EP 7
決別、「辞表」は叩きつけるもの
ザッ、ザッ、ザッ。
谷底に響く、統率された軍靴の音。
現れたのは、煌びやかな鎧に身を包んだ一団だった。
「騒がしいぞ。神聖な育成所の裏で、何事だ」
隊列を割って歩み出てきたのは、黄金のたてがみを持つ巨漢――獅子耳族の男だ。
ガルーダ飛竜騎士団、第三連隊長。
その威圧感は、先程の虎耳族たちとは次元が違う。
「れ、連隊長殿……!」
気絶から目を覚ましたグレンが、這いつくばりながら泣きついた。
「あ、あの駄犬です! 奴が貴重なワイバーンの卵を盗み出し、逃亡を図ったのです! さらに、そこの外部の女と結託して我々を襲撃し……!」
グレンは腫れ上がった顔で、あることないことを捲し立てた。
保身のための嘘。だが、この国では「上位種族の言葉」こそが正義とされることが多い。
連隊長の鋭い視線が、レオンと、その腕の中の幼竜、そしてキャルルに向けられる。
「……ほう。月兎族の娘に、その青い幼竜は……」
連隊長の目が細められる。
レオンは冷静にスキルを発動し、相手の力量を測った。
【解析完了】
> 対象: ガイス(獅子耳族)
> 戦闘力: Aランク相当
> 状態: 警戒、興味、若干の疑念
>
(勝てない。まともに戦えば全滅だ)
だが、レオンは一歩も引かなかった。
彼は懐から一冊の帳面を取り出し、前に掲げた。
「嘘をついているのはグレンブリーダーです。ここに証拠があります」
「なんだ、それは」
「育成所の管理日誌です。日付を見てください。二週間前、グレン氏は私の担当していた卵を『死に卵』と断定し、廃棄命令を出しました。ここに彼の署名と、改竄された魔力測定データがあります」
レオンは淡々と事実を突きつけた。
前世の職業病で、カルテや業務日誌を正確に記録する癖が、ここで武器になったのだ。
「廃棄されたゴミを拾い、私の私財と技術で蘇生させた。……それが『窃盗』に当たりますか?」
レオンの言葉に、連隊長は帳面を受け取り、パラパラとめくった。
沈黙が流れる。グレンの顔色が青ざめていく。
「……確かに、廃棄記録があるな。だが貴様、たかが死にかけの卵一つに、何をそこまで必死になる?」
「たかが卵、ではありません」
レオンは眠るヴォルトの頭を撫でた。
「この子は、『雷撃種』です」
その言葉が落ちた瞬間、騎士団員たちの間にどよめきが走った。
連隊長の瞳が驚愕に見開かれる。
「雷撃種だと……!? あの伝説の、対魔族用決戦兵器か!?」
「はい。しかも、ただの雷撃種ではありません。私の独自の育成法により、既に成体レベルのブレス器官を持つ『変異個体』です」
レオンはグレンの焦げた顔を指差した。
「その威力は、彼が一番よく知っているはずですが?」
グレンは反論できず、ただ震えていた。
連隊長は状況を理解した。
部下の無能さが、国宝級の戦力をゴミとして捨てたのだ。そして、それを蘇らせたのは、目の前の下位種族。
「……分かった。グレンの処遇は後で決める」
連隊長はレオンに向き直り、威厳ある声で告げた。
「レオンと言ったな。その竜を騎士団に引き渡せ。そうすれば、今回の騒動は不問にし、貴様を正式な『竜飼い』として雇用してやってもいい」
それは、この国における最大限の譲歩だった。
だが、レオンは即答した。
「お断りします」
「……何?」
「この子は道具じゃない。俺の家族だ。軍事兵器として使い潰されるために育てたんじゃない」
レオンは足元の土を蹴り、声を張り上げた。
「本日付けで、飛竜騎士団育成係を辞職させていただきます。……こんな、命を数字でしか見ない職場なんて、こっちから願い下げだ!!」
それは、長年虐げられてきたレオンの、魂の叫びだった。
静まり返る谷底。
連隊長の顔に血管が浮き出る。
「貴様……ただでここを通れると思っているのか?」
「通れますよぉ。ね、連隊長さん?」
殺気立つ騎士たちの前に、キャルルがひょいと進み出た。
彼女は懐から、一枚の紋章を取り出して見せた。それは「ガルーダ王家」の推薦状の印。
「私は次期近衛騎士候補、月兎族のキャルルですぅ。この方々は私の命の恩人。もし彼らに手出しをするなら……私が王都に戻って、『騎士団は恩人を殺そうとした野蛮な集団だった』と報告することになりますけど? あと、ついでにそこの獅子耳さんの部隊全員、私が蹴り飛ばします」
可愛らしい笑顔での脅迫。
しかし、彼女の実力(とバックにある政治力)を知る連隊長にとって、それは無視できない一手だった。
今ここで、月兎族の上位種と全面戦争をするリスクは冒せない。
「……チッ」
連隊長は大きく舌打ちをし、道を開けるよう部下に合図した。
「行け。……だが覚えておけ。その竜の噂が広まれば、世界中がお前たちを狙うことになるぞ」
「覚悟の上です」
レオンは短く答え、ヴォルトを抱き直した。
キャルルが隣に並び、にっこりと微笑む。
「行きましょう、レオンさん。……私、どこまでもついていきますから!」
「ああ。行こう、キャルル」
二人は堂々と、騎士たちの間を歩き抜けた。
背後でグレンが「待て! 俺を見捨てるな!」と叫ぶ声が聞こえたが、レオンは一度も振り返らなかった。
谷を抜けると、そこには果てしなく広がる荒野と、どこまでも高い青空が広がっていた。
風の匂いが変わった。
血と錆の匂いはもうしない。自由の匂いだ。
「さて……無職になっちまったな」
「ふふ、大丈夫ですよぉ。私が稼ぎますから!」
「いや、ヒモになるつもりはないぞ……。とりあえず、目指す場所はある」
レオンは東の空を見上げた。
「東方の『タロー国』。そこなら、俺の知識と、この子の力を正しく評価してくれるかもしれない」
「タロー国! 美味しいラーメンがあるって噂の!」
「キュウ!」
目を覚ましたヴォルトも、賛成するように鳴いた。
ゴミ処理係だった男と、逃亡中のウサギ少女、そして伝説の雷竜。
奇妙で最強な三人組の旅が、ここから始まる。




