第1章 26「会社員が辞めない理由~準備だけで勝つ男~」
全面的に自己責任でお願いします。
第26話「信用という壁、副業という天井」
ステータス画面とスキルを手に入れてから、約三年。
副業として翻訳を始めてから、約一年。
数字は、静かに積み上がっていた。
ココナラ。
ECサイト。
両方を合わせて、月十九万円前後。
(……ここが、境目か)
それ以上は、明確に線を越える。
開業届。
個人事業主。
税務上の立場変更。
意識せずとも、自然と制限をかけるようになっていた。
依頼単価を上げすぎない。
作業量を増やしすぎない。
あえて、余白を残す。
(本気を出さなくても……もっといける。
今だって、朝から夜まで会社で働いて、
夜に少し手を動かすだけで、これだけ回っている)
それは、間違いない。
指名依頼は、明らかに増えていた。
一度評価を得た依頼主からの、継続案件。
協会経由の、間接的な問い合わせ。
英語と中国語だけでも、十分すぎるほど需要がある。
会社を辞めれば、時間が増える。
受けられる案件も増える。
収入は、確実に跳ねる。
休みも増える。
――理屈では、分かっている。
だが。
(……社会的信用、か)
優守の思考は、そこで止まる。
会社員。
それは、ただの肩書きではない。
賃貸契約。
クレジットカード。
ローン。
行政手続き。
**「安定収入がある会社員」**という評価は、
日本社会では、いまだに圧倒的に強い。
個人事業主になった途端、
同じ金額を稼いでいても、扱いは変わる。
(翻訳一本でやっていけるか、じゃない)
(“社会”にどう見られるか、だ)
スキルがあっても。
実績があっても。
数字が出ていても。
信用は、別枠で存在している。
◆◆◆
優守は、ひとつだけ条件を決めた。
「解決策が見つかれば、独立する」
「見つからなければ、会社員を続ける」
感情では決めない。
勢いでも決めない。
選択肢は、整理できている。
・法人化(ただし、初期コストと手続きが重い)
・副業制限を維持したまま、実績を積む
・一定期間、会社員と副業の二重構造を続ける
どれも、間違いではない。
だが、どれも「決定打」ではない。
(……焦る必要はない)
今は、制限の中でも、十分に回っている。
依頼は、止まっていない。
評価も、積み上がっている。
天井は見えた。
だが、まだ、頭はぶつけていない。
◆◆◆
優守は、ステータス画面を開く。
《職業:会社員(副業:翻訳)》
《月平均副収入:190,000円》
数字は、嘘をつかない。
(もう少し……様子を見るか)
会社員という殻は、重い。
だが、今はまだ、捨てる理由が足りない。
副業は、着実に「本業になれる位置」まで来ている。
あとは――信用をどう超えるか。
答えが出るまで、
優守は、両足を地面につけたまま、歩き続ける。
急がず。
だが、止まらずに。
次の一手を、静かに探しながら。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




