EP 4
極楽浄土、スーパー銭湯『極楽の湯』
ラーメン『二郎屋』での激闘を終えたレオンたちは、重たい腹を抱えてネオン街を歩いていた。
目指すは、商店街の奥に鎮座する巨大な和風建築――スーパー銭湯『極楽の湯』だ。
瓦屋根の立派な門構えだが、入り口は自動ドア。暖簾には【ゆ】の一文字。
「ここが……お風呂屋さんですかぁ? お城みたいですぅ」
「タロー国自慢の保養施設だ。さあ、入るぞ」
下駄箱に靴を入れ、木札の鍵をかける。
番台で入浴料を払うと、レオンはヴォルトを抱き上げた。
「すまないなヴォルト。大浴場はペット禁止なんだ」
「キュゥ……」
「その代わり、あっちにお前専用の場所がある」
レオンが指差したのは、フロントの横にあるガラス張りのスペース。
【爬虫類・小動物専用 源泉かけ流し 預かり所】
中では、カメやトカゲ(魔獣)たちが、適温の湯に浸かってウットリしている。
「キュッ!(おふろ!)」
「ははっ、行ってこい。一時間後にロビーで集合な、キャルル」
「はいっ! のぼせないように気をつけますぅ!」
男湯と女湯。それぞれの暖簾をくぐり、二人は一時別行動となった。
◇
【男湯】
脱衣所で服を脱いだレオンは、まず洗い場へと向かった。
そこに並んでいるのは、木桶ではなく、銀色のホースが付いたシャワーカラン。
レバーをひねると、勢いよくお湯が噴き出す。
「……水圧が凄いな。ガルーダ国の王宮だって、こんな設備はないぞ」
備え付けの『タロー印 リンスインシャンプー』を手に取る。
ワンプッシュで泡立ち、柑橘系の爽やかな香りが広がる。
ラーメンの脂ぎった汗と、旅の汚れが瞬く間に洗い流されていく。
「ふぅ……。これだけで生き返る心地だ」
全身を清めたレオンは、内湯の巨大な浴槽へ。
ただのお湯ではない。ボコボコと泡が噴き出す「ジェットバス」だ。
「うおっ……!? おおお……こ、これは……」
背中に当たる水流が、凝り固まった筋肉を的確に揉みほぐす。
マッサージ師など不要。科学の力による指圧だ。
レオンは思わず、オッサンくさい声を漏らして脱力した。
だが、真の極楽はここからだった。
レオンの視線の先に、サウナ室の扉がある。
「……挑むか。『整い』の世界へ」
灼熱の室内。90度の熱気が肌を刺す。
汗が滝のように流れ出る。
限界まで耐え、そして水風呂(16度)へダイブ。
血管が収縮し、思考がクリアになる。
そして、露天スペースの休憩椅子(ととのい椅子)に座った瞬間――世界が回った。
「…………あぁ…………」
全身の血液が駆け巡り、脳内麻薬がドバドバと溢れ出す。
これがタロー国王が広めた概念、『整う(トトノウ)』。
レオンは夜空を見上げながら確信した。
この国は、軍事力など行使せずとも、この風呂だけで世界を支配できる、と。
◇
【女湯】
一方、キャルルは湯気の中で目を輝かせていた。
「わぁ……広いですぅ! 床が畳みたいに柔らかいですぅ!」
最新式の「畳敷き洗い場」に感動しつつ、彼女は自分の体を入念に洗った。
特に自慢の長いウサギ耳は、専用のトリートメントで毛並みを整える。
シャンプーの泡でモコモコになった耳を洗い流すと、プラチナブロンドの髪がキラキラと輝いた。
「さっぱりしましたぁ。……お腹はいっぱい、体はピカピカ。幸せですぅ」
内湯で少し温まった後、彼女は涼しさを求めて露天風呂への扉を開けた。
外の空気は冷たく、岩風呂から立ち上る湯気が幻想的だ。
チャプ、チャプ。
先客は少ない。
岩風呂の奥、湯気が濃い場所に、一人の少女の姿があった。
青い髪をアップにまとめ、白い肌が月光に照らされている。
そして、彼女は誰もいないと思ってか、小さな声で何かを口ずさんでいた。
「~♪ ごえ~ん、ごえ~ん、ごえ~ん……ハイっ」
「(……お歌?)」
キャルルは湯船に浸かりながら、そっと耳を澄ませた。
月兎族の聴覚が、少女の小さな歌声を鮮明に拾う。
「銅でもない~ 銀でもない~♪
狙い打つのは~ 真鍮のゴ~ルド~♪」
不思議な歌詞だ。
だが、その声は透き通るように美しく、まるで海の底から響く鈴の音のようだった。
キャルルは聞き惚れてしまった。
しかし同時に、彼女の鋭い聴覚は「もう一つの音」も拾ってしまっていた。
――グゥゥ~~~~……キュルルル……。
少女の歌声の合間に挟まる、盛大な腹の虫の音。
それは、数日前の自分(空から降ってきた時)と同じ、極限の空腹を訴える悲鳴だった。
「(あの子……歌は綺麗なのに、お腹ペコペコですぅ……)」
キャルルの中で、放っておけないスイッチが入った。
彼女は手ぬぐいを頭に乗せ、お湯を掻き分けて少女の方へと近づいていった。
「あのぉ……こんばんは、ですぅ」
「ひゃいっ!?」
少女――リーザが、驚いてバシャリとお湯を跳ね上げた。
振り返ったその顔は、儚げな美少女だが、頬が少し痩けているようにも見える。
「ご、ごめんなさい! 歌、うるさかったですか!?」
「いえいえ! とっても素敵な歌声でしたよぉ。私、キャルルって言います」
キャルルがニコリと笑うと、リーザは少し警戒を解き、恥ずかしそうに頬を染めた。
「あ、ありがとう……。私、リーザっていいます……」
これが、後の伝説的アイドルユニット『ラビット&マーメイド』の、裸の付き合いの始まりだった。
湯けむりの向こうで、運命の歯車(と腹の虫)が回り始める。




