カレナイハナ
「この際、もう願いなど叶えられなくても構わん!!花を奪え!!売れば相当な金になる。売らないとしても、また咲くまで待てば願いは叶えられるだろう」
また男は訳の分からないことを言い出した。男の言っていることは不可能だろう。少年の言っていることが本当ならば、この花はすぐに消えてしまう。また咲くまで待つといっても、いったい何百歳まで行き続ける予定なのだろうか。
と言っても、男たちの動きは止まることは無い。もう、私が体を張るしかないようだ。今更この世に未練などないし、最後の望みも叶えられた。もともと私はこの後、“大きな旅”に出る予定だったのだ。自分のためだけよりも、誰かのためのほうが、よっぽど格好がいいだろう。
「ねぇ」
そう覚悟を決めていたとき、突然少年に腕を掴まれた。驚いて少年の顔を睨みつける。この人数では勝ち目は無い。私は少年に早く逃げてもらいたかった。
「なんだ。早く逃げればいいだろう?私のことはいいから!!」
「君は、約束を守ってくれる?」
何を言っているのだ。今はそれどこではないのに。男たちとの距離はもうあまり遠くない。今すぐに逃げ出さなければ、意味が無いだろう。
「君は、この花を、守ってくれる?」
さっきの話の続きなのだろう。今はそれに構っているどころではない。しかし、少年もとても必死な様子で語りかけていた。だからわたしも、必死で答えた。なるべく早く、少年が納得して、逃げてくれるように。
「守る。絶対に守り続ける」
「信じてくれる?」
「私は最初から信じてた」
「この花を、未来へ咲かせてくれる?」
「ああ、もちろん!」
私はずっと男たちを睨みながら、答えていた。護身用に持っていた小型のナイフを握り締める。男たちは花を奪うためなら何でもするような雰囲気を持っていた。このままだと少年も一緒に殺されてしまうかもしれない。
「いいかげん、早く逃げて―――」
「ありがとう」
そう言って、少年が私の手を掴んだ。驚いて言葉を失った私に、また語りかける。
「種を託されて何百年と、ボクは花を見守り続けた。ボクには花の声が聞こえる。『君と共に在りたい』と。これでボクは安心できた。君には全てを任せられる」
「それって―――」
疑問を言葉にする前に、指を掴まれた。優しく、力強く。ゆっくりと花びらに近づけていく。
「安心して。君はボクとは違うから、時に捕らわれることはない。普通の人として生きて、人として一生を終えることができる。ボクが頼みたいのは、この種を植えてくれること・・・」
あと数センチで花びらに触れる。そのときに、少年はやっと指を離してくれた。少し俯いて、言葉を一つずつ選ぶように、ゆっくりと口を動かす。
「この花が種に戻るとき、ボクはきっと消えてしまう。それはしょうがないことなんだ。でも君は救われる。この花と共に、“永遠”を生き続けられる。だから、最後はせめて、一緒に終わらせて」
少年の指も花びらに触れるか触れないかの際どい位置で浮いていた。ゆっくりと顔が持ち上がり、目線がぶつかる。弱く揺れる瞳に見つめられて、私の決心は付いた。
「わかった」
そう言って、少年の指に触れる。小さな面積から、人の温かさが伝わってきた。そして、そのまま花びらの淵に、指を優しく落とした。
突然、強い光が花から溢れ出した。響く音はあまりに大きすぎて、聞こえないほどだった。まるで今まで溜めてきた何百年の時を、全て弾き出しているようだった。気付いたらその花は私の手の中にあり、片手ではとても耐えられない重さになっていた。そっと両手で抱きしめるように持ち替えると、少年の姿が無くなっていることに気付いた。
「―――優しい人よ。ありがとう」
もう、何度目かになる言葉だった。その一つ一つに伝えきれない思いが詰まっていて、それはどんどん大きくなっていく。そして、これが少年の最期の言葉だった。
光はさらに強くなり、世界は真っ白に染まっていった。周りの景色も、男たちも、自分の手さえも、もう肉眼では捉えることができない。ただ、その手に触れる存在が、花の形から小さな種に変わっていくのは、しっかりと分かった。
そして、もうなにも分からなくなった。男たちがざわめき、何かを叫んでいるのも、驚いた動物たちが鳴き声を上げているのも、自分が今、どんな顔をしているのも。私はなにもかも曖昧に消えていき、その小さな種だけを、しっかりと、握り締めていた。




