第1章 33「会社員が辞めない理由~準備だけで勝つ男~」
全面的に自己責任でお願いします。
第33話『まだ、始めない。何もしないという選択と、やりたくなる衝動』
朝、目覚ましは鳴らなかった。
優守は自然に目を覚まし、ゆっくりと身体を起こす。
まず体重計に乗り、次に鏡の前で肩や腹回りを軽く確認する。
(問題なし。今日も安定)
太っていた頃は、毎朝が不快だった。
今は違う。
身体の状態が、そのまま判断材料になる。
キッチンに立ち、朝食を用意する。
卵、野菜、タンパク質を意識した献立。
手間はかけすぎないが、味は妥協しない。
「……うまいな」
誰に見せるわけでもない。
だが、自分の体を維持するための行動として、十分だった。
ニュースを流し見しながら食べ終え、食器を洗う。
〈無職〉
だが、優守の生活は崩れていなかった。
◆◆◆
午前中は、PCを立ち上げる。
最初に開いたのは、ECサイトの管理画面。
商品登録はすでに完了している。
説明文、価格、配送条件――
すべて整っている。
画面の端には、「公開」のボタン。
翻訳教材のフォルダを確認する。
構成、音声、補足資料。
どれも、提出して問題ない状態だ。
アプリの仕様書も同じ。
いつでも送れる。
いつでも、始められる。
(今からすぐにでも、全部動かせる状態や)
それでも、優守は何もしない。
◆◆◆
通知音が鳴る。
クラウドソーシングからの新着案件。
「即日対応可」
「急募」
マウスを動かし、ECサイトの公開ボタンにカーソルが重なる。
――クリックすれば、始まる。
だが、指は動かない。
「……ふぅ、まだや。あかんぞ、俺……」
PCを閉じ、鞄を手に取った。
久しぶりに、一人で出かける。
気分転換に、電車に乗る。
後日には、親と温泉にも行った。
働いていない。
それは、今まで働き続け、走り続けてきた大人にとって、
少しの緊張と、不安と、ストレスになる。
優守は準備段階だと認識しながらも、
働いていないことに、わずかなストレスを感じていた。
だが、この旅行で、そのストレスは消え去った。
◆◆◆
夜は、自宅に戻りノートを開く。
給付額と残り月数を書き出す。
生活費との差額。
サーバー代、ソフト代などの初期固定費。
計算は、すぐ終わった。
(正直、働かなくても何も困らんし、
始めなくても、何も困らないな)
数字は、はっきりそう示している。
優守は苦笑いしながら、ノートを閉じた。
◆◆◆
そして、改めて考えを整理する。
「準備が終わったから、始める。
そういう話じゃないんだ。
始めなくても、俺の生活は特に困らないし、変わらない。
そんな状態になった、ってだけや」
始めてもいい。
始めなくてもいい。
制度的にも、金銭的にも、時間的にも。
焦って動く理由は、どこにもない。
それが、今の彼の正しい状況だった。
(判断基準は、気分やない)
必要かどうか。
それだけだ。
そして今は、まだ必要ない。
◆◆◆
ステータス画面を開く。
《職業:無職(給付受給中)》
《活動:準備完了》
《次段階:個人事業主(予定)》
まだ、戻れる。
まだ、不可逆ではない。
◆◆◆
カレンダーを見る。
開業予定日は、すでに書き込んである。
もちろん、今日の日付には、何も足さない。
優守は、静かにカレンダーから目を離した。
「始める日は、もう決めてある。
その日まで、我慢やな」
そうして、日々は過ぎさって行くのであった。
第1章『会社員が辞めない理由~準備だけで勝つ男~』
――完
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




