間に合わなかった夜
春めく新宿駅は、
誰も彼もパステル調だなぁ――いや、自分も含めて。
忙しい音だけが、少し浮いている。
(待ち合わせにちょっと早く着き過ぎちゃった)
18時半集合だったはず。
背中まである紫黒の髪を軽く整え、
私は格好を見直した。
ベージュのショートコート。
青色のシフォンブラウス。
レースの白いスカート。
淡く黄色の靴下。
――――どこから見ても、普通の16歳。
ちょん、とおろしたてのベージュのブーティを揃える。
この姿勢、どうにかならないかな。
これじゃあ「訓練された人間です」って
明かしてるようなものだ。
つい届く足音から機嫌を探ろうとする癖も……
本当に、やめたい。
だって今日は、4月1日。
私の誕生日。
久しぶりに一貫校の友達とご飯なのに。
ブブ、と。
スマホが震えた。
檸檬色のポーチバッグを開く。
アクアマリン色のシュシュを避けて、
端末を手に取る。
「……え?」
友達のRIRINじゃなかった。
特視隊各員――緊急非常事態通知。
【羽田空港にて爆発、怪我人多数】
――終わった。
私の誕生日。さよなら有給。
これで非常呼集は確定だ。
「毘乃木沙与保安官」
声に振り向く。
紫の瞳が車道を見る。
黒のセダン。
――相変わらず、迎えが早い。早すぎる。
「――FIELD Link Systemを使用できない?」
車体が揺れる。
道路を飛ばす黒のセダン。
加速に合わせて、街の音が後ろへ流れていく。
その後部座席で、
私は髪を結い上げながらモニターへ視線を向けた。
映っているのは、主任の岡本庄司先輩。
「そうや。
恐らくジェミニ過激派が、
偽の電子パスポートに細工しとったんやろな」
一拍。
淡い緑の瞳が、わずかに伏せられる。
「現状、復旧はむつかしい」
――そんな。
フィールドリンクシステム……
あれは警察や保安の切り札なのに。
そう浮かびかけた感情を、押し込める。
「……有人下での制圧活動、ですね」
右耳のすぐそばで、
アクアマリン色のシュシュが揺れる。
結い上げたサイドテールが、小さく揺れた。
「そやからこそ、毘乃木の耳が要る」
「了解です」
遠くでサイレンが重なる。
別方向から怒号。
靴音。
無線。
エンジン音。
――音が、増えていく。
「頼んだで、エース」
「はい……!」
もう迷わない。
⸻
新東京国際(羽田)空港――第3ターミナル。
規制線の外側ですら、
人の気配が渦を巻いていた。
泣き声。
怒号。
混乱した足音。
そのすべてを切り裂くように、
赤色灯が回る。
「第六、到着!」
車が滑り込む。
ドアが開くより先に、
外の空気が流れ込んできた。
――多い。
一瞬で把握する。
人の数。
動線。
異常な"偏り"。
「毘乃木」
低く、よく通る声。
振り向くまでもない。
「雪園隊長」
現場指揮は、この人だ。
「状況は聞いているな」
「はい。主任から」
短く頷く。
その視線はすでに現場を捉えている。
誰ひとり取りこぼさない目。
「無理はするな。だが、手は抜くな」
「……了解」
それだけで十分だった。
⸻
「各員、配置つけっ」
岡本先輩の声が飛ぶ。
一瞬で空気が変わる。
「堀宮、右動線カバー」
「了解です!」
「他班は避難誘導継続。無理に突っ込みなや!」
指示が飛び、
戦術服の隊員が動く。
そのすべてが、速い。
――でも。
まだ、足りない。
何かが足りてない。
「岡本先輩」
「ん?」
「音、拾います」
すぐに理解が返ってくる。
「……頼む」
⸻
目を閉じる。
――拾う。
雑踏。
悲鳴。
無線。
足音。
ううん……全部、要らない。
削ぐ。
選ぶ。
残す。
「……三方向」
紫の瞳を、瞼からゆっくり剥がす。
「正面エントランス奥、2名。
右通路、1名――動いてます」
「距離」
「約30m。
足音軽め……武装あり」
岡本先輩の目つきが変わる。
「ビンゴやな」
《――こちら月城》
情報捜査チームの無線が割り込む。
少し気だるそうな、
それでいて速い女性の声。
《今の毘乃木の拾った位置、当たり。
生きてた監視カメラ拾えた》
一拍。
《配置、送る。そっちの動き優先でいい》
「月城さん、助かります」
《あとでなんか奢れ》
「はい。甘いもの考えときますね」
「……行くで」
岡本先輩が一歩踏み出す。
現場の空気が、完全に切り替わった。
――第六特命巡視捜査隊制圧開始。
⸻
《A地点 エントランス制圧完了!》
《B地点、救助隊らと合流、二次行動開始!》
続々と無線が入る中――D地点 出発ロビー付近。
「あ……ママまって!」
「いいからっ!!」
避難が続く。
そこを隠れ狙う男がひとり。
銃口はぬいぐるみを拾う女の子に向いている。
「――邪魔しないで」
少女の声に男が振り返った。
その顔へ間髪入れずに拳が飛ぶ。
銃口を押さえたかと思えば、
みぞおちに衝撃が走る。
体が崩れる瞬間、
額にSIGの銃口が突きつけられたのが分かった。
「……っ」
沙与は制圧した男をまじまじと見つめた。
新ジン類=ジェミニの体にあるはずの四葉の異所性蒙古斑が、
やはり消えてる……
でも今は……
女の子が無事、
ぬいぐるみと一緒に逃げれたのならそれでいい。
「こちら毘乃木、実行役を1名確保。
連行お願いします」
⸻
目の前の風景が、
空港ターミナル内から夜景へと変わって……
終わった。無事に。
⸻
Uranusの地上4階 屋上ワークプレイス。
私は職場のこの場所がお気に入り。
だって空に近いから。
「……はぁ。私服がやっぱ楽」
いかんせん戦術服は重い。
青のシフォンブラウスに
レースの白いスカートが風にはためく音がする。
サイドテールに指を引っ掛けて、
シュシュを外した。
ファサ……と髪が顔にかかる。
赤坂サカスの遠く向こうの巨大TVモニターに、
羽田空港のリアルな映像が映ってる。
『――特殊保安組織Uranusの迅速な部隊の投入と制圧により
現場は今、落ち着きを取り戻しており』
あそこに数時間前までいたんだよね、私も。
どこか他人事な感想が頭を駆け巡る。
そんな時、RIRINが届いた。
『沙与どこ?』の後の未読RIRIN。
『ニュース見た。任務お疲れ』
『生きてる〜?』
『16歳 お誕生日おめでとう!!』
「……もうっ」
(勝手に殺さないでよ……!)
微笑ましいと同時に、
添付された画像につい指が止まる。
異国籍の友達達が囲むロウソクのついたケーキ……
苺の乗ったホールケーキ……
全部 私のリクエスト。
「……仕事が大事だもん」
そうだよ。
保安官として聖職者として邁進する……
それが大事。
自らの命を差し出しても逮捕に貢献せよ――
それが誉と教わったじゃない。
脳裏に白衣や教官姿の大人達がフラッシュバックした。
「……やめてっ。私はこの仕事が好き……好き」
頭を横に振って打ち消すと、
「ありがとう」のRIRINスタンプを返信する。
だけれど、やっぱり考えてしまう。
素直に正直な16歳の本音としては……
「誕生日ケーキ、食べたかったなぁ」
直後、近くの時計が24時を告げる。乾いた鐘の音が、夜に溶けていく。
――間に合わなかった。ただ、それだけだ。




