第1章 28「会社員が辞めない理由~準備だけで勝つ男~」
全面的に自己責任でお願いします。
第28話「選ぶ側に立つ」
四十二歳。
大学を卒業して、二十年。
(もうあれから、二十年か……。ずっと営業一筋だったな。
ステータスを手に入れ、スキルを上げ、資格を揃えた。
この三年は、短かった)
準備だけを見れば――十分すぎる。
優守は、独立に向けて「一つずつ」動き始めていた。
焦らない。
勢いで決めない。
まず必要なのは、正しい専門家だ。
◆◆◆
弁護士にも、得意分野がある。
離婚。
相続。
刑事。
労務。
そして――
IT・ネットビジネス・知的財産。
翻訳業は、完全にこちら側だ。
契約書。
業務委託。
著作権。
守秘義務。
海外案件。
今の自分が、離婚に強い弁護士を雇っても意味はない。
(……分からなければ、選べない。だから、見て選ぶ)
営業を続けてきたおかげで、
知り合いの弁護士は、それなりに多い。
名刺を見返しながら、
頭の中で評価を整理する。
その中から、
この分野で「筋の良い人物」だけを、さらに絞り込んでいった。
◆◆◆
その日、事前に一本の電話を入れている。
「先日、事務用品の件で伺った本堂ですが」
会社名を名乗り、
営業としての立場でアポを取る。
「少しご相談がありまして。お時間を頂けますでしょうか」
相手は、違和感なく応じた。
◆◆◆
応接室。
二回目の訪問だが、
会社の名刺は出さない。
代わりに――
「今日は、こちらを」
優守が差し出したのは、翻訳家としての名刺だった。
本名とハンドルネーム。
URLとQRコード。
シンプルで、実務向けの一枚。
弁護士は、一瞬だけ視線を落とし、すぐに表情を戻す。
「……翻訳業、ですか」
「はい。個人で。ネットを中心に副業しています」
余計な説明はしない。
盛らない。
隠しもしない。
◆◆◆
話は、早かった。
・開業届のタイミング
・個人事業主と法人の違い
・翻訳業で注意すべき契約条項
・プラットフォーム経由取引の責任範囲
・海外案件でのリスク管理
弁護士は、専門用語を噛み砕き、
現実的な線を示してくる。
(……やっぱり、当たりだな)
分かりやすい。
そして、こちらが「次に何をすべきか」を的確に示してくれる。
この人は、現場をちゃんと知っている。
「最初は個人事業主で十分です。
売上が安定してから法人化すればいい。
顧問契約は急がなくて大丈夫ですが、雛形だけは先に整えましょう。
翻訳は、著作権と守秘義務が命ですから」
どれも、正論で、過不足がない。
◆◆◆
相談が一段落したところで、優守は言った。
「正式に開業する際は、こちらから改めてご相談させてください」
弁護士は、軽く笑った。
「ええ。その時は“営業”ではなく、“依頼主”ですね」
「はい。よろしくお願いします」
それで十分だった。
◆◆◆
事務所を出たあと。
優守は、深く息を吐いた。
(これで、一つ目だ。あとは……)
会計士。
税理士。
同じように、
「分かっている人」を選べばいい。
開業は、もう幻想ではない。
確実に動き始めた、現実だ。
◆◆◆
社会的信用。
専門家。
実務の土台。
すべてが、線でつながり始めている。
あとは、いつ踏み出すか。
独立は、逃げではない。
選択だ。
そして今――
その選択をできる場所に、優守はようやく立った。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




