EP 6
節約の味方! 寝泊まりカフェの夜
「……さて、今夜の宿だが」
風呂上がりの夜風に当たりながら、レオンは財布の中身を確認した。
残金は、銀貨数枚と銅貨が少々。
タロー国の物価は、ガルーダ国に比べて少し高い。普通の宿屋(ビジネスホテル級)に泊まれば、二人と一匹で銀貨5枚は飛んでしまう。
「野宿は避けたいですが、贅沢もできませんねぇ」
「ああ。だから、ここにするぞ」
レオンが立ち止まったのは、雑居ビルの3階にある看板の前だった。
【コミック&リラックス タロウ寝泊まりカフェ】
※ナイトパック(8時間):銅貨15枚(1500円)~
※ソフトクリーム・ジュース食べ飲み放題付き
「寝泊まり……カフェ? 喫茶店で寝るんですか?」
「似たようなもんだ。狭いが、屋根と壁はあるし、何より安い。それに……特典が凄いぞ」
レオンはニヤリと笑い、キャルルを連れて階段を上がった。
◇
店内は薄暗く、静まり返っていた。
壁一面の本棚には、太郎国王が翻訳・出版した漫画本がズラリと並んでいる。
レオンは受付(自動精算機)で【ペアシート(フラットタイプ)】を選択した。
「よし、部屋番号は305だ。静かにな」
迷路のような通路を進み、指定されたブースの扉を開ける。
そこは、畳二畳分ほどの狭いスペースだった。
だが、床にはふかふかの黒いマットが敷き詰められ、クッションやブランケットも完備されている。
「わぁ……狭いです! でも、秘密基地みたいでワクワクしますぅ!」
キャルルが靴を脱いでマットに転がる。
ヴォルトも「キュッ!」と鳴いて、部屋の隅のクッションに陣取った。
「意外と快適ですねぇ。これなら熟睡できそうです」
「まだ寝るなよキャルル。ここからが本番だ」
レオンは部屋に荷物を置くと、キャルルを手招きした。
「共有スペースに行こう。『ドリンクバー』の時間だ」
◇
共有スペースには、数台の魔導機械が並んでいた。
ボタンを押せば、色とりどりのジュースが無限に出てくる夢の蛇口。
そして、白く輝く冷たいクリームをひねり出すレバー。
「こ、これが……飲み放題、食べ放題ですかぁ!?」
キャルルの目が、二郎屋の時と同じくらい輝いた。
「好きなだけ持って行っていいぞ」
「はいっ! いっきまーす!」
キャルルは紙コップを手に取り、迷わずオレンジ色の液体――【タロー農園 特濃人参ジュース】のボタンを押した。
コポコポと注がれるビタミンカラー。
さらに、深皿にはバニラのソフトクリームを、プロ並みの手つきでグルグルと巻き上げる。
「レオンさん! 見てください! 三段巻きですぅ!」
「ははっ、上手いな。俺はブラックコーヒーにするよ」
二人は戦利品を抱え、狭い個室へと戻った。
◇
ブース内は、甘い香りに満ちていた。
「ん~~っ! 冷たくて甘いですぅ! 人参ジュースも濃厚! 最高ですぅ!」
キャルルはソフトクリームをスプーンで頬張りながら、交互にジュースを飲んでいる。
糖分が脳に回り、風呂上がりの血行の良さも相まって、彼女のテンションは最高潮になっていた。
「レオンさんもどうぞ! あーん、です!」
「いや、俺は……んぐっ」
口元にスプーンを突っ込まれる。冷たい甘さが広がる。
狭い個室だ。肩が触れ合う距離に、無防備なパジャマ代わりのTシャツ姿の美少女。
レオンは理性を保つのに必死になりながら、壁に設置された【魔導通信端末】を起動した。
「キャルルが食べている間に、俺は明日の仕事を探すよ」
画面に映し出されたのは、タロー国冒険者ギルドの求人サイトだ。
レオンはキーボード(魔導文字入力盤)を叩き、検索条件を入力する。
【条件:高報酬、短期、ペット可】
ずらりと並ぶ依頼。
ドブさらい、建築現場の資材運び、スライム駆除……。
どれも堅実だが、家賃(金貨3枚)を一気に稼ぐには足りない。
「……ん? これは……」
リストの最上部に、赤文字で表示された緊急依頼があった。
【緊急・Sランク指定:旧地下水路の『ヌシ』討伐】
【報酬:金貨50枚】
【備考:物理耐性あり。過去3パーティが全滅・撤退】
「金貨50枚……これなら、当面の生活費どころか、ヴォルトの餌代も確保できる」
「ふぇ? なんのうの話ですかぁ……? むにゃ……」
隣から、とろんとした声が聞こえた。
見れば、キャルルが食べかけのソフトクリームをテーブルに置き、船を漕いでいる。
満腹と糖分の摂取で、急激な眠気が襲ってきたらしい。
「ふあぁ……レオンさん……肩、借りますねぇ……」
コテン。
キャルルの頭が、レオンの肩に預けられた。
プラチナブロンドの髪から、シャンプーとバニラの甘い匂いがする。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえてきた。ヴォルトも足元ですでに丸くなって眠っている。
「……たく、無防備すぎるだろ」
レオンは苦笑しながら、モニターの光度を下げた。
肩にかかる重みは、決して不快ではなかった。むしろ、自分が守らなければならない存在の重みとして、心地よくすらある。
「(今はこんな狭い箱の中だけど……いつか絶対に、広い家に住まわせてやるからな)」
レオンは心の中で誓い、キャルルにそっとブランケットを掛けた。
モニターの青白い光だけが、三人の寝顔を静かに照らしていた。
狭くても、温かい。
節約の夜は、穏やかに更けていく。
――そして翌朝。
ファミレスでの優雅な朝食(の予定)が、まさかの再会で騒がしくなることを、彼らはまだ知らない。




