EP 7
朝食バイキングと再会
タロー国の朝は早い。
ネットカフェを出たレオンたちは、眩しい朝日と、パンの焼ける香ばしい匂いに包まれていた。
「ふわぁ……よく寝ましたぁ。あの黒いマット、意外と寝心地よかったですぅ」
「ああ。さて、腹ごしらえといくか」
レオンが連れてきたのは、大通りに面したオレンジ色の看板の店。
【ファミリーレストラン タロウ・キング】
※朝食バイキング実施中:銀貨1枚で食べ放題!
「ばいきんぐ? 海賊ですかぁ?」
「好きな料理を、好きなだけ皿に取って食べていいシステムだ」
「す、好きなだけ……!? ここは天国ですかっ!?」
キャルルの目が瞬時に狩人のそれになった。
自動ドアをくぐり、店員(愛想の良いゴブリン)に席へ案内される。
店内は朝日が差し込み、明るく清潔だ。焼きたてのクロワッサン、湯気を立てるスクランブルエッグ、カリカリのベーコンが並ぶビュッフェ台が輝いて見える。
「よし、行こうキャルル。ヴォルト、お前は少し待ってろ」
「キュウッ!(にく!)」
席にヴォルトを待機させ(この国では小型の従魔は同伴OKだ)、二人は戦場(ビュッフェ台)へと向かった。
◇
キャルルの皿への盛り付けは芸術的だった。
サラダタワーを基礎工事とし、その周囲をソーセージの防壁で固め、中央にはスクランブルエッグの湖を作る。
「完璧ですぅ! これぞタロー国式・栄養要塞です!」
「食えるのか、それ……」
「余裕ですよぉ。デザートのプリンも確保済みです!」
トレーを持ってホクホク顔で席に戻ろうとした、その時だった。
キャルルの長い耳がピクリと動いた。
「ん? あそこの隅っこの席……すごい『悲壮感』が漂ってますぅ」
キャルルが指差したのは、店の一番奥、観葉植物の影に隠れるようなテーブル席だ。
そこに、一人の少女が座っていた。
青い髪をハーフアップにし、少しヨレたTシャツ姿。
彼女のテーブルに置かれているのは――
・パンの耳(無料コーナーから大量に確保)
・ゆで卵(一個)
・コンソメスープ(具なし・無料)
・お冷(水道水)
以上。
周りの客が優雅にクロワッサンやベーコンを食べている中、彼女だけが世界の終わりのような顔で、パンの耳をスープに浸している。
「あの青い髪……ああっ! 昨日の!」
キャルルが声を上げた。
少女――リーザがビクッとして顔を上げ、口からパンの耳を落とした。
「……えっ!? キャ、キャルルちゃん!?」
「やっぱりリーザさんですぅ! 奇遇ですねぇ!」
キャルルが笑顔で駆け寄る。
リーザは慌てて自分の質素すぎる朝食を手で隠そうとしたが、山盛りのパンの耳は隠しきれない。
「あ、これ、違うの! その……私はパンの耳が好きなの! ほら、ここが一番小麦の味がするというか、通の味というか……!」
「リーザさん、またお腹の音が鳴ってますよぉ?」
――グゥゥゥゥ……。
言い訳を遮るように、リーザの腹の虫が正直な悲鳴を上げた。
彼女は顔を真っ赤にして、テーブルに突っ伏した。
「うぅ……恥ずかしい……。王族なのに……アイドルの卵なのに……」
レオンはため息をつき、スキルで彼女の状態をサッと確認した。
【簡易診断】
> 対象: リーザ(人魚族)
> 状態: 慢性的な栄養失調、タンパク質不足、金欠による精神的ストレス。
>
「……見るに見かねるな」
レオンは自分のトレーを持って、リーザの向かいの席にドカッと座った。
そして、自分が取ってきたばかりの皿――ふわふわのスクランブルエッグと、肉汁滴るソーセージ、そして厚切りのベーコンが乗った皿を、リーザの目の前にスッと差し出した。
「え……?」
「食え。取りすぎちまったんだ」
「で、でも……これ、レオンさんの……」
「バイキングだぞ? 代わりなんていくらでもある。……ほら、冷めるぞ」
レオンはぶっきらぼうに言って、自分は再びビュッフェ台へと歩き出した。
残されたリーザは、目の前の「黄金色の御馳走」を見つめ、震える手でフォークを握った。
一口、卵を口に運ぶ。
バターの香りと、半熟のトロトロ感が舌の上で踊る。
「……っ!!」
リーザの瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おいひぃ……温かい……味がするぅ……」
「良かったですねぇ、リーザさん! あ、私のサラダも食べますか? 人参シャキシャキですよぉ!」
「ありがとう……うぅ、ありがとう……!」
リーザは泣きながら、それでも幸せそうに卵を頬張った。
パンの耳と無料スープで耐え忍んでいた彼女にとって、それは久しぶりの「人間らしい(人魚だが)食事」だった。
◇
数分後。
お腹も心も満たされたリーザは、食後のコーヒー(ドリンクバー)を飲みながら、深く息を吐いた。
「ふぅ……生き返ったわ。レオンさん、キャルルちゃん、本当にありがとう。この御恩は、私がトップアイドルになったら必ず……」
「いりませんよ、そんなの。……それよりリーザさん、顔色が少し悪いですが、ちゃんと眠れてますか?」
レオンが尋ねると、リーザの表情が再び曇った。
ズーン、と効果音がつきそうなほど落ち込む。
「……実は、眠れてないの」
「何か悩み事ですかぁ?」
「ううん、悩みというか……危機なの」
リーザは深刻な顔で、指を三本立てた。
「金貨3枚(3万円)。……今月末の家賃が、払えないの」
「……へ?」
「シェアハウスの同居人が全員出ていっちゃって、広い4LDKに私一人。大家さんからは『月末までに払えなければ退去』って言われてて……」
リーザはテーブルに突っ伏し、涙声で呟いた。
「今日中に同居人が見つからなかったら、私、来月から橋の下で暮らすことになるわ……」
その言葉を聞いた瞬間。
レオンとキャルルは顔を見合わせた。
ピーン! と二人の脳内で何かが繋がる音がした。
レオンたちが探しているのは「ペット可の物件」。
リーザが求めているのは「家賃を払ってくれる同居人」。
キャルルが身を乗り出した。
「リーザさん! そのお家、ペット(竜)は飼えますか!?」
「え? うん、一階だし防音もしっかりしてるから、大丈夫だと思うけど……」
「レオンさん! これです! 運命ですぅ!」
レオンもニヤリと笑った。
これ以上の条件はない。
「リーザさん。俺たちが、その部屋に住むのはどうだ?」
その提案に、リーザがバッと顔を上げた。
死んだ魚のような目に、希望の光が宿る。
「ほ、本当!? 本当に住んでくれるの!? 家賃、折半してくれるの!?」
「ああ。ヴォルトもいるし、少し多めに出してもいい」
「神様ぁぁーーっ!!」
リーザは席を立ち上がり、レオンの手を両手で握りしめた。
ファミレスの中心で、元王女が叫ぶ。
「契約成立よ! 今すぐ行きましょう! 私の(何もない)お城へ!」
こうして、パンの耳がつないだ奇妙な縁により、最強のシェアハウス生活が幕を開けることになった。




