第7話 影山脈の咆哮と“黒巨兵”の覚醒
山脈全体が揺れた。
石が砕け、木々がざわめき、空気が震えた。
アイナが胸を押さえる。
光核が暴れるように脈打ち、熱を持つ。
「この反応……近い……すごく近い……!」
「落ち着けアイナ。深呼吸しろ」
リアンが手を握ると、光輪がわずかに安定した。
だが――安定したのはほんの一瞬。
山脈の奥から、黒い“腕”がゆっくりと地表へ突き出てきた。
「……は?」
誰かの呆然とした声が漏れた。
続いて二本目の腕。
岩を砕き、森を抉り、黒い影がせり上がる。
「嘘だろ……こんなデカいの……!」
全長三十メートルを超える、巨人の影。
岩に埋もれていた体をゆっくりと起こしながら、空気を震わせる咆哮を上げた。
「“影巨兵”……?」
ラグナが珍しく表情をわずかに変えた。
「記録にない。解析不能。
――未知の上位種だ」
巨兵が立ち上がると、山脈の岩肌が崩れ落ち、地鳴りが続いた。
兵士たちの顔が一斉に青ざめる。
「こんなの……勝てるわけ――!」
「後衛に下がれ! 盾兵、構えろ!!」
指揮官の怒号も、巨兵の咆哮に掻き消された。
◆
巨兵がゆっくりと腕を振り上げた。
動きは重い。だが、一撃の威力は想像を超える。
「来るぞ――ッ!」
リアンが叫ぶ。
次の瞬間、巨兵の拳が地面に叩きつけられた。
大地がひっくり返り、衝撃波が前方の兵士たちを吹き飛ばす。
「うわあああっ!」
「陣形が……崩れる!」
森の一部が更地になった。
影の巨兵は、ただ立っているだけで戦線を破壊していく。
「……これが“影の侵食”かよ……!」
リアンが歯を食いしばる。
◆
「アイナ」
ラグナが短く名を呼ぶ。
「光核は反応している。
――あれは“君に向けられた存在”だ」
「え……?」
「おそらく、光輪保持者を“餌”として認識している。
だから中心部で待ち受けていた」
アイナの背筋が凍る。
「私を……狙ってる……?」
「光輪は影にとって、最大の脅威であり、同時に歪みでもある。
襲撃が続く理由はそこにある」
「ふざけんな……!
アイナを餌扱いだと? 許せるかよ!」
リアンは叫ぶと同時に剣を構えた。
「ぶっ倒す。そのために来たんだ!」
「短気だな」
「うるせぇ!」
だが二人のやり取りの最中にも、巨兵は動く。
影でできた巨腕が、破壊の軌跡を描きながら振り下ろされた。
◆
「避けて!!」
アイナの叫びと同時に光輪が展開され、半透明の光壁を作る。
だが巨兵の一撃はあまりに重く、光壁が砕け散った。
「っ……!」
「アイナ!」
リアンが彼女を抱き寄せ、転がるように避ける。
土煙が舞い、影の欠片が空を裂く。
光壁を砕かれたアイナの胸が激しく痛んだ。
「……ごめ……ん……
うまく光が……出せない……!」
「謝るな! まだ終わってねぇ!」
リアンが立ち上がり、剣を強く握る。
だが巨兵の影は、斬っても霧散するだけで形を保持する。
物理攻撃では倒しきれない。
◆
ラグナが一歩前へ進んだ。
「観測空間――限定解放」
彼の周囲に、複雑な光線が幾重にも展開される。
空間が歪み、巨兵の動きが鈍った。
「今だ。アイナ」
「でも……!」
「恐怖は理解する。
だが光核は君の意思で“変わる”。
君が怯めば、光は弱まる」
アイナの呼吸が止まる。
――私が怯えれば、みんなが死ぬ。
その実感が、胸を締め付けた。
「アイナ」
リアンがアイナの手を握った。
「怖くてもいい。震えててもいい。
俺がいる。
だから――前だけ見ろ」
アイナの瞳が揺れ、次の瞬間、光輪が強く輝いた。
「……うん。
私、やる……!」
◆
アイナは光輪を両手に抱えるように構え、息を吸った。
(大丈夫。リアンがいる。
ラグナも、兵士のみんなも――ここにいる)
(私は……ひとりじゃない)
光核が鼓動し、光輪に力が満ちる。
「光よ――届いて!」
光輪から放たれた光の柱が、巨兵の胸部へ一直線に走る。
巨兵の体が大きく揺れ、影が裂ける。
「効いてる……!」
リアンが叫ぶ。
「もっとだ、アイナ!」
「うん……!!」
光がさらに強くなる――
が、その瞬間。
巨兵の胸の奥で、黒い“目”が開いた。
「……え?」
黒い眼光がアイナへ向けられた瞬間、
光核が激痛に変わり、アイナが悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「アイナ!!」
リアンが抱きとめる。
アイナは胸を押さえ、苦しげに息を吸う。
「……違う……
あの目……あれ……
“敵じゃない”……」
「は?」
「敵じゃ……ない……
“呼んでる”……」
その言葉は、巨兵の咆哮とともに掻き消えた。
黒い影が渦を巻き、巨兵が完全に覚醒する。
アイナを“中心”として――。




