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セキュメディカ ―3―

――――二話までの登場人物―――――

【真木坂 至(33)】

:AFIFテクニカルサービスに勤務する空回りする自爆系主人公。

【向野 拓也(28)】

:AFIFテクニカルサービスに勤務する真木坂の部下(後輩)。自分の主張はあまりしない。

【相羽 凪(?) 】

:セキュメディカに勤務する美しい黒髪の持ち主。真木坂に辛辣な毒舌を吐く?

【標木 武雄(42)】

:AFIFテクニカルサービスのサービス二課 課長。真木坂の上司。やや横暴。


――――二話までの登場施設、部署――――

【㈱AFIFテクニカルサービス】

AFIF(えいふぃふ)の子会社で、ユーザーサポートがメイン業務。真木坂、向野、標木が勤務する。社内での通称は『テクサ』

【㈱セキュメディカ】

:業界大手の医療機器メーカー。現在AFIF AS3000Sを運用試験中

【㈱AFIF】

:(エイフィフ)と読む。業界大手のシステムソフトウェア開発会社。テクサの本社にあたる。

【AFIF AS3000S】

:AFIFが開発した新型のAI搭載サーバー内蔵システム



――――二話までのあらすじ――――*必要ない方は読み飛ばしてください*

AFIFテクニカルサービスに勤務する真木坂と向野は、同社の新型サーバーシステムを納入しテスト中のセキュメディカ社で発生した不具合の対応に訪れた。

真木坂は仕事中に、あろうことか居眠りをしてしまうが、そこで不思議な夢を見た。

それは真木坂に助けを求める声だった。

真木坂はそれが何を意味しているのか理解することができずにいた。

不具合の調査は二日目を終えて、いまだ解決せず。

不具合の調査中、真木坂は相羽凪から『無能だ』ときつい言葉をもらう。

それにヘコみつつも調査は続行され、調査は三日目を迎える。


「椅子が無い……」


 俺の口から抑揚の無い声がポロッと漏れた。

 セキュメディカでの調査作業を開始してから三日目の朝、サーバールームに到着した俺と向野が目にしたのは、昨日まではあったはずの二つの椅子が、キレイさっぱり撤去された本日の仕事場のありさまだった。


「これは、やっぱり昨日の不幸な事件(スリ胸)が原因なのかな……?」

 昨日、そんなあからさまな嫌がらせはないだとか、とばっちりがあったとしても俺だけだろうとか調子の良いことを言っていた手前、向野の反応が気になった。

 向野は表情はそのままで、眼鏡だけを曇らせていた。あ、それ得意技なのね……


「いや、でもこれはちょっと幼稚すぎるだろう。何かの間違いかも」と言いながら、もしかして何かの事情で椅子を移動しただけかもしれないと考え、部屋の隅々を覗き込んだ。

 だが椅子は部屋の何処にも見当たらなかった。


 向野を見るのが怖かったので、机の引き出しを開けてみたり、ゴミ箱の中まで覗いていると、部屋の透明なパーティションから、キャスターをゴロゴロと転がして二つの椅子を引いてフロアの奥に消えていく女性の後姿が見えた。


 相羽凪だった。


「ちくしょう…… ちくしょう……」

 いたたまれない気持ちで一杯になった。


 セキュメディカの別の担当に連絡して椅子を用意してもらってもいいんだけど、それを相羽凪に知られたら、また怒らせてしまいそうだしな。今度は机とか無くなって地ベタで作業する羽目になるかもしれない。


 勿論、立ったままでも作業は出来るけれど、この重い空気を変えるために、ここは向野にアドバイスのひとつでもして気持ちを切り替えてもらおう。


「ほら、ちゃんと屈伸しておいたほうがいいぞ!」

 入念にイッチニ、イッチニと膝を曲げながら後輩に促した。仲間の筋肉痛の心配をする優しき先輩である。


「一日立ちっぱなしの作業ってのは意外と重労働だからな。しっかりとやったほうがいいぞ」伸脚に移行しながら爽やかに言った。

「はあ……」と小さく返事をして向野は屈伸を始めた。

 彼は一応、言われたことは実行するのだ。意見を述べたりはせず。

「ちゃんと伸ばしている部分に意識を集中しないと、効果は少ないんだぞ」クルリと向きを変えて逆足のアキレス腱を伸ばしながらアドバイスすると向野の眼鏡が曇った。

 ごめんなさい調子乗りました。



 準備運動を終えた頃、室内の内線電話が鳴った。入念な準備運動で各種関節がユルユルになった俺は、とても滑らかな動きで電話に出た。

 電話はセキュメディカの男性担当からだった。作業前に本日の作業内容についての打ち合わせをしましょうとのこと。セキュメディカ側の担当には相羽凪がいることを思い出し、「了解しました」と言って電話を置く俺の動作は、先程とは同一人物とは思えないくらい引きつったものになっていた。折角伸ばした関節の筋が一気に萎縮してしまったじゃないか……


 程なくしてサーバールームのドアが開き、三人のセキュメディカの担当が入室してきた。

 その中には彼女の姿は無く、俺はホッと安堵の息を漏らした。


 セキュメディカのシステム担当チームのリーダーである飯山さんは打ち合わせを始めようとしたが、室内に椅子が無いことに気がつき「あれ? おかしいな。椅子はどうしたんだろう」と辺りをキョロキョロと確認した。

 だが、どこにも見当たらないとわかると、打ち合わせ後に椅子を準備するので、とりあえず打ち合わせはこのままでいいですか?と聞いてきた。

 俺は問題ありませんと答えると、昨日帰社後に計画した本日の作業プランと目的を、簡単に分かりやすく担当者サイドに説明した。


 そのまま打ち合わせは問題なく順調に進行した。

「ではそのプランで作業お願いします。提供データについても了解しました。本日もよろしくお願いします」と飯山さんが打ち合わせ資料を整理して手元に持ち、「では」とこちらに会釈したとき、サーバールームのドアがゆっくりと開いた。


「すみません。遅れてしまいました……」

 わずかに息を切らせながら、一人の女性が申し訳無さそうに入室した。

 女性はその美しい黒髪をサラリと首筋から流しながら「申し訳ありません」と、丁寧に頭を下げた。

 俺はその上品な振る舞いと雰囲気に、彼女が深いお辞儀を終えて、少し俯きかげんにその顔を上げるまで、それが相羽凪であることを認識することができなかった。


「えっ? あれっ?」

 あまりに雰囲気が違っていたので、思わず声に出してして驚いてしまった。

 机の前に体を乗り出して彼女をくまなく観察したが、どうやら見た目は間違いなく相羽凪である。

 セキュメディカの担当陣と向野は俺を少し不思議そうに見ていたが、男性担当の一人が彼女に声をかけた。

「相羽さん、大丈夫ですよ。打ち合わせは無事終わったよ」

 彼女は『えっ』っという表情をして再び丁寧に謝罪した。

「相羽さんが席にいなかったので先に打ち合わせを始めちゃったんだよ。悪いね。周辺は見回したんだけど姿が見えなかったから」と飯山さんが説明した。

 飯山さんは片付けた資料を持ち直すと、そのままドアに向かって歩きながら、「大丈夫。問題なく終わったから。でも一体どこに? 」と声をかけた。

 相羽凪が少し困った顔をしているのを見て俺は『せんせー! この人、打ち合わせをサボって僕たちの椅子をどこかに隠しに行きましたあ』と心の中で告げ口した。


 しかしどういうことなんだ。

 今、この目の前にいる内気な雰囲気の相羽凪と、昨日俺に卓越した毒舌を披露し、先程俺たちの椅子を掻っ攫ってフロア奥に消えていった相羽凪の雰囲気がどうしても一致しなかった。


 俺がそんな拭いきれない違和感に戸惑っていると、彼女の小さな声が聞こえた。

「はい…… 気がついたら地下の備品管理庫にいました。でも、どうしてそんなところにいたのか…… 解らなくて……」

『えぇぇ! 地下にまでわざわざ椅子を封印しに行ってたのかよ! どんだけ厳重なんだ!』

 その容赦ない行動に恐怖しつつ心の中でツッコミを入れた。


 心の中で精一杯の野次を飛ばしながらも、彼女の困り果てて少し泣きそうな顔を見ていると、疑問は大きくなるばかりだった。

 猫かぶり? 二重人格? もしくは一卵性双生児の双子姉妹で、誰にも秘密で入れ替わりながら仕事してるとか? 

 一番可能性のありそうなのは『猫かぶり』だが、この落差と性能を持つ猫は、そんじょそこらではお見かけできないくらい超高性能だ。俺の鋼鉄クールといい勝負だ。

 自分で言っててここまで悲しくなるのも珍しい……


 飯山さんは少し考えて「……そうですか。まあ別にそれ程重要な打ち合わせじゃないから、気にしなくてもいいですよ」と気を使った様子で相羽凪に声をかけたが、すぐに『あ、しまった』という顔をした。

 俺も向野と顔を合わせながら『それ程重要な打ち合わせじゃない』という実も蓋も無い表現に驚いていた。


 飯山さんは軽く頭を掻きながら、この失言はマズイなあという表情を浮かべた。

 そして思い出したように「あっ! 相羽さん、打ち合わせは終わってしまったけど、なぜかこの部屋から椅子がなくなってしまっていたんだよ。だから申し訳ないけど椅子を調達してきてもらえるかなっ? 」と告げると、逃げるように退室していった。



 残りの担当者も相次いで退室し、室内に俺たちと相羽凪の三人が残った。

 俺と向野はお互いに『どういうことさ? 』という表情を向き合わせて自虐的に笑った。

 それを見た相羽凪は、今のやりとりをあまり理解してなさそうではあるが、とりあえず俺たちに合わせてちょっと困ったような笑顔で笑った。


「では、急いで椅子を用意してきますので少々お待ちください」

 こちらに軽く会釈した彼女を見て、自分で片付けてすぐに、また自分で準備するなんて、忙しいことだと思いながらも、「あ、椅子を運ぶのは大変だと思いますので、場所さえ教えていただければ私たちで運びますが」と言って、部屋を出て行く彼女を引き止めた。


 正直、俺はまだ相羽凪に対して尋常じゃない恐怖を覚えているのだが、どうしてもこの態度の違いを確かめたかった。

 彼女は「え?」とこちらを振り返り、少し考えると髪を耳に掛けて整える仕草をしながら「あ、ですが、備品管理庫まで行くには社員のIDカードが必要になる場所がありますので、やはり私が行きます」と答えた。

 先程の失敗で気持ちが落胆しているのか、更に声を小さくしながら「それに備品管理庫に椅子があるかどうか、はっきり覚えていないので探さなくてはいけませんし…… お気遣いありがとうございます」と言って丁寧にお辞儀した。


「もしも御社の規則で社員の方の同伴者がいれば、我々来賓もフロアを移動しても問題ないようでしたら、お手伝いさせていただけませんか?」

 こちらもしつこく食い下がる。

 これは既に親切の押し売りで迷惑になっているかもしれない。そんなに気になるのか? 俺。


 『でも… 』と、どうするべきか悩んでいるような彼女を見て、無意識に言葉が漏れた。


「相羽さんがドアを開ける係で、私が探し物を見つける係」


 『あなたと』 『わたし』と軽く指差しながら彼女を見た。

 彼女は『えっ?』と顔をあげてこちらを見た。

 俺は調子に乗って「今なら特別に品物の配送も無料で承ります! 体格に不安があって、力仕事が苦手なあなたも安心! この真木坂が厚い胸板、熱いハートで責任を持って輸送いたします!」と目を瞑りながら得意げに胸を張り、とっておきのドヤ顔で言った。別段それほど胸板があるわけでもないのだが。


 反応が無かったので、オーバーなアクションで自分の胸板を手でバンバンと叩いてアピールしたのち、ゲホゲホと咳込んで自虐アピールを追加した。うん。自分でやっておいてなんだけど、全然面白くないな…… これ……


 一連のパフォーマンスが完了すると、俺の後ろから「ハァ~~~~……」という向野の深い溜息が聞こえた。

 その溜息は彼の表情を確認するまでもなく『あ~あ~ またやっちゃったよ。この人は…… しかもそれ、ちっとも面白くないです』という落胆を醸し出していた。

 なんという雄弁な溜息。


 その雄弁な溜息でスッと冷静になった俺は、昨日の失敗を思い出した。

 今しがたのパフォーマンスがその失敗を少しも反省しないどころか、チャレンジャー精神溢れる蛮行であったことを自覚した。

 自覚してしまった俺は、足元がガクガクと震えだし、最早相手の顔を見ることなんてできなくなっていた。

 嫌な汗が顔中どころか全身をヌルリと流れていくのを感じる。


 考えろ。考えるんだ俺! なんとかこの窮地を切り抜けるんだ!

 そ、そうだ。今日は昨日と違って一人じゃない。向野という仲間がいる。

 俺は溜息が聞こえた方角に少し顔を傾けると『今だ、向野後輩! 俺にツッコミを入れてオチをつけるんだ。そして強引にこのステージに幕を下ろすんだっ! 遠慮はいらん。中途半端なツッコミは返って逆効果だからな。全力でこいよ相棒っ!』とSOS電波を送った。

 しかしその電波は受信者を見つけることが出来ずに、ただ漂う。

 溜息の方角からは最早微塵の気配すら消えていた。

 彼は自分に降りかかる火の粉にはとても敏感である。忍者か、おまえは……

 

 漂う電波が霧散したのを確認した俺は、最早これまでと覚悟を決めて彼女の顔を恐る恐る確認した。やっぱり怖いので薄目でボンヤリとだが……

 彼女は昨日と同様小刻みに揺れていた。

「ふ、ふふっ……」彼女は俯きながら僅かに笑い声を漏らした

 『ひぃぃぃ! やっぱり死ぬかも!!』 俺が恐ろしさで思わず目を瞑ってしまうと、彼女の声は堪えきれなくなって溢れだした。


「あはは あははははは」

 彼女は笑っている。


「そ、それって何かのモノマネなんですか? わたしテレビにあまり詳しくないのですが、とても面白いです。 うふふふふ」

 彼女は片手でお腹を押さえ、もう片方の手で口元を隠しながら、それでもおかしくて我慢できずに目尻に薄っすらと涙すら浮かべてクスクスと笑っていた。


 まさかまさかのマジウケである。

 状況が信じられずに、怖々と彼女を観察したが、どうやら本当に笑っているようだ。

 あっけに取られている俺に向かって彼女は「す、すいません。わたしったら…… 真木坂さんの身振り手振りや、真木坂さんの表情が」とまで言うと、思い出したのか「ふっ」っとまた噴出した。


 こう言っては自虐の極みだけど、正直自分のギャグがこれほどウケるのは想定外だった。

 でも、もしかしたら自分では気がつかなかったけど、相当ハイレベルなパフォーマンスが出来ていたのかもしれないと思い、振り返って向野に確認してみた。


「おもしろかった?」

「いえ、少しも」


 イヤイヤと顔の前で手をヒラヒラさせながら、向野は間髪入れずに即答した。

 だと思った。


 その後しばらく、彼女は持ち直しては噴き出してを繰り返した。

 経験の無い大ウケに、逆にこちらがオロオロしていると、不意に彼女が目元の涙をハンカチで拭いながら聞いてきた。


「あの、もしよろしかったら、お手伝いしていただいてもよろしいですか?」


 俺はなんとなく嬉しくなって「ええ。もちろんです」と笑顔を返した。



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