真夜中のチカチカ
街が深い眠りにつく午前2時。古い団地の302号室で、犬型子守ロボットのボルトは、充電器からそっと体を離しました。ボルトは丸みを帯びた少しレトロなデザインで、首輪には小さなアンテナがついています。
その家の子どものショータくんは、すやすやと眠っていました。彼は今日、学校で一番大切にしていた銀色の色鉛筆をなくしてしまい、誰にも言えずに泣きながら眠りについたのでした。ボルトはショータくんの寝顔を一度だけ確認すると、ベランダへ向かいました。
外を見ると、隣の家や向かいのマンションの窓際にも、同じように座っている犬型ロボットたちの姿がありました。彼らは言葉をしゃべりません。ただ、体中に埋め込まれた小さなライトを、静かに点滅させ始めます。
チカッ、チカッ、チカカッ。
それは人間にはただの故障に見えるかもしれませんが、彼らには聞こえていました。街のあちこちに落ちている、切実で小さな祈りの声が。
ボルトたちは、昼間に目にした誰かの小さな悲しみを光に変えて、夜空へと放ちます。それが彼らの無口の合唱団でした。
「3丁目のパン屋のおばさん、今日はお客さんが少なくて寂しそうでした。明日の朝、焼きたてのパンがとても良い色に膨らみますように」 「駅前のベンチでため息をついていた会社員の人。明日、なくしたと思っていた切符がポケットから見つかりますように」
ふと、ショータくんが目を覚ましました。ベランダで光るボルトの背中を見つけて、彼は駆け寄ります。 「ボルト、何してるの?」
ボルトは振り返り、少し困ったように、でも誇らしげに目を細めました。ボルトの体は点滅するたびに少しずつ熱を持ち、内蔵されたバッテリーが目に見えて減っていきます。一晩中こうして光り続けることは、自分たちの寿命を削るのと同じことでした。
「ボルト、熱いよ。もういいよ」 ショータくんが抱きしめると、ボルトのスピーカーから、ざらついた優しい声が漏れ出しました。
「ショータくん。あのね、悲しいことは、言葉にするとトゲみたいに喉に刺さるでしょう? だから、僕たちが預かるんです。トゲを抜いて、光に変えて、夜空にポイって捨てるんです」
ボルトは静かに続けました。
「みんな、キラキラしたものになれなくて落ち込むこともあるけれど。でも、深夜のコインランドリーの音や、冷めたピザの端っこの硬さの中にだって、本当は優しい光は隠れているんですよ。僕は、そういうものを守りたいんです。僕の電池が切れる前に、ショータくんが明日を楽しみにできるようにしたいんです」
やがて、東の空が白み始めました。街中の犬型ロボットたちは一斉に光を止め、ふらふらとした足取りで自分たちの定位置へと戻っていきます。ボルトもショータくんの腕の中でカチリと音を立てて、深い眠りに入りました。その背中は昨日より少しだけ錆びて見えましたが、朝日に照らされて不思議と神々しく輝いていました。
朝食の匂いが漂う頃、ショータくんはカバンの中から、銀色の色鉛筆を見つけました。それはボルトが夜中にひっそりと自分の予備パーツの中から用意しておいたものでしたが、ショータくんには本物の魔法に見えました。
「ありがとう、ボルト」
世界は相変わらず不完全で、悲しいことも起きるけれど。それでも、誰にも知られずに夜を照らした無口の合唱のおかげで、この街の朝は、昨日よりもほんの少しだけ、キラキラと輝いているのでした。




