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セキュメディカ ―1―

 かすかに見えていたその白い世界も、冷えゆく意識に従って、次第に何も映らなくなっていく。ただうつ伏せに倒れて地面に当てた頬に伝わる氷のような冷たさだけが実感だった。


「疲れたな」

 ポツリと漏れ出た呟きは、この冷たい世界に残響すら残さずに、それがまるで無かったもののように、何にも気づかれないまま寂しく解けて消えていく。

 いっそ、この世界と同化してしまえば。この世界の一部となってしまいさえすれば、楽になれるのだろうか…

 世界はただ正確な作業で緩やかに、そして静かに俺を消してゆく。



「これがあなたの望んだカタチ?」



 シンと張り詰めた世界にその声は、弱々しい波動となって俺に伝わる。

 何かを伝えなくてはいけない気がする……

 でも何を伝えていいのかわからないんだ……

 ただ、その声を確かめたくて、ゆっくりと目を開き、少しだけ顔をもちあげ、ぼんやりと辺りを見回した。

 真白な空間が永遠と続く世界。

 音も、色も、無機物すらも何も無いその世界はとてもシンプルで、ある意味美しい。


 その世界では俺という微かな存在ですら、無の中に必要の無い不純物として周囲から浮きあがっている。

 世界はその絶対なる無をもって不純物を消去していく。

 削られ、剥がされ、小さくなって消え去りそうな意識の中、俺はその世界の中心を見つけた。


 この世界の中でただひとつ、碧の流光を纏ったその小さな物体は、フワリフワリと頼りなく存在しながら、ゆっくりとだが正確な口調で俺に語りかける。



「これがあなたが望んだカタチ?」

「でも… 私の中のこの小さな記憶が、それを拒み続けるの」

「これがどうして大切なのか、私にはもう解らない。それはとても弱々しくて、もう消え去りそうになっていて……」

「だから…… 私はきっと、こうしたんだと思う」


「あなたは教えてくれますか?」

「この小さな記憶の意味を」



 静寂に浮かび上がる凛然とした声を、俺はまだ受け取ることができる。

 その言葉に込められた感情も受け止めて、考えて、想像して、理解しようとがんばれる。

 それは精一杯無理をして冷静に、でも心細くて泣きだしそうな声となって俺の心に確かに届いた。


 そんなに悲しまないでくれ。

 ごめんな。今はまだ自信が無いんだ。

 でもきっと、それをなくしちゃ駄目なんだ。

 君も……。 俺も……


 俺は散り散りになった意識をかき集め、自分のカタチを再構成していく。

 それが消えてしまう前に、急いで、今すぐに伝えたい。

 しかし自分がうまく組み立てられない。

 俺はどんなカタチだったのか。もどかしくて泣きそうになる。


 頼りなく組み立てられた不完全な自分の四肢に力を込める。

 大きく息を吸い込んで、喉に作った『言葉』を体の奥に押し込めた。

 押し込んだ『言葉』に込めたつもりの感情が、不完全な体の隙間から漏れて消えていく。

 それでも今の自分で作り出せる全ての感情を掻き集めて、それを乱暴に『言葉』に詰め込んだ。

 うまく届いてくれる自信なんて無いから、ただ力一杯『言葉』を押し上げ、吐き出すように解き放った。

 せめてこの気持ちが、お前の不安を少しでも吹き飛ばしてくれたなら。



「教えてやるさ!」



………………

…………

……


 天井に埋め込まれた空調機の噴出し口から響くゴゥーという低い音に混じって、密閉されたサーバールームの中に、


「教えてやるさ! 

  ――教えてやるさぁ 

    ――――教えてやぁ……」


 と、俺の魂のシャウトが空しく木霊(こだま)していた。最後はなぜか関西弁になっていた。


真木坂(まきざか)さんが壊れた」

 その声でふと我に返って隣を見ると、サーバーPC(パソコン)のモニタを覗いてログの確認している後輩の向野(むかいの)が、片手でこめかみを挟むような仕草で眼鏡を直していた。

 向野はログの確認を続けながら、突然立ち上がって絶叫した俺を見ることもなく無表情で聞いてきた。

「もしかして居眠りして夢でも見てたんですか?」

 あれ? あれは夢、だったのか? 教えるって一体何をだ?

「顧客先での不具合対応中に居眠りとか勘弁ですよ、真木坂さん。ただでさえ解決が長引いてるせいで、先方とも微妙な空気なんですから」

 向野は未だ呆然としてフリーズしている俺に、大丈夫か? といった表情を向けた。


 そうだった。評価用に納入したウチのシステムでトラブルが発生して、俺と向野がその問題の調査の為に顧客のサーバールームにまで派遣され、現地にて絶賛原因調査中だった。

 そんな中で居眠り&寝言絶叫のコンボはさすがにマズイ。一社会人としてあるまじき失態! 先輩としての威厳に関わる一大事だ。なんとか誤魔化さなくては……

「あれ? 向野君まだ気がついてない? この問題の原因。しょうがないなぁ。教えるってのはこの不具合の原因だよ。」

「え? 真木坂さん、解ったんですか? 原因」

 ――まったくもって解ってません…… 

 その場凌ぎで自分を更に窮地に追い込む選択枝をわざわざチョイスしてしまう、このドM属性が憎い……

「もう一度ここのログ見てみ。何か気がつかないか?」

 モニタをアバウトに指差しながら、頼む。お前が見つけてくれ! そしてあわよくばそのまま解決まで持っていってくれ! という緻密且つ粗末な計画を悟られぬよう、これまでの人生でベストファイブに入るほどのクールな表情の鋼鉄の仮面を作り上げ、それを装着しつつ向野に望みを託した。


 真剣な表情でモニタを覗き込む向野の顔を、鋼鉄クールが更に真剣に覗き込む。

「駄目だ。解りません」本当に此処に原因があるんですか? とこちらを向いた向野が、俺の顔を見るなり眉間の中心に眉を寄せた。

「何故そんなに汗を掻いているんです?」

「……この部屋暑いからな」 向野から目を逸らした。

 鋼鉄クールには現在進行形の冷汗の河川が3本と、既に枯れた河川の跡が4本出来ている。

「この部屋はウチのシステムを導入しているサーバールームだから通常より低温設定になっていて逆に寒いんですが……」

 向野後輩は真実を引き出すまで容赦しない方針である模様。


 そう。ここはサーバールーム。セキュリティーや構成上、他の区域とは隔離され、区域の周りを透明な特殊なパーティションで囲って密封し、室内環境を一定に保つよう設計され完全な個室となっている。その室内は、幾台もの重要なサーバーPCや周辺機器を熱から防ぐ為、室温調調整が行われ常に低温に保たれている。

 更にウチのシステムを組み込んだ環境は、通常のシステムよりも発熱が高いため、一般のサーバールームよりも室温を低く保たなくてはいけないのだ。


 チラリと壁の室温計を見ると十五度を示している。

 要するに寒いのだ。

 俺は道産子だ! と華麗なる嘘で誤魔化そうと考えたが、この室温だと南極生まれだとでも言わないと通用しないだろう。そして悲しい事に俺はどう見てもペンギンには見えないだろう。


「ごめん。俺も解ってません。口からデマカセ言いました。居眠りしてすみません……」

 観念して頭を下げた。鋼鉄クールがペリンとちゃちな音を立てて割れ落ち、現れた素顔の目尻の辺りから新たな2本の河川がキラキラと流れた。

 向野は表情を変えずに「別にいいです」と言ってくれたが、眼鏡を直す仕草だけで遺憾の意を表明する技を繰り出してきた。

 

 向野 拓也は俺より六歳年下の二十八歳で、職制上では部下にあたる。仕事は迅速にこなし、勤務態度は真面目。身なりも決してお洒落ではないが清潔感がある。一見模範的な社員と言えるのだが、俺としては何かちょっと物足りない。

 彼は主張しない。極力自分の意見は言わないのである。割り切っているとも言えるが、悪く言ってしまえば“冷めている”のだ。

 俺がこの部署に配属されてから三ヶ月が経過したが、未だ俺の中での彼の人物像は“希薄”なのである。


 ふと腕時計を確認すると午後六時になろうとしていた。

「悪い。ちょっと顔を洗ってくる」

 首にかけた外部来賓用のIDカードをドアにかざしサーバールームのドアを開け室外に出ると、サーバールームとこのフロアの室温の違いから、ムッとした温い空気が肌にかかった。


 サーバールームを有するこのフロアには情報処理課も含まれているようだ。

 フロアには透明なパーティションで囲われた広いエリアがあり、その中では業務用のヘッドセットをつけた数十人のオペレーターが忙しそうに電話対応を行っている。

 ふと通路に目をやると、フロアの壁にはこの会社のポスターが飾られていた。


 医療機器の総合メーカーとして国内有数の規模を誇る『株式会社 セキュメディカ』。

 近年、介護医療の統合システムの販売に力をいれていて、個人向けの介護システムをオンライン化してサーバーにて管理、運用する統合システムを売り出している。


 『セキュメディカ』が計画している次期オンラインシステムの中核に、我社が新開発した画期的なAI搭載サーバーシステム『AFIF AS3000S』が採用されたのが今から三月前の三月で、以降両社での各種テストを経て、現在現地での運用評価テストが実施されている。

 

 壁のポスターのひとつにこんな宣伝文句(コピー)があった。

「介護は新ステージへ。コストダウンの究極形!」

 気のせいか、心が少しギトついて鈍くなるような感覚を覚えた……


 あまり考えずにそのまま廊下に出て洗面所に向かい、この室温が適温に感じられたころに不意に後ろから声がした。


「まだ解決できないなんて、無能なのね」


 ギクッとして振り向くと、そこにはひとりの女性が立っていた。

 昨日初めて不具合対応に訪れた際に、我社とセキュメディカのそれぞれの担当総勢十数名が立会い、打ち合わせ兼顔合わせをおこなったが、その時にセキュメディカのシステム担当のひとりとして席についていた、たしか名前は――――

 ん~、忘れてしまった……

 しかし、確かに彼女の顔やスラリとしたスタイルは記憶に残っているんだけど、どうも昨日とは印象と雰囲気が一致しないような……

 バクバクした心臓と、混乱した頭を落ち着かせて言い訳を考える。

「申し訳ありません。現在全力で問題の解明に取り組んでおりますが、現時点では原因の特定には至っておりません」

 突然の直球に驚いてしまい、場当たり的な汎用性全開の言い訳をして頭を下げてしまった。

 彼女は胸の前で腕を組むと、スッと一歩近づいて顔を少しだけ傾けて無表情のまま言った。


「居眠りしてた割には余裕があるのね。もしかして瞑想して悟りでも開いてくれて叫んだのかと無駄な期待をしたのだけれど」


 彼女は彫刻のように美しく静止して、無表情のまま俺の目を見ている。

 しかしその無表情とは別物のように、瞳だけは侵略するかの勢いで俺の目を覗き込んでいた。

 俺はその全てを見透かすかのような無感情な瞳と、ただ透明な印象の彼女の雰囲気と、何よりその言葉の容赦のなさに、更に激しく混乱した。


 超見られてた! こ、こ、これは非常にマズイ! なにか対処しなければ!

 しかし俺のCIC(戦闘情報司令室)は彼女の不意打ちの毒舌ミサイルによって大混乱しており、最早的確な対処が不可能な状態となっていた。っていうか、彼女ってこんな横柄な態度だったっけ? 昨日の打ち合わせの段階ではそんなことはなかったはずなのに……

 と、とにかく何か対応しないと!

 しかしあまりの状況に何も答えを出せずに只々申し訳ありませんと頭を下げるのみだった。


「――この程度の問題は早急に片付けてもらわないと困るわ。あなたの能力ならたいして難しいことではないでしょう? それとも……」 彼女は語尾を濁した。


 ん? なにか期待されている?? それとも落として持ち上げる作戦なのか?

 混乱するばかりで、ひたすら頭を下げて謝罪しているだけの俺を持ち上げても何もでないぞ?

 というか、居眠りを目撃されていたんじゃ、弁解のしようも無いんだけど……


「今日は時間なので帰ってもらって結構。帰社して相談するなり対策を練るなりして出直すことね。これ以上長引くとあなたの無能さ加減に失望して、あなたにきつくあたってしまいそうよ」


 彼女はまるで無自覚の素のままで、小さな溜息の後にサラリとキツイ毒を吐いた。

「は、はい。申し訳ありませんでしt」というミュート音声を搾り出すのが精一杯だった。

 こ、これでもまだきつくあたっているという自覚が無いとなると、これは明日中に解決できない場合、俺は彼女の毒によって自信消失のあまり溶けて消えてしまうかもしれない。

 今の状態でさえ自分を“できる奴ランキング”のピラミッドで、チンパンジーと同ランク帯に格付けしてしまうくらいダメージを受けているって言うのに…… 

 こうなったらなんとか友好関係を少しでも向上させてお互いに円滑に仕事できるような雰囲気を作り上げないと。


 俺はペコペコと前後に動く頭を止め、少し顔を上げて彼女を素早く分析した。

 腰のあたりまで美しく伸ばされたロングの黒髪は、このやや暗い廊下で見てもその瑞々しい艶が分かるくらいである。年齢はというと、冷たいながらも、どことなく幼く感じさせる不思議な顔立ちをしているからわかりづらいが二十三~四?くらいか。身長は普通。百六十あるか無いか位だろう。黒のパンツスーツに白いブラウスを涼しくスリムに着こなしている。

 うん。スリムな美人だな。


 以上の観測結果を素早くCICに送り、俺は最善の対応を待つこと0コンマ三秒。今この失われた信頼(この様子では元からあったかどうかすら怪しいが)を回復するために必要なミッションがCICより伝達された。 応急的にでもCICが復旧してくれてよかった。

 室内に戻ろうとする彼女の背中に「あのっ!」と声をかけて呼び止めた。

 彼女は顔だけをわずかにこちらに傾けて、「何?」という言葉の代わりに虫けらを見るような慈悲に満ちた視線を差し込んできた。

 彼女の口から戦略的対精神用ミサイルが発射されるよりも早く、俺はそのミッションを実行した。


 前髪を軽くかきあげる振りをしながら、実際には顔中に流れている汗大河を、さながらマジックのように拭き取ることに成功し、深夜テレビの外国の通信販売に出てくる敏腕バイヤーのように極々自然に信頼度をアップさせるトークを繰り出した。

 

「いや~ ところでマイケル」

 彼女から放たれた冷たく鋭利な殺気がサクサクと俺の全身をくまなく貫通していく。


 ――――――いきなりスベった。

 フレンドリーを装ったそのオーバーな手振りと、気安さ演出する少し「く」の字に曲げた右足が気まずさに拍車をかけて激走し、険悪な空気は一気に深刻なレベルへと達してしまった。

 まだやり直しは利く! と涙目で自分に言い聞かせて再試行する。「ンンッ」と軽く咳払いを挟んで、今度は少し力を抜いた直立姿勢で。


「いや~ 今回の件については本当に弁解の余地もありません。反省しております。それと不具合の対応については、これから自社に戻り検討して明日改めて提示させていただきます」

「それが?」という彼女の視線を無視してそのまま続ける。

「ところで睡眠について、こんなことをご存知ですか?」

 今回の居眠りを帳消しにしてフレンドリーさをアップさせる為に睡眠についての雑学で攻める作戦である。

 ところが、こんな魅力的(?)な話題が出たにも関わらず、彼女は室内に戻ろうとしてしまった。慌てて彼女に駆け寄って話を聞いてもらおうとする。

 その気配を察して足を止め振り向いた彼女が見たのは何故か目前五十センチでレスリングの構えのように深く腰を落として両手を軽く前方に伸ばしている俺の姿だった。

 あれ? 俺何をしようとしてるの?? 話を聞いてもらうためにスマートに駆け寄って『ちょっとだけ聞いてください。これ結構面白い話なんです(キラッ)』ってやるつもりだったのに、何この姿勢。もう、直ちにでも土下座に移行することができるようなこの構えは。

 これが本能的行動の表れだとは考えたくなかったので、しょうがないからこの姿勢のまま話を続けた。


「失礼ですが、睡眠時はいつも仰向けではありませんか?」

(キラッ)を挟もうとしたが、中腰の姿勢が苦しくて歯を食いしばっていたので無理だった。

 彼女は何も答えずに汚物を見るような憐れみの視線を放った。

 今こうしてる間にも、世界のどこかで満員電車の中、突然トイレに行きたくなって決壊寸前のところを吊革を破壊する勢いで握り締めながら必死に耐えている中年サラリーマン(社内リストラ候補リストの上位ランカー)がどこかにいると思えば、そんな不幸な人と比べれば! 俺のこの状況なんてたいしたことはないと自分を鼓舞して「そうですよね?」としつこく聞いてみた。

「……ええ」と面倒くさそうに答えた彼女を見て俺は待ってましたとばかりに薀蓄(うんちく)を展開した。

「何故わかったかというとですね、お相撲さんで仰向けに寝る人は極僅かなんです。殆どの人が横向きかうつ伏せで寝るそうなんです」

 最早これがフレンドリーになれる話題である箇所を見つけることすら困難な雑学であったが、俺には止まるという選択肢はなかった。

「その理由は自分のお腹や胸の肉が内臓を圧迫して寝づらいからだそうです」死のフレンドリートークは見るまでもない結末へ向けて更に必要の無い後押しをする。

「逆に肉の少ないひとはうつ伏せや横向きには寝づらいそうです 骨が当たって痛くなるみたいですね(笑)」アハハと無邪気な笑顔を浮かべたレスリングスタイルの俺の目線の高さには、丁度彼女の『スリムな胸』があった。

 やがて彼女の体は小刻みに震えだしたが、残念ながらその『スリ胸』は、振動を伝播する物体が残念な質量しか保有していないためか揺れることはなかった。


 レスリングスタイルを解除して深呼吸した。

 作戦を達成し、その安堵感からようやく『思考力』が回復してきた。

 既に本能からは最大級の警告が発せられていたが、俺は戻りつつある自分の思考力で今回のCIC発令の作戦とその結果を考察する。

 が、途中で考察を中止し、全力で問う『CIC! 応答せよっ CIC!! CICィィィッ!!』

 応答はない。なんということだ。CICは本体思考と一緒に破壊されていて、既に正常な機能を有してはおらず、俺が緊急で拾ったのは何処の誰のものだかわからない、まさに悪意ある怪電波を受信して、それを忠実に実行してしまったのだ。


 これから起こるであろう、今回の結末の全てに耐え切るには、俺はまだ未熟で脆くて壊れやすいガラスの三十三歳すぎた。

 俺は聴覚、視覚、触覚、痛覚、第六感、その他諸々、全ての受信装置をOFFにした。(ちなみに俺は生身の人間でロボなどではない。あたりまえだがそんなスイッチなど無い)

 そしてもう一度レスリングスタイルをとり、そのまま流れるような動作で膝→手→ヘディングする部分を実にスムーズ且つ美しいフォームで地面に着地させ、最大の謝罪の証、『土下座』フォームに移行してみせた。(ここでの土下座変形フォームが少し前の説明を覆しかねない程、機能的でロボロボしかったので自分が生身であることの自信が揺らいだ)


「もっ、 申しゃあけありませんした! 」

 カ、カンジャッタ……

 心からの気持ちを込めた謝罪の言葉は、その込められた感情が言葉の中に納まりきらずに破裂して、無残にも言葉遣いのおかしい一部の若者のそれのように響いていた。

 フォームの美しさ加え、哀愁を併せ持ち、更に悲壮感をも纏い得たその土下座は、もはやひとつの完成された芸術品の域に達していたといっても過言ではないだろう(真木坂回想録より)


 空っぽになった頭のスペースに、居眠り中に見たあの夢のことが割り込んできた。

 夢の中で語りかけられた言葉を思い出し、情けない気持ちになった。

 でも、教えるっていっても、俺、こんなだよ。一体何を期待しているんだ。

 こんな俺が、一体何を教えてやれるんだろう…… 

 そもそも君は誰なんだ…… 

 

 とてもじゃないけど、考えても何も解りそうにない。

 今はせめて、この姿だけは君に見られなくてよかったと安堵した。



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