第5話 夜の始動
夜の大通り。
一時停止するネイビーブルーの緊急車両――その車内。
助手席に乗るサーモンピンク髪の少女が、
保安のチャンネルがチカチカする度、ノイズが入る度、警務受信機を注視していた。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ……廣目さんなら、できるできる」
目線が、そう言う運転席へと移る。
ハンドルを握る紫黒髪の少女は、対照的に落ち着いていた。
(さすが落ち着いてるなぁ……)
(異国っていうのもあるけど、アタシは普通に緊張するって)
「でもっ、日本語も完璧じゃないし……」
「大丈夫!大丈夫!」
車両がゆっくりと動き出す。
沙与はそう言うけれど――瑛梨は、数分前の地下駐車場でのやり取りを思い出していた。
⸻
「乗って」
「あ、はい」
立ち話していた位置から交差する様に沙与が右、瑛梨が左に行こうとする。
が、互いの体がバッテング。
何故なら瑛梨が鍵を取ろうとしていたからだ。
「何してんの!?」
「いや運転を」
「ダ、ダメに決まってんじゃん!」
沙与が鍵を持つ右手を素早く引っ込めた。
「しばらく廣目さんは助手席っ!!」
「……え?」
「当たり前でしょう。左通行のアメリカの子をいきなり日本の道路で運転させたりしないよ。
そっちは助手席ね」
運転席のドアがバンっと閉まる。
「……あ。
そっか、右ハンドル右通行か。はい!」
ワンテンポ遅れて助手席へ乗り込んだ。
⸻
瑛梨がシートベルトをしたところで、車両のエンジンがかかる。
車としての計器はもちろんのこと、保安の車両として必要な警務受信無線機や通信機等も一斉に電源が入り、ダッシュボード全体が一瞬明るくなった。
「当番勤務は四日に一度。勤務時間は17時半〜翌朝9時までの12時間。
私達、特視の仕事は――東京都全域の治安維持。
その中で当番は、その日割り振られた区や地域を密行=巡視し、事件・事故が起きればその現場へと急行し初動捜査にあたる……分かった?」
「はい……!」
まだ車は駐車場を出ない。
エンジン音だけが、静かに響いていた。
瑛梨の返事に沙与は頷くと、
「それと、出立する前にコレを言わないと」
こう言ってマイクを握る。
「司令センター、どうぞ」
彼女の声色が先輩から職務へと変わる。
『司令です。どうぞ』
「第六特命巡視捜査隊・岡本班、毘乃木です。
これより夜間当番勤務による港署管内重点密行に入る。どうぞ」
『……密行了解。車両番号をどうぞ』
「603です。どうぞ」
『……特視603了解。ご安全に』
マイクを戻した沙与が、アタシに笑う。
「覚えてね。帰りは言ってもらうから。
よっし、行こう」
……うん。こんなスラスラ日本語出てこないよ。
瑛梨の不安とは裏腹に、パーキングブレーキが解除された。
回想から戻るように、ぽつりと呟く。
「帰着……言えるかな」
一拍。
今更思い出して、不安になってきた。
その時――
受信機がザザっと動く。
一瞬、空気が変わる。
『司令より各局』
来た――。
『港署管内にて通報』
『黒のセダン、信号無視を繰り返し逃走中』
一拍。
『運転者、ジェミニの可能性あり』
ここまで聞けば、交通警ら隊の領域だ。
こっちの出番じゃない。
――でも。
『違法薬物"skeleton"使用の疑い』
この一言で、動く隊が変わる。
――特視の案件だ。
瑛梨が取るよりも早く、沙与がマイクを取った。
迷いのない、手慣れた動き。
「了解。特視603、急行します」
向かう先は、保安港署。
アクセルが踏み込まれる。
瑛梨の手が、反射的にスイッチを叩く。
夜を――赤色灯が切り裂いた。




