EP 5
湯けむりの出会い、人魚の歌声
露天風呂の湯気が、夜風に揺らいでいる。
お湯に肩まで浸かったキャルルとリーザは、少しの間、お互いを見つめ合っていた。
「あの……私、お邪魔じゃなかったですか?」
リーザが上目遣いで尋ねる。
青い髪が濡れて肌に張り付いている様子は、同性のキャルルから見てもドキッとするほど艶っぽい。
「全然ですぅ! もっと聴いていたいくらいでしたよ。……その歌、どこで覚えたんですか?」
「えっと……この国の王様……じゃなくて、プロデューサーの人に教えてもらったの。私の、大切な持ち歌なんです」
リーザは少し誇らしげに、けれど寂しげに微笑んだ。
彼女の視線が、ふと水面の下――自分のお腹のあたりに落ちる。
――グゥゥゥ……キュルル……。
またしても、盛大な腹の虫が鳴った。
岩風呂に反響して、隠しようがない音量だ。
リーザの顔が、茹でダコのように真っ赤になる。
「うぅ……ご、ごめんなさい! 違うの、これは……その、発声練習の反動というか……!」
「ふふ、元気な音ですねぇ」
キャルルは笑って、自分のぺたんこのお腹をさすった。
「私なんて、さっきまでもっと凄い音を鳴らしてましたよ? お風呂に入ると、カロリーを使いますからね」
「そ、そうかな……?」
「そうですぅ。生きている証拠です!」
キャルルの屈託のない笑顔に、リーザの緊張がほぐれていく。
このウサギ耳の子は、優しい。そして、どこか自分と同じ「匂い」がする。
「私、リーザっていいます。……今はちょっと、節約生活中で」
「私はキャルルです。私もさっきこの国に着いたばかりで、無職の旅人ですよぉ」
似た者同士(実際は元近衛騎士候補と王女だが)。
二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い合った。
裸の付き合いというのは不思議なもので、種族や立場を超えて、心の距離を一瞬で縮めてしまう。
◇
十分ほど温まった後、二人は脱衣所へ上がった。
体を拭き、服を着る。
キャルルは拳法着風のバトルドレスに、リーザは少しヨレた普段着(タロー国で買った安物のTシャツとスカート)に身を包んだ。
「ふぅ……さっぱりしましたねぇ」
「うん。……やっぱり、お湯はいいなぁ」
リーザはうっとりと呟いた。
故郷の海もいいが、温かい真水のお風呂はまた格別の贅沢だ。特に、今の極貧生活においては。
二人は暖簾をくぐり、休憩スペースへと出た。
そこには、魅力的な光を放つ魔導機械――自動販売機が並んでいる。
「あ……」
リーザの足が止まった。
彼女の視線は、瓶入りの飲み物が並ぶショーケースに釘付けだ。
【タロー牧場特製 フルーツ牛乳 / コーヒー牛乳 各銅貨1枚(100円)】
冷えた瓶の水滴が、キラキラと輝いて誘惑してくる。
リーザはポケットを探った。
出てきたのは、5円玉が一枚と、1円玉(銅粒)が三枚だけ。
足りない。圧倒的に足りない。
「…………(ゴクリ)」
リーザは喉を鳴らし、悲しげに視線を逸らそうとした。
その時。
チャリン、チャリン。ガコン。
チャリン、チャリン。ガコン。
小気味よい音が二回続き、取り出し口に瓶が二本転がり落ちてきた。
「あらら? 間違えて二本買っちゃいましたぁ」
キャルルだった。
彼女は両手にコーヒー牛乳の瓶を持ち、わざとらしく困った顔をして見せた。
「レオンさんはまだ出てきそうにないし……ぬるくなっちゃいますねぇ。リーザさん、もしよかったら一本、手伝ってくれませんか?」
「えっ? で、でも……私、お金……」
「お代はいりませんよぉ。お歌を聴かせてもらったお礼、ということで!」
キャルルは強引に、冷えた瓶をリーザの手に押し付けた。
瓶の冷たさが、リーザの手に心地よい。
「キャルルちゃん……」
「さあ、飲みましょう! 腰に手を当てるのが、タロー国の作法らしいですよ?」
キャルルが片手を腰に当て、グイッと瓶を傾ける。
リーザも慌てて真似をした。
――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァーッ!
「……っ!! おいひぃ……!」
リーザの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
甘い。冷たい。そして、ミルクのコクとコーヒーの香りが、風呂上がりの乾いた体に染み渡る。
パンの耳と水だけの生活が続いていた彼女にとって、それは王宮料理にも勝る、至高の甘露だった。
「ふふ、いい飲みっぷりですぅ!」
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
リーザは空になった瓶を抱きしめた。
胃袋だけでなく、心まで温かくなるような一杯だった。
「キャルルちゃーん! もう上がるぞー!」
ロビーの向こうから、レオンの声がした。足元にはツヤツヤになったヴォルトもいる。
「あ、お迎えが来ちゃいました」
「彼氏さん?」
「いえいえ! 飼い主さん……じゃなくて、相棒さんです!」
キャルルは手を振った。
「それじゃあリーザさん、またどこかで!」
「うん! またね、キャルルちゃん!」
連絡先も聞かず、二人は手を振って別れた。
広いタロー国だ。そう簡単には会えないかもしれない。
けれど、リーザは確信していた。
あの優しいウサギの子とは、きっとまた会える気がする――と。
……まさかその翌朝、ファミレスのバイキング会場で、この世の終わりのような顔をして再会することになるとは、今の彼女は知る由もなかった。




