EP 3
洗礼! 呪文は「マシマシ・カラメ」
さきほどの男(国王)に教えられた通りに進むと、商店街の一角に、異様なオーラを放つ店があった。
極彩色のネオンが輝く街並みの中で、そこだけは無骨な「黄色い看板」に「黒い極太文字」。
【ニンニク入れますか? ラーメン 二郎屋】
店の外まで漂ってくるのは、煮込まれた豚骨の重厚な匂いと、鼻を突き刺す強烈なニンニク臭。
普通の飲食店ではない。まるで魔獣の巣穴のような威圧感だ。
「レ、レオンさん……ここ、本当にご飯屋さんですかぁ? 魔女の実験室みたいな匂いがしますけど……」
キャルルが長い耳をパタンと倒して怯えている。
レオンはゴクリと唾を飲み込んだ。
間違いない。前世の記憶にある「あの店」の進化系だ。
「大丈夫だ。ここは『戦場』だが、危険はない。……たぶん」
意を決して、引き戸を開ける。
ムワッとした熱気。
カウンター席のみの店内には、無言でどんぶりと向き合う男たち(人間、オーク、ドワーフなど種族は様々)がひしめき合い、ズルズルという咀嚼音だけが響いている。
「いらっしゃい。食券を先に頼むよ」
厨房から声をかけたのは、ねじり鉢巻をした筋骨隆々のオーク族の店主だ。
レオンは入り口の券売機(これも魔導式だ)の前に立った。
【ラーメン(小) 銀貨1枚(1000円)】
【ラーメン(大) 銀貨1枚と銅貨10枚(1100円)】
【ブタ追加 銅貨2枚】
「(小)でいいか……いや、今の俺たちの空腹ならいけるか?」
レオンは震える手で(小)を二枚購入した。キャルルにはこれでも多すぎるかもしれないが、彼女は驚異的な代謝を持つ月兎族だ。
カウンターの隅に三人で座る。ヴォルトはレオンの膝の上でおとなしくしている。
そして、運命の時は訪れた。
麺が茹で上がり、オークの店主がレオンの前に立ち、鋭い眼光で見下ろしてきた。
「お客さん、ニンニク入れますか?」
来た。
これだ。この問いかけこそが、この店の流儀。
レオンは深く息を吸い込み、さきほどのパーカーの男の言葉を反芻した。
そして、淀みなく呪文を詠唱した。
「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ」
店内が一瞬、静まり返った気がした。
店主がニヤリと笑う。
「あいよ。……嬢ちゃんはどうする?」
矛先を向けられたキャルルが「ひゃうっ!?」と身を竦ませる。
彼女は助けを求めるようにレオンを見たが、レオンは目で「続け」と促した。
キャルルは覚悟を決めた。レオンさんが言うなら、それが正解の魔法なのだ。
「えっと……や、やさい……まし……ましまし……にんにく……あぶらからめ、ですぅ!」
「あいよォッ!!」
店主の野太い声と共に、ドンッ!! とカウンターに置かれたのは――料理ではなかった。
それは、**山**だった。
「…………へ?」
キャルルの思考が停止した。
丼の上に聳え立つ、白く輝く茹でモヤシとキャベツの巨塔。
その頂上には、雪のように降り注がれた背脂。
麓には、刻みニンニクの小山と、子供の拳ほどもある分厚い煮豚の塊が二つ。
麺は見えない。スープすら決壊寸前だ。
「こ、これが……ラーメン……? もはや要塞ですよぉ……」
「ひるむなキャルル。戦いは始まったばかりだ。まずは野菜の山を崩し、麺を掘り起こすんだ」
「て、天地返し……ですか?」
「そうだ(なぜ知っている!?)。……いただきます!」
レオンは箸を突き立てた。
まずはスープを一口。
ガツン! と脳天を殴られるような、醤油と豚骨エキスの暴力的な旨味。そこに化学調味料(魔法の粉)の痺れるようなアシスト。
「うっま……!」
血液が沸騰する感覚。
野菜の山を切り崩し、奥底から極太の麺を引きずり出す。
ワシワシとした食感の麺が、濃いスープを絡め取って口の中で暴れる。
「はぐっ、むぐっ……!」
キャルルもおっかなびっくり、麺を啜った。
「んんんーっ!? 味が……味が濃いですぅ! でも……お野菜がシャキシャキで、脂が甘くて……止まりません!」
ウサギの本能(草食)が野菜を求め、戦士の本能(肉食)が豚と脂を求める。
キャルルの箸が加速する。
ニンニクの辛味が食欲中枢をハッキングし、満腹中枢を麻痺させていく。
「キュウッ!(にく!)」
ヴォルトがテーブルを叩くので、レオンは自分のチャーシューの端をちぎって与えた。
パクリ。
ヴォルトの目がカッと見開き、全身からバチバチと火花が出た。
どうやら、雷竜の味覚にもクリティカルヒットしたらしい。
「ふぅ……ふぅ……!」
汗が止まらない。
食べているだけなのに、全力疾走した後のような高揚感。
パーカーの男が言っていた「飛ぶぞ」の意味が分かった。
これは食事ではない。合法的なトランス状態だ。
15分後。
「ご……ごちそうさまでしたぁ……」
キャルルが空になった丼の前に突っ伏した。
そのお腹は、ポンポコリンに見事に膨らんでいる。
レオンも完食し、冷たい水を一気に飲み干した。
「くぅ……生き返った……」
店を出ると、夜風が火照った体に心地よかった。
体中の細胞がエネルギーで満ち溢れている。
口の中はニンニク臭いが、それすらも勲章のように思えた。
「レオンさん……私、もう動けません……」
「ははっ、俺もだ。……よし、このまま風呂に行くぞ」
「お風呂!? はいっ! 汗を流して、さっぱりしたいですぅ!」
満腹の重い体を引きずりながら、三人は次なる楽園――スーパー銭湯『極楽の湯』へと足を向けた。
そこで待つのは、人参柄のハンカチを持つウサギと、パンの耳を持つ人魚の、運命の出会いである。




