EP 10
国境の攻防、雷霆龍の一矢!
ガルーダ獣人国の東端。そこには、国境を隔てる巨大な城壁と、唯一の出口である「東の関所」が聳え立っていた。
普段なら交易商人で賑わうその場所は、今、異様な静けさに包まれていた。
「……待ち構えていましたね」
キャルルが足を止め、鋭い視線を関所に向ける。
門の前には、重武装した虎耳族の兵士たちがバリケードを築いていた。そして、その中央には――。
「グルルル……」
蒸気機関のような低い唸り声を上げる、全高5メートルほどの「鉄の巨人」が鎮座していた。
全身が黒い装甲板で覆われ、右腕には巨大なパイルバンカー、左腕には火炎放射器が装備されている。
「あれが噂の……改造ゴーレムですかぁ」
「ワイズ皇国の廃棄品を無理やり修理したって話だが、厄介そうだな」
レオンはスキルを発動した。
【解析完了】
> 対象: 重装甲ゴーレム『アイアン・ガーディアン改』
> 装甲: ミスリルコーティング鋼板(物理・魔法耐性:大)
> 動力: 暴走寸前の大型魔石
> 弱点: 胸部装甲の裏にある制御核だが、正面からの破壊は極めて困難。
>
「魔力を持たない俺たちの攻撃じゃ、あの装甲は抜けないぞ」
レオンが冷や汗を流した時、城壁の上から拡声魔法による警告が響いた。
『反逆者レオン、およびキャルル! 貴様らの逃げ場はない! 大人しくその雷竜を差し出せば、命だけは助けてやる!』
騎士団の声だ。
レオンはヴォルトの背中を撫で、一歩前に出た。
「断る! この子は誰にも渡さない!」
『……交渉決裂か。ならば、消えろ。――殺れ、ガーディアン!』
命令と共に、ゴーレムの目が赤く発光した。
ズシン、ズシンと地響きを立てて突進を開始する。その質量だけで、普通の人間ならミンチになる迫力だ。
「させませんっ! ――『月影流・鐘打ち』!」
キャルルが迎撃に出る。
音速の回し蹴りがゴーレムの脚部を捉えた。
カァァァァンッ!!
硬質な音が響くが、ゴーレムは僅かによろめいただけだ。
逆に、左腕の火炎放射器がキャルルを薙ぎ払う。
「きゃっ!?」
「キャルル!」
彼女は紙一重で回避したが、自慢の安全靴から煙が上がっている。
「硬いですぅ……! 私の蹴りでも、表面が凹むだけです!」
「キュオオッ!」
ヴォルトが援護のブレスを放つ。青い雷撃が頭部に直撃するが、ミスリルコーティングされた装甲が電気を拡散させてしまう。
「無駄だ! その機体は対魔法防御も完璧だ!」
兵士たちの嘲笑う声。
ゴーレムのパイルバンカーが、必殺の杭を打ち出す体勢に入る。
狙いは、動きの止まったキャルル。
「くそっ……どうすれば……!」
物理も魔法も通じない。
レオンの脳裏に、諦めの二文字がよぎりかけた時――腰の『雷霆』が熱を帯びた。
『……おい、主。何を迷っている』
脳内に響く、不機嫌な声。
『貴様、あの鉄屑ごときに負けるつもりか? 俺を腰に下げている意味を考えろ』
「雷霆……でも、俺には魔力がない!」
『魔力などいらんと言ったはずだ。必要なのは貴様の感情だ。守りたいんだろう? そのウサギも、チビ竜も』
雷霆の言葉に、レオンはハッとした。
守る。そうだ、俺はもう「ゴミ処理係」じゃない。
こいつらの親であり、仲間だ。
「……ああ。守る。絶対に、ここを通る!」
レオンが叫んだ瞬間、心臓の奥から熱い奔流が溢れ出した。
怒り、焦り、そして家族への愛。
それらが右手に握った雷霆へと流れ込む。
『いいぞ……その熱だ。来い、我を形作れ!』
カシャカシャカシャッ!!
雷霆が光を放ち、変形を開始する。
剣でも、鍋でもない。
レオンが前世の知識で知る、最も精確で、最も貫通力のある武器の形へ。
――現れたのは、滑車と弦を持つ巨大な機械弓『コンポジット・ボウ』。
「ヴォルト! 俺に力を貸せ!」
「キュッ!!」
レオンの呼びかけに、ヴォルトが空へ舞い上がり、レオンの肩に降り立った。
その角から放たれる全魔力が、雷霆の矢につがえられる。
「キャルル、下がっていろ!」
レオンは弓を引き絞った。
ギリギリと弦が鳴る。
雷霆の本体は『蒼穹の青』に輝き、ヴォルトの雷が矢を包み込んで螺旋を描く。
さらに、レオンの「絶対に貫く」という意志が、矢の先端を『紅蓮の赤』へと染め上げていく。
青と赤。二つの光が混ざり合い、空間がビリビリと震え始めた。
『照準固定。……派手にブチかませ、相棒!』
ゴーレムがパイルバンカーを射出しようとした、その刹那。
「いくぞ! ――『雷霆龍穿』ッ!!!」
レオンが指を離した。
放たれたのは、矢ではない。
それは、顎を開いて敵に襲いかかる、巨大な「光の龍」だった。
「ガァァァァァァッ!!」
雷龍の咆哮が、戦場の全ての音を塗り潰す。
ゴーレムのパイルバンカーごと、その巨体が飲み込まれた。
ドガガガガガガアアアアンンッ!!!!
視界が真っ白に染まる。
数百メートルの火柱が上がり、ミスリルの装甲が紙屑のように消し飛んだ。
衝撃波が城壁を揺らし、兵士たちが悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
やがて、土煙が晴れると。
そこには、胸部に風穴を開けられ、活動を停止したゴーレムの残骸と――大きく破壊された関所の門だけが残っていた。
「……やった……か?」
レオンは弓を下ろした。雷霆はシュゥゥと湯気を上げながら、元のブレスレットの形状に戻っていく。
肩の上のヴォルトも、魔力を使い果たしてヘロヘロだ。
「すごいですぅ……レオンさん……」
キャルルが目を丸くして立ち尽くしている。
城壁の上の騎士たちは、恐怖に腰を抜かし、誰も追撃の命令を出せなかった。
一撃。たった一撃で、最強の守護者が消滅したのだ。
「……行こう。道は開いた」
レオンは二人を促し、堂々と壊れた門をくぐった。
国境線の向こう側。
そこには、ガルーダ国とは違う、柔らかな風が吹いていた。
「ここから先は中立地帯、そしてその先がタロー国だ」
「はいっ! 美味しいご飯と、自由な生活が待ってますよぉ!」
「キュウッ!(らーめん!)」
朝日が、傷だらけだが誇らしげな三人の背中を照らしていた。
ゴミ係と呼ばれた男の、本当の冒険はここから始まる。




