第五区切り
二人の母さんは何が何だか分からない様子だった。
どちらも、不安と恐怖が入り混じった顔をしていた。
「え、な、何? 何なの?」
と、ベットにいる母さんが言った。
俺には二人にどう説明したらいいのか分からず、とりあえず、台所に行って話し合おうとだけ提案した。
母さん二人は互いに距離を置きつつも、お互い相手の顔ばかりを見ていた。
『どうみても私よねぇ……』といったところだろうか。
台所に行くと牛乳の匂いが立ち込めた。
そういえば、そのままにしてきてしまったのだった。
片付けなければ――そう思ったちょうどその時怒声が耳を劈く。
「楓! なんでそのままにしておくの! 臭うんだからきちんと片付けておきなさい!」
二人の母さんが同時に言った。
俺が唖然としていると、二人の母さんも互いに驚いたらしく顔を見合わせている。
「あ、うん。ごめん……」
俺は、とりあえず謝罪の言葉を述べておいた。
風呂場のほうから雑巾を取ってきてこぼれた牛乳を拭いた。
その間、二人の母さんは立っており、困惑した顔をしていた。
「座ったら?」
テーブルには、椅子が二つしかセットされておらず、母さんと俺で座る場所が決まっていた為、二人して同じ席に座ろうとしていたので、俺のところも使っていいからと言っておき、俺はその間せっせとこぼれた牛乳を拭いていた。
「まだ臭うわね」
一人の母さんが言った。
別に嫌味ではないのだろうが、確かにまだ台所には牛乳の臭いが立ち込めていた。
綺麗に拭いたんだけどな……。
俺が座る椅子はないので、少し離れた所にあるソファに俺は座った。
立っているべきかとも思ったけど、これといって立っておく意味はないだろう。
さて、改めて二人の母さんの方を見る。
どちらもまるで生き写しのようにそっくりだった。
母さんの子供である俺が見ても、どっちが本物であるかなど分かりはしなかった。
長い沈黙が続く。
二人の母さんは、この奇妙な光景にただ黙っている事しかできないようだ。
ただ、俺の方を見て、説明を求めるような目を向けていた。
俺は、この状況を説明すべきか悩んだ。
それに、言おうとしたところで、俺は明確にこの母さん二人に伝えられるだろうか。
また、母さんは理解できるのだろうか……。
壁に掛けられた時計を見ると、時刻は一時になろうとしていた。