第1章 21「会社員が辞めない理由~準備だけで勝つ男~」
全面的に自己責任でお願いします。
第21話「生活基盤の更新」
引っ越しを考え始めたのは、唐突ではなかった。
(……そろそろ、限界だな)
今の部屋に大きな不満があるわけじゃない。
だが、優守はもう“守るもの”が増えている。
金。
情報。
環境。
どれか一つでも欠ければ、生活は簡単に歪む。
◆◆◆
休みの日。
優守は、いつも通りの服装で不動産屋を回っていた。
最近は痩せたこともあり、服も一新している。
高いのは時計と靴だけ。
あとは一般的な店や、イオンのようなスーパー内の服屋。
大阪に帰ったときには、しまむらなどの激安店でも買ってきた。
それらを、うまく組み合わせて着こなしている。
速読した本の中には、色彩や服装、コーディネートに関するものも多かった。
言っていなかったが、そちら系のスキルも、すでに身についている。
髪型も、自分に似合うものを見つけ、美容室で整えてもらった。
正直、もう四十歳には見えない。
よく「若いですね」と言われる。
不動産屋は、高級店を避ける。
駅前にある、どこにでもあるチェーン店。
「40代・独身・会社員」
その条件で説明がつく範囲。
最初から、そこだけを意識していた。
◆◆◆
物件見学。
エントランス。
共用部。
廊下。
部屋。
一つ一つ、視線を滑らせながら――
(……来たな)
優守の中で、感覚が動く。
《鑑定》
表に出る演出はない。
誰にも、何も見えない。
だが、情報だけは確実に流れ込んでくる。
――過去の事故。
――告知義務のグレーゾーン。
――管理会社が意図的に伏せた履歴。
(……なるほど)
表向きは、普通の対応だ。
「ちょっと、日当たりが気になりますね」
「音、気になりそうで」
理由は適当。
深く突っ込まない。
不自然に断らず、
ただ“選ばなかった”だけに見せる。
◆◆◆
数件目。
オートロック。
防犯カメラ。
管理体制も悪くない。
《鑑定》
――問題なし。
過去。
現在。
将来のリスク。
どれも、許容範囲。
(……ここか。今は割安だが、将来的に価値が上がるらしい。鑑定さん、ありがとう)
◆◆◆
購入。
賃貸ではなく、分譲。
だが、誰かに言うつもりはない。
頭金は、会社員として説明できる額。
少し多めだが、不自然ではない。
理由も、口にはしない。
――親の保険。
――積立。
――生前贈与。
聞かれなければ、答えない。
聞かれたら、濁す。
それで十分だ。
◆◆◆
引っ越し業者は、もちろん現実の業者を使う。
大きな家具は処分し、
譲れるものは譲った、という体で話を進める。
(実際には、アイテムボックス経由で異世界側に回した物もあるが)
ここでは、
“普通に片付けた”だけだ。
新居では、家具と家電を一気に揃えた。
冷蔵庫。
洗濯機。
電子レンジ。
ベッド。
テーブル。
どれも、一般的に選ばれる価格帯。
高級品は選ばない。
説明が必要になる買い物はしない。
(……十分だな)
仕事用の環境だけは、大きく変えた。
ノートパソコンから、デスクトップへ。
ゲーミング系で、処理速度と安定性重視。
ゲーミングチェアと、専用の机。
すべてネット購入だ。
誰かに説明する必要はない。
(……これで、作業効率は段違いだ)
◆◆◆
夜。
新しい部屋で、PCを立ち上げる。
異世界通販は、もう“作業”ですらない。
優守が寝ている間にも、向こうでは商いが進んでいる。
依頼は、お願い程度。
絶対ではない。
このサイト自体が、一種のギルドなのだ。
依頼を受けるかどうかは、こちらが選ぶ。
(量が少なくても、単価は高い……相変わらずだな)
◆◆◆
副業の一つが、静かに動き始めていた。
自作のECサイト。
管理は、優守とAI。
売るのは、この世界に存在していても不自然ではない物。
服。
雑貨。
工芸品“風”。
ハンドメイド品。
売れ始めている。
ハンドメイド品は、異世界側に依頼しているものだ。
そんなことも、今はできる。
優守は、椅子にもたれた。
新しい部屋。
新しい環境。
派手な達成感はない。
だが、確かな充実感がある。
(……更新、完了かな)
生活基盤は、一度作れば終わりじゃない。
静かに、何度も、更新していくものだ。
そして――
この環境が、次の“話”を呼び込むことを、
優守は、まだ知らない。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




