第1章3「会社員が辞めない理由~準備だけで勝つ男~」
全面的に自己責任でお願いします。
第3話【回復魔法使いの物語】
床に座り込んだまま、優守は荒い息を整えようとした。
だが、呼吸をするたび胸が痛み、視界の端が暗くなる。
失血と激痛で、意識がいつ飛んでもおかしくない状態だった。
「……救急車……は……無理、か……」
スマホは見当たらない。
部屋は散乱し、倒れた本棚が出口までの道すら塞いでいる。
今の優守では、玄関まで辿り着くことすら叶わなかった。
この部屋で、今すぐ自分を助けてくれる存在など、どこにもない――。
そう思ったとき、再び視界の端にステータス画面が浮かび上がる。
《生命活動:低下中》
《対処を推奨します》
《対処方法:本を読む》
「……ステータス……」
“対処”。
その言葉が、先ほど目に留まった一冊の本と重なった。
床に転がる、古びたラノベ。
異世界に転移した主人公が、回復魔法をギルドで学び、それを武器に悪徳回復師を倒し、仲間を作り、町の人々を救いながら成り上がっていく――そんな物語だ。
「……こんなの……馬鹿みたいだよな……」
現実世界で回復魔法など、あるはずがない。
三十九年間、理屈と現実を重んじて生きてきた優守が、一番よく分かっている。
それでも――。
「……でも、ステータスなんて……もっとありえないし……
それに……もう、これしか……」
震える手で、本を引き寄せる。
左腕が悲鳴を上げ、思わず歯を食いしばった。
ページをめくる。
文字を追う。
意識が途切れそうになるたび、無理やり目を見開いた。
回復魔法の理論。
詠唱。
傷が塞がり、命が繋がる描写。
――生きたい。
ただ、その一心で読み続けた。
最後のページをめくった、その瞬間。
視界が白く染まり、ステータス画面が強く輝く。
《読了を確認》
《条件達成》
《スキル取得:回復 Lv1》
《使用方法:回復と唱える》
《注意:レベルを上げるには、続きを読み込む必要があります》
「……っ! か、回復!!」
叫ぶと同時に、胸の奥を締め付けていた痛みが、わずかに和らいだ。
血の流れが、ゆっくりと止まり始める感覚がある。
奇跡だ。
だが、確かに起きている“現実”でもあった。
「……本で……命が……助かった……?」
荒い息の中、優守は震えながら笑った。
――生き延びた。
――そして、この力は、現実だ。
本に囲まれたこの部屋で、
彼の人生は、確かに新しいページをめくった。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




