EP 2
駐車場の一服、パーカーの王様
タローソンの駐車場。
アスファルトの上に設置されたコンクリートの車止めに、三人は並んで座っていた。
頭上では、誘蛾灯を兼ねた街灯がジジジと鳴っている。
「では……いただきますぅ!」
キャルルが厳かな手つきで、紙袋から『からあげ棒』を取り出した。
衣が放つ黄金色の輝き。漂うスパイスと油の香り。
彼女は大きく口を開け、先端の一つに噛み付いた。
カリッ、ジュワァ……。
小気味よい音と共に、彼女の動きが止まった。
長いウサギ耳がピンと立ち、次の瞬間、ブルブルと激しく震え出す。
「んんん~~~っ!!」
「どうした、毒でも入ってたか?」
「お、美味しいですぅ……! なんですかこれ!? 外はカリカリなのに、中は肉汁の洪水です! それに、この魔法の粉の味が、脳に直接響きますぅ!」
キャルルは頬をリスのように膨らませ、感激の涙目で咀嚼している。
この世界の一般的な料理は、煮込みか丸焼きで味付けも塩のみが基本だ。
化学調味料と揚げ油の暴力的な旨味は、彼女の味覚中枢を完全に破壊したようだ。
「キュウッ!(ぼくも!)」
「ああっ、駄目ですよヴォルトちゃん! これは私の……ああっ、一番下を持っていかれましたぁ!」
キャルルとヴォルトが一本の棒を巡ってじゃれ合っている。平和だ。
レオンはその様子に目を細めつつ、自身も至福の時間に入ろうとした。
プシュッ。
缶コーヒーのタブを開け、一口飲む。
苦味と、人工的な甘みが五臓六腑に染み渡る。
「さて……メインディッシュだ」
レオンはポケットから、先ほど買った赤と白の箱『マルボロ』を取り出した。
ビニールを破り、一本取り出して口に咥える。
フィルターの感触。タバコ葉の香り。
前世の記憶が鮮明に蘇る。
彼はポケットを探った。
右、左、ズボンの後ろ。
「…………あ」
手が止まる。
顔から血の気が引いていく。
無い。
一番重要なものがない。
「ラ、ライター……買い忘れた……」
絶望だった。
目の前に御馳走があるのに、箸がないようなものだ。
ヴォルトに頼んで火を吐いてもらうか? いや、あいつの火力調整はまだ未熟だ。顔面ごと焼かれるリスクがある。
魔法? 使えない。
また店に戻って買うか? いや、今すぐに吸いたいのだ。この数秒が待てないのだ。
レオンが咥えたタバコを虚しく揺らし、天を仰いだその時。
「――兄ちゃん、火が要るのか?」
横から、低い男の声がかかった。
レオンが振り向くと、隣の車止めに、いつの間にか一人の男が座っていた。
年齢は30前後だろうか。
ヨレたグレーのパーカーに、カーゴパンツ。足元はサンダルという、驚くほどラフな格好だ。片手にはアイス(ガリガリ君的なもの)を持っている。
「あ、すみません。……もし持っているなら、お借りできますか?」
「おう。いいってことよ」
男はパーカーのポケットから、100円ライターを取り出した。
カチッ。ボッ。
小さなオレンジ色の炎が、レオンの顔の前に差し出される。
レオンは顔を寄せ、タバコの先端を焦がした。
深く吸い込み、紫煙を肺の奥底まで満たす。
「すぅぅ…………ふぅーーーーっ」
白い煙が夜空に溶けていく。
脳内の血管が開き、ニコチンが駆け巡る感覚。
「……生き返りました。ありがとうございます」
「どういたしまして。俺も一服するか」
男も自分の胸元から『キャスター(甘い香りのタバコ)』を取り出し、慣れた手つきで火をつけた。
二人の男が並んで、紫煙をくゆらせる。
奇妙な沈黙だが、喫煙者同士に特有の、心地よい連帯感があった。
「兄ちゃん、この国は初めてか?」
男が煙と共に問いかけてきた。
「ええ、そうです。ガルーダの方から来ました」
「へえ。獣人の国からわざわざねぇ。……どうだ? タロー国は」
「驚きの連続ですよ。道は平らだし、こんな夜中でも明るい。それに……この飯とタバコがある」
レオンが缶コーヒーを掲げると、男はニヤリと笑った。
「そいつは良かった。作った甲斐があるってもんだ」
「え?」
「いや、なんでもない。……兄ちゃん、腹は減ってるか?」
男は吸い殻を携帯灰皿(これも100均グッズだ)に押し込みながら立ち上がった。
「ええ、まあ。唐揚げだけじゃ足りませんね」
「だったら、この先の商店街にある『二郎屋』に行ってみな」
男は通りの向こう、ネオンが輝く一角を指差した。
「そこに行けば、人生観が変わるラーメンが食える。ただし、注文する時は魔法の呪文が必要だ」
「呪文……ですか?」
「ああ。店員に聞かれたら、こう唱えるんだ」
男はレオンの目を真っ直ぐに見つめ、厳かに告げた。
「『ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ』……とな」
「やさい……ましまし……?」
「そうだ。その呪文を唱えれば、お前たちは『天国』へ行ける。……飛ぶぞ?」
男はニヒルな笑みを残し、パーカーのフードを目深に被ると、サンダルをペタペタと鳴らしながら闇夜へと消えていった。
ただの近所の兄ちゃんにしては、妙な威圧感があった気がする。
「レオンさぁん! 食べ終わりましたぁ! 次は何食べますかぁ?」
口の周りを油でテカテカにしたキャルルが寄ってきた。
レオンはタバコの最後の煙を吐き出し、立ち上がった。
「行くぞ、キャルル、ヴォルト。……魔法の呪文を試しにな」
「じゅもん?」
「ああ。『ヤサイマシマシ』だ」
レオンたちはまだ知らない。
たった今、自分たちに火を貸してくれた男こそが、この超大国の王、佐藤太郎本人であったことを。
そして、これから挑むラーメンが、魔獣討伐よりも過酷な戦いになることを。




