EP 9
タロー国製品との遭遇
荒野の旅は過酷だ。
日差しは強く、風は乾いている。
だが、今のレオンたちには心強い(?)旅の道連れがいた。
『おい、そこのウサギ女。歩き方が雑だ。もっと丹田に力を入れろ』
「うるさいですぅ! 棒切れのくせに偉そうですぅ!」
レオンの腰に下がっているのは、銀色の棒状に変形した『雷霆』だ。
この伝説の武具、どうやら暇らしく、移動中はずっとキャルルの歩法やレオンの姿勢にダメ出しを続けている。
『棒切れではない。我が名は雷霆。……主よ、腹が減った。魔力を寄越せ』
「お前は燃費も悪いのか……」
レオンがため息をついた時、前方を先行偵察していたヴォルトが「キュッ!」と声を上げて戻ってきた。
彼が示す先には、一台の馬車が停まっていた。
車輪が泥濘にハマり、牽引獣が座り込んでしまっているようだ。
「……行ってみよう。商隊なら、情報が聞けるかもしれない」
◇
近づいてみると、それは大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の紋章が入った荷馬車だった。
恰幅の良い商人が、困り果てた顔で牽引獣の頭を撫でている。
その獣は、岩のような角を持つ巨大な牛――ロックバイソンだ。
「困ったな……ここで動けなくなるとは。納期に遅れてしまう」
「何か手助けが必要ですか?」
レオンが声をかけると、商人は警戒しつつも、相手が身なりの良い(?)冒険者風の三人組であることを見て、安堵の息を吐いた。
「おお、旅の方! 実は、うちのロックバイソンが急に足を痛めてしまって……」
「診せてもらえますか? 俺は元ブリーダーで、治療の心得があります」
レオンはロックバイソンの前に跪き、スキルを発動した。
【生体構造理解】
> 対象: ロックバイソン(雄)
> 症状: 左前脚の蹄内部に異物混入による炎症。
> 処置: 異物除去および消炎。
>
「蹄の間に、鋭利な石が挟まっていますね。それが神経を圧迫している」
「なんと! 外見からは全く分からなかったが……」
レオンは懐からナイフ(雷霆に「ナイフになれ」と念じたら『チッ、小細工か』と言いつつ変形してくれた)を取り出し、器用に蹄の隙間の石を抉り出した。
さらに、手持ちの薬草水を振りかける。
「ブモォッ!」
ロックバイソンが気持ちよさそうな声を上げ、自力で立ち上がった。
商人は目を丸くし、それからレオンの手を握りしめた。
「凄い! 魔法も使わずに治してしまうとは! 君、名医だね!」
「いえ、ただの応急処置です」
「いやいや、助かったよ。これだけの荷物を置いていくわけにはいかなかったんだ。……そうだ、お礼と言ってはなんだが、これを差し上げよう」
商人が荷台の木箱から取り出したのは、見慣れない派手なパッケージの「カップ」だった。
大陸共通語ではない、異国の文字が書かれている。
「これは……?」
「東方の『タロー国』から仕入れた新商品でね。お湯を入れるだけで極上の麺料理ができるという魔法の食品さ」
レオンはそれを受け取り、絶句した。
そこに書かれていた文字は、間違いなく日本語だったからだ。
【タローヌードル 醤油味】
※お湯を入れて3分待つだけ!
「……カップラーメン、だと?」
「おや、知っているのかい? まだこの辺りじゃ出回っていないレア物なんだが」
レオンの手が震えた。
前世の記憶。徹夜続きの病院で啜った、あの塩分過多な味。
まさか異世界でこれにお目にかかれるとは。
「おじさん、これ食べられるんですかぁ?」
「ああ。ちょうど昼時だ。お湯なら……」
レオンは腰の雷霆を抜いた。
「雷霆、頼む。お湯を沸かしたい」
『……貴様、俺を何だと思っている? 神殺しの武具だぞ?』
「頼む! 最高の麺料理を作るために、お前の正確無比な熱伝導が必要なんだ!」
『……フン。そこまで言うなら、最高温度(100度)で維持してやる』
チョロい剣である。
雷霆は瞬時に『白銀のやかん』へと変形した。ヴォルトが口からチョロ火を吐いて加熱を手伝う。
3分後。
荒野のど真ん中に、醤油と鶏ガラの食欲をそそる香りが漂った。
「いただきます……!」
レオンはフォークで麺を掬い上げ、口に運んだ。
ズルズルッ。
縮れ麺の食感。化学調味料のガツンとくる旨味。乾燥ネギと謎肉のアクセント。
「……うまい」
一筋の涙がレオンの頬を伝った。
それは、失われた故郷の味だった。
「私も一口……はふっ、あぐっ! ……んんんーっ!? なんですかこれぇぇ!?」
キャルルが目を輝かせて叫んだ。
彼女の長い耳がピーンと立ち上がり、幸せそうに震えている。
「美味しいですぅ! この黒いスープ、中毒性があります! 止まりません!」
「キュッ!(ぼくも!)」
ヴォルトも麺を一本器用に吸い込み、ビビッと体を震わせた。どうやら気に入ったらしい。
あっという間にスープまで完飲した三人を見て、商人は満足げに笑った。
「気に入ってくれたようで何よりだ。タロー国には、こういう不思議で便利な品が山ほどあるらしい」
「タロー国……国王は、どんな人なんですか?」
「『サトウ・タロウ』様という、変わったお方らしいよ。平和と食と風呂を愛する賢王だそうだ」
サトウ・タロウ。佐藤太郎。
確定だ。間違いなく、日本からの転生者だ。
レオンの胸に、明確な希望の火が灯った。
「あそこに行けば、俺の知識も役に立つかもしれない」
「ああ、君の腕なら歓迎されるだろう。……ただ、気をつけてくれ」
商人の表情が曇った。
「タロー国へ向かう国境の砦には、今、ガルーダ軍が新型の『番人』を配備しているという噂だ。なんでも、ワイズ皇国から鹵獲したゴーレムを改造した怪物らしい」
「ゴーレム……」
「並の冒険者じゃ歯が立たない。迂回した方がいいかもしれんよ」
商人の忠告に、レオンはキャルルと顔を見合わせた。
迂回すれば何日かかるか分からない。追手が迫っている今、最短ルートを突っ切るしかない。
『フン。ゴーレム程度、物の数ではないわ』
ヤカンから元の姿に戻った雷霆が、強気な声を響かせた。
レオンは雷霆を握りしめ、商人に礼を言った。
「ありがとう。でも、俺たちは行きます。……どうしても、その国で確かめたいことがあるから」
カップラーメンの容器に残った温もりを力に変えて。
レオンたちは、最後の難関である国境の砦へと歩き出した。




