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EP 2

現代医学チート vs 異世界の常識

 王都の下町にある薬草店『緑の釜』。

 店主のドワーフは、カウンターに置かれた銀貨2枚を疑わしげに見つめ、それから目の前の犬耳族レオンをジロリと睨んだ。

「おい、アンちゃん。本気か?」

「本気です。その『月光草』を、あるだけください」

「……こいつは滋養強壮剤の材料だが、人間や獣人がそのまま食うもんじゃねえぞ。魔力当たりを起こして腹を下すのがオチだ」

「分かっています。調合に使うんです」

 レオンは短く答えた。

 店主は呆れたように肩をすくめると、乾燥した青白い草の束をカウンターに投げ出した。

 銀貨2枚。

 これで、レオンの全財産のうち、食費に回すべき蓄えが消え失せた。残るは銅貨数枚のみ。明日からの食事は、廃棄されたパンの耳か、野草で凌ぐしかない。

「毎度。……死ぬなよ、貧乏人」

 店主の言葉を背に、レオンは店を出た。

 ふところに入れた月光草の微かな温かみが、今の彼にとって唯一の希望だった。

 ◇

 レオンの住処は、育成所の敷地外れにある、かつて農具小屋だったボロ屋だ。

 隙間風が吹き込む土間。家具は粗末なベッドと、ガタつく木机のみ。

 だが今、その部屋の中心には、毛布と古着を何重にも重ねて作られた「特製保育器インキュベーター」が鎮座していた。

「よし……始めるぞ」

 レオンは買ってきた月光草をすり鉢に入れ、丁寧に磨り潰す。

 青い汁が滲み出し、独特の金属臭が鼻を突く。

 この世界では、月光草はそのまま煎じて飲むのが一般的だ。だが、レオンの視えている「正解」は違う。

【調合プロセス】

手順1: 繊維を破壊し、Ca成分を抽出。

手順2: 40℃の温水で希釈。

手順3: 卵の殻の気孔が開くタイミング(魔力周期)に合わせて塗布。

「魔法じゃない。これは化学だ」

 レオンは刷毛ハケを手に取り、灰色の卵の表面に、慎重に液体を塗っていく。

 ただ塗るだけではない。

 スキル【生体構造理解】を常時発動し、卵の表面温度をコンマ1度単位で監視し続けるのだ。

現在温度: 34.9℃ …… 低い。

「もっと温度を上げないと、吸収されない」

 レオンは革袋にお湯を入れた即席の湯たんぽの位置を調整し、自分の着ている上着さえも脱いで卵に被せた。

 自身の体温すらも熱源にする。

 夜の寒さが、薄着になったレオンの体を容赦なく襲う。犬耳が震え、吐く息が白くなる。

 それでも、彼は止まらない。

「育て。生きろ……!」

 前世で救えなかった命たちの分まで。

 ゴミだと罵られた自分自身の意地をかけて。

 ◇

 それから三日間、レオンは不眠不休で卵に付きっ切りだった。

 職場である育成所での仕事をこなし、休憩時間にはボロ小屋に戻って温度管理と塗布を行う。

 睡眠時間は二時間あればいい方だ。

 食事は水と、配給の硬いパンのみ。

 頬はこけ、目の下には深いクマができた。

 そんな彼の様子は、当然ながら周囲の嘲笑の的となった。

「おい見ろよ。あの駄犬、また休憩時間に小屋へ走ってったぞ」

「拾ってきた石ころを『竜の卵』だと思い込んで温めてるらしいぜ」

「ギャハハ! ついに頭までイカれたか!」

 同僚たちの心ない声が聞こえてくる。

 グレンに至っては、レオンとすれ違いざまに「ゴミが増える前にさっさと処分しろ」と唾を吐き捨てていった。

 だが、今のレオンにとって、そんな雑音はどうでもよかった。

 なぜなら――彼には「結果」が見えていたからだ。

 七日目の夜。

 いつものように月光草のエキスを塗り終えた時、変化は劇的に訪れた。

 ドクン。

 指先に、微かな振動が伝わった。

 錯覚ではない。確かな、力強い鼓動。

「……来た」

 レオンは急いでスキルを発動する。

 視界に浮かぶウィンドウの数値が、激しく書き換わっていく。

【再解析完了】

対象: 雷撃種ワイバーン(胎動中)

状態: 覚醒

魔力活性: 88% (正常値へ回復)

成長率: 爆発的上昇中

 灰色だった卵の殻に、血管のような青白い光の筋が走り始めた。

 まるで雷が内側から脈打っているかのような、美しい輝き。

 死に体だった「ゴミ」が、レオンの知識と献身によって、伝説の怪物へと変貌を遂げようとしている。

【診断結果】

判定: 孵化まで、あと6時間

「勝った……」

 レオンはその場にへたり込んだ。

 安堵と疲労で、視界が滲む。

 だが、その瞳に映る青い光は、この世界のどんな宝石よりも美しかった。

「出てこい。お前の最初の食事は……俺のなけなしの金貨で買った、最高級の干し肉だぞ」

 レオンは震える手で卵を撫でた。

 殻の奥から、それに応えるように「チリッ」と小さな電撃の音が響いた。

 ゴミ捨て場の片隅で、世界を揺るがす「雷神」が産声を上げようとしていた。

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