EP 8
救世主はシェアハウス!?
ファミレスを出た一行は、リーザの先導で住宅街を歩いていた。
整備された歩道。規則正しく並ぶ街路樹。
そして、目の前に現れたのは――巨大な白い直方体の群れだった。
「こ、これは……お豆腐の要塞ですかぁ!?」
キャルルが目を丸くして空を見上げる。
鉄筋コンクリート造、5階建て。ベランダには布団が干され、廊下には自転車(二輪車)が置かれている。
間違いなく、昭和~平成初期の日本の風景。いわゆる「団地」だ。
「ここが私の住んでいるマンション、『タローハイツ・参番館』よ!」
リーザが誇らしげに(しかし少し必死に)紹介する。
「ここ、凄いのよ? 水道は蛇口を捻るだけで出るし、トイレは水洗(魔法水流)だし、お風呂も追い焚き機能付き! セキュリティも万全で、変な訪問販売の人はオートロック(結界)で弾かれるの!」
「へぇ……そいつは凄いな」
レオンは感心しつつ、どこか懐かしさを覚えていた。前世で学生時代に住んでいたアパートにそっくりだ。
「さあ、入って! 101号室よ!」
◇
ガチャリ。鍵を開け、鉄製のドアを開く。
玄関には、誰の靴もない。広い土間が寂しさを強調している。
「お邪魔しますぅ……わぁっ! 広いです!」
キャルルが靴を脱いで上がると、そこには12畳のリビングダイニングが広がっていた。
床はフローリング風の魔導木材。壁紙は白。
南向きの窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
「キュウッ!(ひろい!)」
「こらヴォルト、爪を立てるなよ」
ヴォルトが嬉しそうに走り回り、畳の和室にダイブして転がり回る。
4LDK。
独り身の貧乏アイドルが住むには広すぎるが、三人+一匹が暮らすには理想的な広さだ。
「ど、どうかな……? 気に入ってくれた?」
リーザが不安そうに、モジモジと手を組んで尋ねてくる。
その瞳は「頼むから気に入って! 出て行かないで!」と訴えている。
「文句なしだ。日当たりもいいし、ヴォルトが暴れても大丈夫そうだ」
「本当!? じゃあ、契約成立ね!?」
「ああ。……で、家賃の話だが」
レオンが切り出すと、リーザが姿勢を正し、正座した。
「ずばり、月・金貨3枚(3万円)です。……でも、今の私には銅貨数枚しかなくて……」
「分かった。最初の月は俺が出そう。来月からは、キャルルと一緒に稼いで返してくれればいい」
「れ、レオン様ぁぁ……!!」
リーザはその場で平伏した。
王族のプライドは、完全にコンクリートの床に擦り付けられた。
「一生ついていきます! 洗濯でも掃除でも何でも言いつけて!」
「いや、家事は分担だ。俺たちは対等な同居人だろ?」
「うぅ……優しい……。私、男運がないって言われてたけど、最後に神様が微笑んでくれたわ……」
涙ぐむリーザ。
キャルルが「よしよし」と背中をさすっている。
◇
「さて、無事に家も決まったことだし……」
荷物を置き、一息ついたレオンは腕まくりをした。
「引越し祝いだ。何か美味いものでも作って食べるか」
「賛成ですぅ! リーザさんのキッチン、借りてもいいですか?」
「もちろん! ……あ」
リーザの表情が凍りついた。
レオンは気づかず、キッチンへと向かう。
備え付けの白い冷蔵庫。そこそこの大きさがあるファミリータイプだ。
「食材はあるか? 無ければ買い出しに……」
パカッ。
冷蔵庫の扉を開ける。
ヒュゥゥゥ……。
冷気と共に、虚無が漂い出た。
棚には何もない。
卵ポケットも、野菜室も、冷凍庫も。
あるのは、水道水を詰めたペットボトル一本と、使いかけの紅生姜の小袋(牛丼屋で貰ったやつ)が一つだけ。
「…………」
レオンは静かに扉を閉めた。
見なかったことにしたかったが、現実は非常だ。
「……リーザさん?」
「ご、ごめんなさい! 買うお金が無くて……電気(魔力)だけ通して、保冷剤代わりにしてたの……」
リーザが顔を覆う。
キャルルがキッチンの隅にあった紙袋を覗き込んだ。
「レオンさん……ここにあるのは、ファミレスで貰ってきた『パンの耳』一袋と、特売の『卵』が2個だけですぅ」
「調味料は?」
「……塩と、あと牛丼屋の紅生姜だけ……」
詰んだ。
引越し祝いどころか、サバイバル生活のスタートだ。
ヴォルトが「ごはん?」と首を傾げているのが辛い。
「パンの耳と卵か……。普通に焼いても、ボソボソして喉に詰まるだけだな」
レオンが腕組みをして悩んでいた、その時。
腰に提げていた『鉄の棒』が、カタリと震えた。
『……おい、主。情けない顔をするな』
脳内に響く、不遜な声。
伝説の武具・雷霆だ。
『パンの耳? 卵? ……上等じゃないか。最高の食材だ』
「雷霆……お前、何か策があるのか?」
『フン。俺を誰だと思っている。「万能」の雷霆様だぞ? 俺の体を使えば、その程度のゴミ食材……王宮のフレンチに変えてやる』
カシャカシャカシャッ!!
雷霆が勝手に変形を始める。
見る見るうちに広がっていく銀色の金属。
現れたのは――底が深く、熱伝導率を極限まで高めた『究極の中華鍋』。
『さあ、火をつけろ。俺が「焼き」の真髄を見せてやる』
レオンはニヤリと笑った。
頼もしい(けど口が悪い)相棒のお出ましだ。
「よし、見てろよリーザ、キャルル。……この貧乏食材で、最高のランチを作ってやる!」
キッチンに立つレオン。
手には伝説の鍋。食材はパンの耳。
異世界シェアハウスの、最初の宴が始まろうとしていた。




