった施設のみで、基本的に人が詰めて作業するエリアは無いらしい。地下は地上のフロアよりもより細かく区画が切られており、部署ごとの倉庫らしき標識を掲げた部屋が多く見られた。


 通路の奥に差し掛かると、ある部屋の前で「ここです」と言って相羽さんが立ち止まり、ドア脇に設置されたカードリーダーにIDカードかざした。

 ピッという電子音が鳴りIDを認識すると、ドアの取っ手あたりからカシュンと開錠された音が聞こえた。

 相羽さんに続いて中に入ると、机やOA機器が所狭しと積まれていた。その備品群は積み重なって幾つかの山を形成し、その山々の間には辛うじて台車が通行できる程度のスペースが存在していた。


「これは思っていたよりも広い空間だな。驚きました」

 素直な感想を漏らすと相羽さんは、

「わたしもはじめてここに来たときは驚きました。これはお掃除が大変だろうなって思って」

 なんとなく、この相羽さんの少しズレた感性にも慣れてきた。会社の倉庫なんてのは整理はするけど掃除なんてしないんですよー


「さて、椅子はどこかな?」

辺りを見回してみたがパッと見は見当たらない。むしろ乱立する備品の山々が視界を遮っていて見通しは悪い。

「どうやら、ここからは見当たりませんね。奥にあるのかな?」首を伸ばして部屋の奥を覗き込んでみた。

「そのようですねぇ。少し探してみます」そう言って相羽さんは部屋の中の通路に入っていった。

 内心、『いやいや、あなたさっきここに持ってきたばかりでしょうに。僕たちの椅子を……』と思ったが、相羽さんは本当に探しているように見える。

『えっと……』とキョロキョロしながら真剣に探すその姿は、むしろ恍けているようにも見えないのだ。


 「一体どうなってるんだ……」どうにも理解ができずに頭を混乱させながら相羽さんを追って部屋の中に進むと、通路脇の山と山の間を手で掻き分けている相羽さんの姿が見えた。

 相羽さんが触っている備品の山は全体的にグラグラと揺れていた。

 そしてその頭上を見上げると、抜いてはいけないパーツを抜かれそうになってフラフラと揺れるジェンガの頂上が見えた。

 『えーーー!?どうやったら一個目で‘当たり’が引けるんだ!』

 最早本能的に察していた。この子、天然だ。


 揺れるジェンガを見上げると、その頂上で今にも崩れそうになっているパーツはオフィス用の小型レーザープリンタだった。ば、ばかな。あんなもの頭に落ちたら…… っていうか、あんなもん天辺に乗せるんじゃないよ!

「相羽さん、そのまま動かないでください!」俺は急いで彼女に駆け寄った。

「ええっ??」彼女はビクッと驚いて‘あたりパーツ’を持ったままの両手を勢いよく体に寄せた。


『わーーー! ばかーーーー!!』


 後世にて‘稀代の天才的ジェンガクラッシャー’の異名をきっと授かるであろう相羽凪が目をつけたそのパーツがタワーから引き抜かれると、『い、一撃だと… よもや(ワレ)が一撃で倒されるなどということはあああ!』と断末魔を残し、タワーは崩壊の為の序章を奏で始めた。

 俺は彼女と山の間に体を滑り込ませて、両手を伸ばし、崩壊をはじめる山の要所を押さえた。

 それでも両手の間のやや下方で、相羽さんが抜いた部品のスペースにPC本体が抜け落ちようとしていたので、そのスペースに頭を挟み込んで支えた。


 グラグラグラ、グラ、っと揺れが小さくなり、なんとか寸でのところで崩壊は抑えられたようだ。

 しかし、挟んだ頭がなにげに痛い……


「あ、相羽さん。大丈夫ですか? もし今動けたら、今抜いた部品を元の場所に戻してもらえますか?」

 反応は無い…… 落下物はなかったはずだから、きっと呆然としているんだろう。


「相羽さん? 相羽さん、大丈夫ですか?」

 備品の山に頭から食べられて、とても大丈夫そうに見えない男が心配してるんだから反応してくれ!

「は、は、はい! だ、大丈夫です……」

 なんとか返事はしてくれたが、依頼された作業内容については理解できていないようだ。


「よかった。大丈夫そうですね。では、手に持っている部品を元の場所に戻してもらえますか? ちょうど私の頭の場所です。部品を戻すのに合わせてゆっくり頭を抜いていきますので」

 こちらとしては、とても余裕ある状況ではないのだけれど、可能な限り冷静に指令を伝えてみた。

「あ、は、はい。 えと、これを元の場所に…… えっ? 真木坂さん頭挟まれてますよ! 大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

 きっと教えてもらうまでもなく、挟まってるのは理解できています。今はそんなボケよりも一刻も早くパーツを戻してくれ…… そうでないと本当に大丈夫じゃなくなるまで、そう遠くない気がする……


 ちょっとした絶望感に打ちのめされていると、相羽さんの「大変…… なんとかしないと。あ、真木坂さんの頭に乗っているコレを抜いてしまえばいいのかもしれない。でも、そんなことして平気かしら……」という天然ネタが聞こえてきた。

 平気なわけないでしょ…… これ、もしかしてワザとなの? ワザとなのか?


「相羽さん…… それをすると全部崩れるから。手に持っている部品を元の場所に……」

 全身をプルプルさせながら最早祈るように伝えた。

「わ、わかりました! やってみます。真木坂さんもがんばってください」

 オーケーがんばる。あなたもがんばれ。

 神よありがとう。無心の祈りはどうやら伝わったようだ。


 俺は相羽さんが俺の体の前に回り込んで部品を手に持っていることを確認すると、ゆっくり、ゆっくりと頭をあげて部品を差し込むスペースを作った。

 相羽さんは不器用な手付きで手に持った部品を元の場所に挟みこんでいく。

 部品は俺の顔面を微妙に擦りながら元あった場所へと差し込まれていく。


 限界に近い俺の耐久力は、眼下でサラサラと揺れて綺麗な艶を見せる美しい黒髪と、その黒髪が放つ僅かに甘く上品な匂いで見る見る癒されて回復し、決して底をつくことはなかった。


 スペースを作るために頭を上げたことで違う方向に力がかかっているのか、手で押さえている部品がその圧力を変化させてくる。それを微妙な力加減で調節しながら現状をキープさせた。


「できました!」という相羽さんの声を聞くと同時に今度は後頭部に乗っているPCを頭を抜きながらゆっくりとスライドさせて、差し込まれた部品の上に着地させていく。

 イテテテテ。禿ちゃう禿ちゃう。まだもう少しフサフサでいたいのに……

 幾数十もの尊い毛根たちの犠牲を出したが、作戦はなんとか完了した。

 俺は最後にゆっくりと両手を離し、しばらくそれが崩れないことを確認すると、両手を膝について「ハァ~」と大きく息をついた。


「あ、あの……」


 声のほうを向くと、相羽さんが心配そうな顔をしながらこちらを見ていた。

 後頭部を擦りながら「いやー 危なかったですね。相羽さん、怪我はありませんでしたか?」とナイスガイを気取って返事をした。『もうおまえのウェイト(年齢)じゃガイ級じゃなくてミドル級だ』という世間の常識ってやつの審議は徹底的に無視して生涯ガイ級を心に決めた。

 後頭部を擦っていた手を見ると、壮絶なる死闘を繰り広げた毛髪たちが俺の手に倒れていた。

 ガイ級で共に頑張り続けた戦友の死を見て、深い悲しみと哀愁を持ち合わせた表情に変わってしまった。


「本当に申し訳ありませんでした。申し訳ありませんでした」

 相羽さんは平身低頭平謝りだった。


「いえ。そんな気にしないでください。お互い怪我もなかったわけですし。それよりも、この倉庫の管理のほうが心配ですよ。こんな安易な積み方じゃ、いつ崩れたっておかしくない」

 ほんと、この倉庫の管理者一体誰なんだと、そちらに怒りが向いた。


 それでも謝り続ける彼女を見ると、なんだか可哀想になって「実は学生時代、倉庫整理のバイトをしていましてね」と話題を変えてみようとした。


「そこの会社では倉庫整理の技術の目安として段位制をとっていまして」

 だが、俺は普通の話題では物足りなかったので、ちょっとだけ脚色して話を続けた。

「はあ……」と相羽さんは要領を得ないように頷いた。

「初心者は九級から始まり、様々な倉庫技術の技を取得していくごとに級が八級、七級と上がっていくんです。そしてそれが一人前と認められる一級の次の段階‘一段’となるために必要な技が、今お見せした『頭挟置(ずきょうち)』という技なんです」

 相羽さんは目を丸くして話を真剣に聞いている。


「『頭挟置(ずきょうち)』とは読んで字のごとく、頭を挟んで置き換える技です。これはとても難しい技術で危険度も高く、修練も苛酷を極めます…… 中にはこの夢を追いかけて再起不能になってしまう人もいます」俺はこめかみに手を当てて目をつぶりながら軽く頭を振って見せた。


 相羽さんの目からは、見るだけでそのドキドキとハラハラ感が伝わってくる。

 俺は絶好調で調子に乗りに乗った。


「しかし! 私は見事『頭挟置(ずきょうち)』を体得し、有段者となり、更には二段、三段の遥かなる高みの境地へと駆け上がったのです!」目をカッと見開き、右手にガッツポーズを作った。


 ここまでくると最早熱心なオーディエンス(一人)は総立ちだ。俺はラストソングとばかりにバラードで〆にかかった。

「私の最終段位は三段。時給にしてなんと百二十円アップの九百二十円を記録しました。ふと気がつくと、私の周りでここまで駆け上がったのは私一人でした…… いずれ機会があれば、二段、三段の妙技をお見せいたしますよ(キラッ)」


 相羽さんは胸の前で手を合わせて俺を尊敬の眼差しで見上げながら「すごいです。すごいんですね真木坂さん! 詳しくは理解できませんでしたが、真木坂さんがすごい人だということはわかりました」と興奮して言った。


 俺は過去経験の無い手応えに感動していた。もう誰も俺を止められないぜ?


 ふっ、アンコールは無しって約束だろう?


 ――わかった。わかったよ。

 ちょっとだけ待っててくれ。

 せめてこのドクターペッパーを飲み終わるまではさ。

 そしたら夢の続きを見せてやるからさ。

 

 俺は、残ったドクターペッパーを頭から被りながらオーディエンスの前に踊り出る。

 オーディエンスの一人が俺に投げ入れた赤いタオルを空中で払い取ると、それをフワリと肩から纏い、マイクスタンドからマイクを乱暴に手元に手繰り寄せた。

 赤いタオルに映える白地の『MAKIZAKA』の刺繍が躍動している。

 さあ、お前達(一人)! あーゆーれでー おーけー? マイクを客席に向けるとアリーナからの『MAKIZAKA』コールで会場のテンションは最高潮だ。

 お前達(一人)、最高だぜ? 最高だ…… 最高……


「真木坂さん、真木坂さん! 大丈夫ですか? 真木坂さん! 真木坂さん?」

 相羽さんが俺のシャツの肘の部分を引っ張りながら心配そうに問いかけていた。

 あれ? 俺は一体……

 額の汗を拭おうと肩にあるはずのタオルを掴もうとすると、その手は虚しく空を切る。

 

 俺は一気に酔いがさめたように今の自分の回想を思い返して「あ、大丈夫です。すみません……」と返事した。


「よかった。真木坂さん、うわ言のように呟きながら、こちらに反応してくれなくなっていたので心配しました。よかったです」

 うわ言……? 怖々と相羽さんに確認してみた。

「……うわ言ってどんなでした?」

「『あーゆーなんとか?』とか『おーけー?』とか『さいこー』とかでした」

 顎に軽く指を添えて相羽さんが答えた。

 『全部言っちゃってるじゃん』両手で顔を覆って、俺なんか死んじゃえバインダーと反省した。

「『ばいんだー?』」相羽さんが聞きなおした。

 それも声に出ちゃってるのか! 重症だな…… 滅多に無い状況に舞い上がると俺はこうなってしまうのか。気をつけなきゃ。

 特に俺をノリノリにしてしまう反応を返す相羽さんは危険だ……


「あの、すみませんでした。相羽さんが楽しそうに話を聞いてくれたので、つい舞い上がってしまいました……」俺は正直に謝った。


「そ、そんな……」と相羽さんが俯いた。

「さあ、気を取り直して椅子を探しましょう」

 当初の目的を再確認して倉庫の奥に進み辺りを確認した。


「ありがとうございます」


 後ろから相羽さんの小さな声が聞こえたが、よく聞き取れなかった。

「え?」

 振り向いて相羽さんに確認した。

「いえ。なんでもありません。椅子、探しましょう」

 相羽さんはやや俯いた顔の前で『いえいえ』と手を振った。

 

 ん? なんだったんだ?

 まあ、いいかと倉庫の奥に足を進めると、とととっという足音が後ろから聞こえた。

 トンと俺の隣に並んだ相羽さんは、

「椅子、見つかるといいですね」と純粋無垢な笑顔を見せてくれた。



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