第十二区切り
翌日、俺が目覚めると――。
なんていうことはもちろんない。
ありっこない。
しかし、目が覚めた時刻で言うと、午後の四時過ぎだった。
いかん、つい寝すぎたらしい。
いつもの母さんなら、十二時でも容赦無く起こされていたことだろう。
いや、十二時でも大目に見てくれているといったところだし、四時なんていったら一体何が俺の身に降りかかることか恐ろしいくらいだ。
軽く、体を覆うように掛かっていたタオルケットをどかし、ベッドを降りる。
随分静かだな。
母さんたちももしや寝ているのか。下からは何の音も聞こえない。
――ッ!?
咄嗟に焦って、下の階に下りる。
下の階、リビングに誰もいない様子を見て、安堵の溜め息をもらす。
……よかった。
そりゃそうだよな。
いきなり、どっちも死んでるかもしれないなんて馬鹿なことを思った自分が実にアホらしい。
そんなことを突拍子も無く考えてしまったのは、寝起きで頭がボケているせいということにしておこう。うん。
よかった。
改めて思う。
そりゃあ、どっちも下の階にいなければ、物音などしないだろう。
やはり、二人共、空いている部屋で寝てでもいるのだろうか。
そう思い、一階にある二つの部屋を回ってみたが、母さんのどちらの姿も無かった。
同様に、二階にある、自分が寝ていた部屋ともう一つの部屋を見てみたが、いなかった。
背筋に嫌な悪寒が走る。
家の中にいないというのは、どういうことだ。
こうなると、死んだ、という可能性が捨てきれなくなるが、少なくともこの家の中にはどちらの死体も無かった。
もしくは、消えた――か。
いや、死んだにしても消えたにしても、現在の時刻はまだ夕方の四時半にもなっていない。
約束の時間であるところの、零時にはまだ余裕があるはずだ。
さすがに、自分が丸一日以上寝ていたことなどありえないし。
……ありえ……ないよな?
少しの不安を覚え、急ぎ足で階段を降り、リビングにあるテレビを点け、ニュース番組を探す。
チャンネルをいくつかいじっているうちに、ニュース番組は表示された。
良かった。休日でもこんな時間からニュースをやっている局があって。
しばらくそのニュース番組と睨めっこをしていて分かったが、やっぱり今日はまだ自分がさっきまで起きていたときから日付は変わってない。
さしもの自分も、丸一日以上寝ていることなどなかったかと安堵する。
その後に、そもそも約束の時間を過ぎていたら、自分の存在自体が消えているはずだということに気付き、何とも言えない気分になった。
普通そんな簡単なこと、真っ先に気付くだろうに、自分は何を焦っていたのだろうかと、ね……。
しかし、二人の母はどこへと姿を消したのだろうか。
家の中に居ないとすれば、当然ながら外ということになるだろうが、果たして、こんな状況で、母二人が外になど出るだろうか?
答えは言わずもがな。
「出るに決まっている」
そう。なんせ、俺の母親だ。
あの図太い神経の持ち主である母なら、このような状況だろうが、平然の夕飯の買出しにでも行ってそうだ。
玄関に行き、母の靴を確認する。
いつも履いている靴と、閉まっていた靴がなくなっているところを見ると、どうやら二人共外に出たらしい。
大人しく帰りを待っていてもいいが、その帰りがいつになるか分からないし、もしもということもある。
そうなると、俺が二人の母を捜さなければならない。
二人仲良く歩いていてくれてればいいが、それはそれで問題のある絵面になってしまう。
姿形がそっくりなのが二人一緒に並んで歩いていれば、それこそ道行く人がなんだか……な視線を向けてくるだろう。
そのくらい、母には簡単に分かることだろうし、二人仲良く並んでどこかへ、なんてことが無いことに気付いた自分がなんだか悲しい。
「くそ……。二人共探せってかよ」
自分の靴を履き、玄関を慌しく出て行く。
もちろん、施錠は忘れない。
せめて、近くの辺りをブラブラしててくれていることを願おう。